4.百姓昭明、協和萬邦なおとぎの国の裏側で。(下)
2020.10.10 話の矛盾点を修正。
レディとハントが宿直室で、ばかばかしくも真面目な話をしているその頃。お姫さまは自分の部屋で、いつものように黒縁眼鏡のメイドさんと、朝のお勉強をしていました。
机の上のプリントに書かれた問題を一生懸命に解くお姫さま。やがて全ての問題を解き終えたお姫さまは、きっと手ごたえがあったのでしょう、背伸びをしながらとても満足そうな声をあげます。
「できたー」
そう。今日はこの数日間の勉強の成果を図る、とても大事なテストの日だったのです。
時間を計っていたのでしょう、お姫さまが声を上げるまでずっと手の中の懐中時計を見ていたメイドさんが、お姫さまの声を聞いて顔を上げて。そんなメイドさんに、お姫さまは少し上目づかいになりながらプリントを手渡します。そして、メイドさんが自分の机にすわって採点を始めるのを、軽く緊張した表情を浮かべながら見守ります。
……お姫さまが緊張するのも無理はありません。このプリントの出来によって、お姫さまが明日の夜に行われる晩餐会に出れるかどうかが決まるのですから。
◇
フェアリーランドでは、日々パーティーが催されています。それは、外国のえらい人を招いて大々的に行われるものだけではありません。もう少し規模の小さい、国内のえらい人たちだけを招いて行われるパーティーも、定期的に催されています。
そこで、王さまや王妃さまはえらい人たちと親交を深めると同時に、いろんな人たちと話をして、フェアリーランドに住む人たちが平和に過ごせていることを確認するのです。
……実は官僚さんたちの間には、えらい人に王さまのことを少しでも話題にしてもらって、「うっかりすると忘れそうになる人ランキング」第一位の座を返上しようという思惑もあります。だから、少しでも華やかなパーティーになるよう、規模に見合わないほどのお金をかけているのですが。
そのことをうすうす気付いている王妃さまも、王さまのランキングについては心を痛めているのでしょう。いつも全力でお化粧をして、パーティーを盛り上げようと頑張っています。
――実は、予算をかけてパーティーが華やかになればなるほど、そして王妃さまがお化粧に力を入れれば入れるほど、王さまの「うっかりすると忘れそうになる人ランキング」一位の座は不動になっていくという悪循環があるのですが。……それはどうしてかって? だって王さまは、「うっかりすると忘れそうになる人」なのです。そんな人が華やかなパーティーに出席しても、その華やかさの影に隠れてしまうに決まっているじゃないですか。
それに何より、王さまのとなりにはいつも、世界一美しい王妃さまや世界一かわいいお姫さまがいるのです。
王妃さまの、魔法の鏡さんと二人三脚でコーディネートされた衣装や最高の技術で磨き上げられた美は、いつまでも飽きられることなく参列者の目を楽しませます。黒縁眼鏡のメイドさんにしつけられてすくすくと良い子に育っていくお姫さまにも、いつも参列者の温かい視線が向けられています。そんな、みんなの注目を集める二人がそばにいるのです。王さまが目立たないのも、しょうがないことなのです。
それに、実は王さまも、王妃さまやお姫さまが周りの人たちにちやほやされるのを見て、悪い気はしていないのです。……そのどこか人の良い王さまの態度こそが、みんなからいまいち注目されずにいる最大の理由なのですが。
――そう。いつの世も、どこにでもいるような「悪気のない平和な人」というのは、誰からも注目されないものなのです。
◇
お姫さまが部屋で朝のお勉強をしているその頃、宿直室では相変わらずハントが、どうにかして王妃さまを「世界一かわいい女の子ランキング」の一位にできないか、いろいろと案を出してはレディにダメ出しをくらいます。やがて、いい加減付き合いきれなくなってきたのでしょう、レディはハントに忠告します。
「こんな犬も食べなさそうな話、他人がどうにかすることじゃないって。もうほっとけば?」
ハントの思いつく案は、それはもうひどいものばかりでした。ニンニクという食べるとお口がとても臭くなる食べ物を晩餐会の前にお姫さまにお出しして評判を下げようとか、ミルフィーユという綺麗に食べるのがとても難しいお菓子を晩餐会で出して恥をかかせようとか、そんなしょうもない案ばかりだったのです。
そんな数々の案をレディは、「そんなことをしても、スノウホワイト姫が恥ずかしい思いをするだけで、周りの人たちは幻滅したりしない」と一刀両断にします。――むしろ、「子どもらしくてかわいい」なんて思われるのがオチだと。
……でも、そんな会話の中から何か思いついたのでしょうか、レディはハントに一つ質問をします。
「……要するにハントは、スノウホワイト姫を『世界一かわいい女の子ランキング』の一位でなくしたいんだよね」
「うむ。さすがに姫様が『世界一かわいい女の子』でなくなれば、陛下も妃殿下と姫様を比較するようなことはなかろう」
レディの質問にハントは頷きながら答えます。ハントもこれまで、薬を盛ろうとかニンニクをたくさん食べさせようとか、そんなことばかり口走っていましたが、彼だって王家の人たちに変なものを食べさせるのが目的ではありません。むしろ穏当な手段があるのであれば、そちらを選びたいと思っていたのです。
そんなハントにレディは、「それなら姫さまをどうこうするよりランキングをどうにかした方が」と、ふと思いついたことをハントに伝えます。それを聞いたハントは、少し考えたあと、考えがまとまったのでしょう、これならどうにかなりそうだと一つ頷きます。
そんなハントの様子を見てレディは、よくわからないけど晩餐会で変な飲み物が出されることはなさそうとホッとした表情を浮かべて、ぬるくなったお茶を一気に飲みほします。そして、話が穏便にまとまったからでしょうか、思い出したようにハントに話しかけます。
「そうそう、飲み物と言えば。実家からすごくおいしいリンゴジュースが送られてきたんだけど。何だったら、少し持ってく?」
何気なく、レディはまるでごく普通のことのように「実家からの贈り物」をおすそ分けしようとハントに話を振ります。……ですが実は、果樹園を経営しているレディの実家から「職場のみなさんで飲んでください」という手紙と共に送られてきたそのリンゴジュースは、明らかに普通ではありえないような量があるのです。――本当にお城に勤める「職場のみなさん」に大々的に配らないととても飲み切れないような、そんな途方もない量が送られてきているのです。
――そう、田舎から都会へと上京してきた娘を心配する親の中にはびっくりするほど心配性な人がいて、時に普通では考えられないような仕送りをするものなのです。
「どう? コクがあるのにしつこくなくて、あっさりなめらか。まったりするのには丁度いいと思うけど」
「――そうだな。少しもらっていくとするか」
隙あらば誰かに配ろうと準備していたのでしょう、味見とばかりにリンゴジュースをふるまうレディに、素直に受け取って味見をするハント。一口飲んで、確かにあっさりなめらかなのにコクがあり後味すっきり、とてもまったりする味だと感心したハントは、ふとスノウホワイト姫はリンゴジュースが大の好物だったことを思い出します。
――これを晩餐会に出して、王妃さまと姫さまが一緒に飲めば、きっと今までよりもさらに仲よくなれるのではないか、そう思ったハントは、レディからリンゴジュースを、かなり多めにもらうことにしたのでした。
◇
「国語、算数、行儀、みんな合格点です。お疲れさまでした」
黒縁めがねのメイドさんの言葉に、お姫さまはとても嬉しそうな笑顔を浮かべます。そう、お姫さまは全てのテストで合格点を出すことができたのです。
「そういえば、先ほど連絡があったのですが。次の晩餐会では、とてもおいしいリンゴジュースを用意してくれているみたいですよ」
「……っ! リンゴジュース!」
「はい。コクがあってしつこくなく、なのにあっさりなめらかまったりした、とてもおいしいジュースだそうです」
メイドさんの言葉に、ジュルリとよだれをたらしそうになるお姫さま。でも、自分を見るメイドさんの視線に気付いたのでしょう、お姫さまはあわててよだれを飲み込みます。それでもよほど楽しみなのでしょう、お姫さまはワクワクした表情を抑えきれません。
でも、それもしょうがありません。王さまや王妃さまが催すパーティーに出てくる飲み物はいつも、とても良く冷えていておいしいのです。そんなパーティーで、自分の大好きなリンゴジュースが出てくるなんてことを知ったら、楽しみにするなという方が無理というものです。
――今、お姫さまの頭の中は、「コクがあってしつこくなく、なのにあっさりなめらかまったりした味ってどんな味だろう」という期待の混じった疑問でいっぱいなのです。
ですが、そんなお姫さまも、メイドさんの次の言葉で我にかえります。
「あと今回も、王さまが目立てるよう、いろいろと趣向を凝らしているみたいですね。王妃さまも、少し控えめに振舞われるかもしれませんね」
普段はお仕事に追われて、あまりお姫さまと会う機会が作れない王さまと王妃さま。だけど、それでもお姫さまは、王さまや王妃さまが大好きなのです。例え会う機会が少なくても、お姫さまにとって、二人はかけがえのないお父さん、お母さんなのですから。
――お姫さまは、自分が王妃さまの実の子どもでないこと、本当のお母さんは自分を産んですぐに亡くなってしまったことを知っています。でも、そんなことは大したことではないのです。
お姫さまが物心のついた時からずっと、王さまのとなりには王妃さまがいて、いつも優しく接してくれていました。メイドのロッテさんを探してくれたのも王妃さまです。お姫さまにとっての王妃さまは、子どもの目から見ても少し頼りない王さまをいつもしっかりと支えてくれる、お母さんと呼ぶのはちょっと怖いけどきれいで優しい、王さまと同じくらい大切な人なのです。
「おと……王さまも、今度こそ目立てるといいね」
「そうですね」
そんな王妃さまのことを思い出しながら、とても真剣に、お姫さまは王さまのことを心配する言葉を口にして。
――その言葉を聞いた黒縁眼鏡のメイドさんは、そのお姫さまの真剣さにクスリと笑いながら、お姫さまに優しく返事をしたのでした。
◇
そして、一日が過ぎて。晩餐会の日、お昼の仕事を少し早めに終えた王妃さまは、少しだけ休息を取ってから、晩餐会に向けてお化粧を直すべく、魔法の鏡さんと話をします。
「では、『普段よりも周りとの調和を考えて、少し柔らかく、親しみが持てるような感じ』でよろしいですね」
「ええ。今日の晩餐会には雪ちゃんも出るし。あくまで『家族の一人』として映えるような、そんなコーディネートが理想ね」
王妃さまはいつものように、全幅の信頼を込めて、魔法の鏡さんに話しかけます。そう、魔法の鏡さんならどんな注文をにも応えてくれると、王妃さまは心の底から信じています。
――そしてもちろん、魔法の鏡さんはそんな王妃さまの信頼に応えたいと思うだけの熱意と、それを支えるだけの技術を持ち合わせているのです。
「でも、もちろんだけど……」
「はい。もちろん世界一美しいのは王妃さまでございます。それは、どのようなメイクを施したとしても、譲るつもりはありません」
魔法の鏡さんは、王妃さまが言いかけた言葉を最後まで言わせずに、返事を返します。王妃さまもその言葉を聞いて、満足そうに頷きます。そう、魔法の鏡さんは、時に他のだれよりも王妃さまのことを理解している、信頼できる相棒のような存在なのです。
――そんな魔法の鏡さんに細かいところまで確認してもらいながら。やがて晩餐会に出席するための準備を終えた王妃さまは、久しぶりに雪ちゃんに会えると楽しみにしながら、王族専用ドレスルームを後にするのでした。




