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5.いつの時代も、子供を憎むことはできません。(上)

 お城の庭の片隅に、少し古びた迎賓館があります。外国の偉い人をお迎えするために建てられたその建物は、とても由緒正しい、気品に満ちた建物です。

 そんな迎賓館の中にある、どこか落ち着いた趣がありながらも華やかな迎賓室(パーティーホール)で、今日の晩餐会は行われます。

 三十名ほどでしょうか、王さまが主宰する晩餐会としては少し少なめにも感じる招待客さんたち。きっと皆、親しい間柄なのでしょう、少し早めに迎賓室の中に入った彼らは、誰もが親しげに会話を楽しんでいます。


 そんな、どこか和やかな雰囲気の迎賓室の入り口に、たった今来たばかりなのでしょう、スノウホワイトお姫さまの、少し興奮した声が響き渡ります。


「ふおおぉ! ごちそう、いっぱい!」


 その大きな声に参列者さんたちは、一斉に入り口の方を見ます。そして、そこに可愛らしく着飾ったお姫さまとお付きのメイドさんの姿を見つけます。


 その日のお姫さまは、青を基調とした上衣(トップス)に黄色いふんわりとしたスカートと、まるで子ども向けの絵本に描かれたドレスをそのまま仕立て上げたような、とても可愛らしいドレスで着飾っていて。その可愛らしい姿と、いかにもお姫さまらしい素直な言葉に心を癒したのでしょう、招待客の皆さまは、思わず笑みをこぼします。


 その笑みは、社交界を戦場として捉えている上流階級の人たちにとっては珍しく、何一つ打算のない、とても好意的な笑みでした。ですが、まだ七歳のお姫さまには、そんなことはわかりません。ただ、みんなに笑われたと、身体を固くしてしまいます。


「はしたないですよ、姫」


 そんなお姫さまに、お付きメイドのロッテさんは、黒縁メガネの位置を軽く直しながら、小声でそっとたしなめます。ですが、お姫さまはそれどころではありません。……何せ、迎賓室の中にいる人たちの視線を一身に集めて、笑われてしまったのです。しかも、みんな視線を戻した後も、チラチラとお姫さまの方を見てはこっそりと笑っているのにも気付いています。その恥ずかしさたるや、相当なものなのです。


 ですが、そんなお姫さまに、黒縁眼鏡のメイドさんは無情にもピシャリと言い切ります。


「姫さま。こんなところで立ち止まってても仕方ありません。さあ、入りますよ」


 そうしてメイドさんは、固まってしまったお姫さまを引きずるように、迎賓室の中に入っていきます。――それでも、子どもというのは現金なものです。お姫さまは、周りの人たちが注目しなくなったことを感じ取ると、目の前のごちそうのことが気になり始めて。


 やがて、先ほどまでのことなんて忘れて、いろんなテーブルにちょこちょこと駆けよっては背伸びをしては料理を覗き込んで、どの料理が良いか、とても真剣な顔をしながら悩み始めるのでした。


  ◇


「今日はまず王妃さまが挨拶をして、しばらくしてから王さまが入場されるそうです」


 黒縁眼鏡のメイドさんの説明を、手にした料理をお口いっぱいにもぐもぐしながら聞いていたお姫さま。いつもとは少し違う流れに疑問を持ったのでしょう、それまで一生懸命頬張ってたお肉を飲み込んでから「今日は王さまと王妃さま、別々なの?」と、メイドさんに聞き返します。


「ええ。今日は少し趣向を変えるみたいですね」


 無邪気に聞いてくるお姫さまに手短に説明をするメイドさん。その説明に「そっか~、今日は趣向を変えるんだ~」なんて納得しているお姫さまには見えないよう、メイドさんはこっそりと肩をすくめます。


 パーティーで夫婦が別々に登場するなんて、昔は考えられないことでした。でもそれは、女性が社会に出ていなかった時代の話です。今の時代はむしろ、誰にもエスコートされずに胸を張って歩く、そんな女性が求められているのです。


――そんなへ理屈を掲げて、お城で働く官僚さんたちは、王さまと王妃さまを別々に入場するのを正当化したのです。


 王さまの「うっかりすると忘れそうになる人ランキング」第一位の座を返上するために、王さまには、皆の心に残るようなど派手な入場をしていただく。でも、まさか「うっかりすると忘れそうになる人ランキング一位の座を返上するため」なんて、そんな理由で王さまの登場を派手にすることなんてできません。それが例え本当のことでも、王さまの名誉に傷がついてしまいます。


――だから、王さまが派手な登場をするための「表向きの理由」が必要だったのです。


 お城で働く多くの官僚さんたちは、その「表向きの理由」はどんな理由が良いか、毎日のよう大まじめに会議を繰り返して、議論を重ねてきたのです。


 今までの風習では、夫婦が並んで歩いて妻が夫を立てる、そんなことが当たり前でした。でもこれからの時代は違う。女性がひとり立ちする以上、男性も一人でしっかりと目立てるようにならなくてはいけない。今日のこの晩餐会で王さまや王妃さまに模範を示していただくことにしよう。もちろん、こんなことは今まで前例がありません。なので、万が一にも失敗のないよう、万全の準備と多額の予算が必要になるのです。――そんなへ理屈で、今日の王さまの入場シーンには、多額の予算が割り当てられたのです。


 その話を伝え聞いたとき、メイドさんは思ったものです。王さまも大変だよねと。思うに、この国の王さまの使用人には、昔からロクな人がいないのです。賢い人にしか見えない服を提案するファッションデザイナーや耳の形がロバに似てるなんてことを街中に広めてしまったヘアデザイナーと、悪い意味で個性的な人材がそろっているのです。


 あんなダメダメな人たちに任せる位なら、いっそ王さまも魔法の鏡と相談した方が良いんじゃないかしらと、そんなことを黒縁眼鏡のメイドさんは、そっと心の中で思うのでした。


  ◇


「えっと、つまり王さまが毎日鏡に向かって、『世界で一番かっこいいのは誰なのかな』って聞いてみるの?」


 王妃さまが登場するまでの間、他愛もない話として「王さまも魔法の鏡さんと相談した方が良いかも」なんてお姫さまに話しかけたメイドさんに、お姫さまはそんな返事をして。

 その言葉を聞いたメイドさんは、王さまが魔法の鏡さんに、とても真剣な顔をしながらそう話しかける所をうっかり想像してしまいます。

 鏡に目線を送りながら色々なポーズを取る王さま。そんな想像をしてしまったメイドさんは、自分の妄想の絵面にあやうく吹き出しそうになるのを、何とかこらえます。


――と、そうこうしている間に時間もすぎて。気がつけば、王妃さまの入場の時を迎えたのでした。


  ◇


 その日の王妃さまは、ほんのり象牙色の、ほっそりとして少し落ち着いた感じのカクテルドレスを身にまとっていました。招待客さんたちの視線を集めながら、入口から会場奥にあるステージまで、ゆっくりと歩く王妃さま。やがてほんの少しだけ高くなったステージの中央から招待客さんたちに向き合って、短く挨拶をします。


「みなさま、今宵は晩餐会に出席いただき、ありがとうございます。皆さまをお迎えすることができ、嬉しく思います。――陛下がお見えになるまで今しばらくの間、ご歓談を楽しんでいただければと思います」


 静かに一礼をしてステージから降りる王妃さま。そのまま招待客さんたちに一人一人声をかけてまわるのを、お姫さまは目をキラキラとさせながら、熱心に見続けます。


――王妃さまの、ただ歩いてるだけでも目を奪われるような、そんな洗練された立ち居振る舞いの綺麗さに、お姫さまは憧れているのです。


  ◇


 そんな、凛とした美しさに満ちあふれた王妃さまも、招待客さんたちに声をかけ終わってお姫さまのところに行こうとすると、途端にその相好を崩します。

 こちらのことを熱心にじっと見続けるお姫さまに軽く手を振る王妃さま。たまたま通りがかった給仕の女性に、自分が入場するのと同時に出されたリンゴジュースを受け取って、お姫さまの元へと歩みよります。

 そうして、お姫さまと一緒にリンゴジュースを口にした王妃さまは、そのおいしさに少し感心します。


「あら、確かにおいしいわね」

「うん! これが、コクがあってしつこくなくて、あとえっと……」

「あっさりなめらかまったり味ですよ、姫さま」

「……うん、とにかくすごくおいしいかった!」


 王妃さまよりもそのおいしさにびっくりしたお姫さまは、リンゴジュースを渡してくれた給仕さんが説明してくれた「コクがあってしつこくなくて、なのにあっさりなめらかまったり味、これぞ新世代のリンゴジュース」という大げさで覚えにくいうたい文句を覚えきれずに、少し言い淀んで。それでも、その味にはとても満足したのでしょう、満面の笑みをこぼしながら「おいしかった」と感想をもらします。


 招待客さんたちも王妃さまやお姫さまと同じように、とてもおいしいと感じたのでしょう。「なるほど、これがあっさりなめらかまったり味か」とか「コクがあってしつこくないという言葉の意味はよくわからないが、これは美味い。とにかくすごい自信にも頷ける」といった、リンゴジュースの味を絶賛する言葉が周りから聞こえてきます。


 レディからリンゴジュースを受け取ったハントは、王妃さまとお姫さまにこのリンゴジュースを出して仲良くなればいいかと、そんな軽い気持ちで、伝手を使ってこの晩餐会を運営する官僚さんの一人にジュースを届けたのです。ですが、このリンゴジュースの味は、この晩餐会の料理を取り仕切っていた料理人に認められてしまったのです。――これは政治経済になる味だ、と。

 その結果、「職場のみなさん」を通して販路を拡充したかったレディの実家と、唐突に表れた有力な特産品候補を国益に生かしたい官僚さんとの間で、専売契約とかライセンスとか、そんな言葉が飛び交うようなやり取りが繰り広げられるまでになっていたのです。


 このおいしいリンゴジュースが裏でそんな大げさなことになってると、王妃さまは知りません。だけど、官僚さんが動いている以上、それは何か「仕事」の一環なんだろうと、そう王妃さまは感じてもいます。だけど王妃さまは、それは自分の仕事じゃないと割り切って、お姫さまと一緒に、素直にリンゴジュースを楽しみます。


――だって、せっかくかわいい雪ちゃんとおいしいリンゴジュースを楽しく飲んでいるのです。なのに、そんな無粋な「政治」や「経済」のことを考えてたら、楽しい時間がもったいない。そんな風に王妃さまは割り切っていたのでした。


  ◇


 王妃さまとお姫さまがリンゴジュースをおかわりしながら楽しく会話をしているその途中。ふとお姫さまが、思いついたように王妃さまに、無邪気に話題をふります。


「王さまも、魔法の鏡さんみたいな、頼りになる人がいれば良いのにね」


 その言葉を聞いた王妃さまは、少しだけ間を置いたあと、思いっきりむせてしまいます。


――そう、王妃さまは想像してしまったのです。王さまが魔法の鏡さんに、「世界で一番美しいのはだあれ」と問いかける姿を。リップ、ファンデーション、チークと言ったさまざまな化粧品を手に、魔法の鏡さんに言われるがままにお化粧をする姿を。


 そんな激しくむせる王妃さまの姿を、お姫さまは心配そうに見上げます。


「大丈夫?」

「ええ、大丈夫。ちょっと王さまが魔法の鏡さんに話しかけているところを想像しただけだから」


 お姫さまの言葉に、王妃さまは大丈夫と答えて。咳が収まってから深呼吸をして、心を落ち着けます。やがてお姫さまにも、もう大丈夫ということが伝わったでしょう、王妃さまに話しかけます。


「王さま、今日こそ目立てるといいね」


 そんなお姫さまの言葉を聞いて、王妃さまはしみじみと、真情を込めて頷きます。


 王妃さまは、このあとの王さまの登場シーンで官僚さんたちが、やれ楽隊だやれ電飾だゴンドラだと、準備に慌ただしく追われていたことを知っています。王妃さまは官僚さんたちがどうやって王さまを目立たせようとしているのかは知りません。ですが、みんなが王さまの「うっかりすると忘れそうになる人ランキング」一位の座をなんとかしようと頑張っているのはわかるのです。

 そんな官僚さんたちの思惑を知っているからこそ、王妃さまはあまり目立たないよう、静かに登場したのです。王妃さまだって、王さまの見せ場を取ろうだなんて、これっぽっちも思わないのです。


――たとえ静かに登場しても、王妃さまは、その立ち振る舞いの美しさと、あとお姫さまと一緒にいる時とのギャップで、十分に注目を集めているのですが。誰しも、自分のことは気付けないものなのです。


  ◇


 やがて、話しかけるタイミングを見計っていたのでしょう。周りの招待客さんたちが、王妃さまやメイドさんに話しかけます。


「今日の『あっさりなめらかまったり味』のジュースは素晴らしいですね。今日はお招きいただいたおかげで、思わぬ美味を知ることができました」

「そう言って頂けて嬉しく思います。今宵の飲み物については全て人に任せておりますので。でもそうですね、私ももう少し、普段飲む分を独占しておきたくなりましたわ」

「ええ、わかります。ですがほどほどにしていただかないと、私たちの分がなくなってしまいますな」


 王妃さまとメイドさんは、話しかけてきた招待客さんたちにそんな、気の置けないような、それでいてどこか社交辞令が混じったような、そんな受け答えを少しの間、繰り広げていたのでした。


  ◇


 王妃さまやメイドさんが他の大人たちと会話を始めた頃。少し退屈そうにしながら、大人たちの会話が終わるのを待っていたお姫さまは、ジュースのおかわりを飲もうとしたところで、おなかがたぷんたぷんとなったことに気が付きます。

 これ以上飲むのははしたないかなと、ジュースのはいったコップを一度机の上に置いて、なんとなくおなかに手を置いて。飲み物もなくなってますます退屈になったお姫さまは、ふと、今の内におトイレに行っておいた方がいいかなと、そんな気になります。

 うん、王さまが入場する前に行ってきた方が良いよねと、王妃さまやメイドさんの方を見上げて。そこはメイドさんの教育のたまものでしょう、二人に「お花を摘みに行きたい」と言いかけたところで、ためらいを覚えて口を閉ざします。


――そう、お姫さまはもう七歳。一人でトイレに行ける年です。むしろ、誰かにトイレに連れて行ってもらうのがとても恥ずかしい、そんなお年頃なのです。


 でも、ここはお姫さまが一度も来たことがない、少し古い作りの迎賓館です。当然、お姫さまはどこにトイレがあるか知りませんし、わかりやすい看板もありません。これじゃあ一人じゃ行けないよねとお姫さまは弱気になりかけて。

 でも、あの入口にいるおじさん(おにいさん)に聞けば教えてくれるよねと、王妃さまやメイドさんに声をかけずに、一人で迎賓室の入口に向かって歩いていきます。


――ひとりでトイレに行けるもん! そう心の中で自分を鼓舞しながら。

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