2.地平天成なフェアリーランドの、とても微笑ましいすれ違い。
※地平天成:世の中が平穏で、天地が治まること。「平成」という元号の出典となった言葉です。
――世界で一番「かわいい」のは誰なのかしら?
王妃さまにそう問いかけられた魔法の鏡さんは、少しだけドキッとします。だって、魔法の鏡さんは嘘がつけないのですから。
だけど、いつまでも返事をしないわけにもいきません。魔法の鏡さんは勇気を出して、王妃さまに答えます。
「……はい。世界で一番『かわいい』のは、つい先日七歳になられたばかりの王女さま、スノーホワイト・キュートプリティ・フェアリーランドさまでございます」
そう、今「世界一かわいい女の子」ランキングで一位に輝いているのは、王妃さまの義理の娘でもあるこの国でたった一人のお姫さま、スノーホワイト姫なのです。
――彼女こそが、世界一美しい王妃さまに並んで誰もが自慢する、フェアリーランドのもう一人の宝物。誰からも愛され可愛がられている、世界一かわいいお姫さまなのです。
◇
「――へくしっ!」
「……どうしました? 急にくしゃみなどして」
お城の奥にある、お姫さまの部屋の中。お行儀よく机に座って本を読んでいたお姫さまは、まるで誰かに噂されたときみたいに、何の前触れもなくくしゃみをして。自分が口に何も当てずにくしゃみをするという「品のない」ことをしたことに気がついたのでしょう。お姫さまはそっと上目遣いで、いつも側にいる、行儀作法に厳しいメイドさんの様子をうかがいます。
そんなお姫さまの様子を静かに見ていた、耳当ての無い丸い黒縁眼鏡がよく似合う、いつもは厳しいメイドさん。だけど、さっきのくしゃみは不可抗力だとわかっていたのでしょう。表情はそのまま、お姫さまにそっとハンカチを差し出します。
そんなメイドさんの様子に少しホッとしながら、お姫さまは差し出されたハンカチを受け取って。……でも、なんでハンカチを渡されたのだろうと、お姫さまはコテンと首を傾げます。
そんなお姫さまに、メイドさんは説明します。
「お姫さま。そのくしゃみは多分、あと二回ほどすることになります。ハンカチを口に当てておいてください」
「……? なんで……くしゅん!」
とても真面目な顔で、よくわからないことを言うメイドさんに、お姫さまは「なんで?」と言いかけたことろで二回目のくしゃみをして。
今度のくしゃみは合格点ねなんてことを思ったのでしょう、少し満足そうな顔をしながら、メイドさんはお姫さまに説明を続けます。
「昔から、『一誹り、二笑い、三惚れ、四風邪』と申しまして。誰かに悪口を言われたときはくしゃみを一回、笑われた時には二回、好かれてる時には三回、それ以上くしゃみが続く時は風邪をひいた時と、そう言われております。お姫さまの健康は私めが完全に管理しておりますので、風邪はありえません。――なら、くしゃみは三回に決まっています」
そんなメイドさんの説明を聞いて。その自信満々な説明に納得しかけたお姫さまは、その説明にどこか引っかかりを覚えて、少しだけ考えこみます。やがてその「引っかかっていた何か」に気付いたのでしょう、お姫さまはメイドさんにたずねます。
「……なんで? もしかしたら笑われてるのか……くしゅん!」
まだ二回しかくしゃみをしていないのだから、もしかしたら笑われてるのかもしれない、そう聞こうとしたところで三回目のくしゃみをしたお姫さまに、メイドさんは表情はそのままに、まるで当たり前のように説明をします。
「お姫さまは世界中の誰からも好かれております。お姫さまを影で悪く言ったり笑い者にする者など、この世のどこにもおりません。だから、くしゃみの数は三回に決まっています。――そんなことより、本は読み終わりましたか? 早く終わらないと、いつまでたっても王さまや王妃さまのところに遊びに行けませんよ」
くしゃみを終えたお姫さまに、メイドさんは軽く眼鏡の位置を直しながら、ほんの少しだけ厳しい口調でお姫さまに勉強を促して。それを聞いたお姫さまは、怒られる前にと慌てて本に向き直ってから、メイドさんに「はあい」と返事をします。
この、少し冷たい態度でお姫さまに接するメイドさんも、実はお姫さまのことが大好きです。だけど、勉強はとても大切です。甘やかして「ゆとり」なんて言われるようになったら姫さまのためにならないと、心を鬼にして、厳しい態度で接しているのです。
そう、このロッテ・マイヤーという名前のメイドさんは、優しいからこそ厳しい、そんなメイドさんなのです。
――そしてお姫さまも、ちょっとだけ怖いこのメイドさんのことが大好きなのでした。
◇
「まあ、『鏡』はね、しょうがないと思うのよ。あなたはそれが仕事なんだし。それにあの子がかわいいのは紛れもない事実だし。……でもね、王さまは違うでしょ!? しかも、二人きりのときにそんなこと言って! 普通、『かわいい?』って聞かれたら『そうだね』とか返すわよね? なんで『かわいいとはちょっと違うなあ』なんて言っちゃうかな!?」
「まあ、今日の王妃さまはいつもよりも絢爛豪華に決めたのも事実ですから」
王妃さまは、憤慨したように魔法の鏡さんに向かって愚痴り続けます。でも、その愚痴を聞いても、魔法の鏡さんは慌てることもなく、普段よりもほんの少しだけ優しげな口調で、王妃さまをなだめます。
そう。これは忘れてはいけないのですが、王妃さまには旦那さまがいるのです。フェアリーランドを治める若き王さま、こっそりと「うっかりすると忘れそうになる人ランキング」で第一位に輝いている、エアロード・インビジブルクリアネス・フェアリーランドという、とても立派な旦那さまが。……おや、何か今、しれっとひどいことを言ってしまった気がしますが。ですがそれもしょうがないのです。だってみんな、本当によく王さまのことを忘れそうになるのですから。
――そう、王妃さまとお姫さまが注目を集めた結果、出番もなければ話題にもあがらない、今みたいに王妃さまが話題にしないと世界から消えてなくなってしまいそうな、そんな目立たない王さまなのです。
そんな王さまに「かわいい」と言ってもらえなかったことに対する不満を、王妃さまは、これでもかとばかりに言いつのります。でも、それもしょうがないのです。だって王妃さまは、かわいいと言ってくれないだけで怒ってしまうほど王さまのことが好きで。
――そして、世界中の誰よりも、お姫さまのことも「かわいい」と思っていたのですから。
「そ・れ・で・も!! ちょっとくらい『かわいいね』って返してくれたって良いじゃない! それなのに、あの人なんて言ったと思う? ――『かわいいという言葉は、雪ちゃんの方が似合うからそっちにとっときたい』とか言うのよ! そりゃあ雪ちゃんかわいいよ? でも、そうじゃないでしょ!!」
「そうですね。確かにスノウホワイト姫は可愛いですが、問題が違いますね」
「――そう! 雪ちゃんはかわいい! でもそうじゃないの!」
王妃さまは魔法の鏡さんに向かって、「雪ちゃんかわいい」と力説しながらぐちをこぼし続けます。実は少しお酒が入っていつもより素直になっている王妃さまは、いつもより余計にお姫さまのことを褒めたたえながら、魔法の鏡さんにくだをまきます。
そんな王妃さまの声を、魔法の鏡さんは心の中でやれやれなんてつぶやきながら、そっと聞き続けます。魔法の鏡さんは、王妃さまが王さまのことをどれだけ好きなのか、知っています。お姫さまのことをどれだけ好きなのかも知っています。
――でも、それとこれとは話が違うということも知っているのです。
実は今、魔法の鏡さんはとても難しい対応を迫られています。王妃さまの言う「王さまの文句」に嘘はありません。でも、だからといって安易に同調して王さまのことを悪く言ったりしたら、王妃さまはきっと怒りだすのです。
そう。いま王妃さまは、文句を言いながらのろけているのです。
……フェアリーランドは、今日も平和でした。
◇
ですが、そんな平和なフェアリーランドにも、色々な人が住んでいて。こんな平和な光景に、不安を覚える人もいたのです。
「……なるほど」
王妃さまたちの様子を天井裏の隙間からそっと覗いていたハント・メインウォーターは、その王妃さまの愚痴を聞いて、思いました。今はまだスノウホワイト姫が七歳だからこの程度の騒ぎで済んでいる。だが、姫が大きくなって、本当の意味で「かわいく」、また「美しく」成長したら? それが騒ぎの元にならないと本当に断言できるのか、と。
――そう、彼は過去の歴史から思い知っていたのです。ランキングは時に人を狂わせることを。「世界一美しい女性」という称号は、時に人を「嫉妬の魔女」にすることを。
このフェアリーランドを影から見守り、時に介入して平和を保つ。そう、彼こそはそんな裏稼業、「言葉の魔女狩り人」という名の仕事人なのです。
◇
むかしむかし、フェアリーランドには、「魔女」と呼ばれる、とても怖い人たちが住んでいました。
ある魔女は、お姫さまの誕生パーティーに呼ばれなかったというたったそれだけの理由でお姫さまに死の呪いをかけてしまうような、心のせまい悪人でした。またある魔女は、大事に育てていた野菜を盗んだ代金として生まれたばかりの子どもを連れ去って、あろうことかその子供にラプンツェルなんて野菜の名前をつけて塔の上に閉じ込めて育てるという、非常識で悪い人でした。
他にも、お菓子の家を建てて子共たちを誘い込んだりするような普通の人なら思いもつかないような悪いことを、この国に住んでいた魔女たちはしてきたのです。
魔女たちがあまりに怖かったからでしょう、魔女たちが何かをすると、フェアリーランドは大騒ぎになって、その反応も行き過ぎたものになりがちでした。そう、魔女たちが何か事件を起こすたびに、魔女たちはとても残酷な方法で処刑され、その事件は必要以上に残酷な結末を迎えたのです。
でも、ある時、このままではいけないと、そんな声が湧き上がりました。……フェアリーランドをもっと、子どもたちが安心して過ごせる国にしないといけない、と。
――そうして、悪い魔女は、残酷な大人たちと一緒に、まとめて修正されていったのです。
そうして、魔女が事件を起こす前に事件に介入して大人たちを修正し、時に人知れず魔女をする始末する必殺裏稼業、「言葉の魔女狩り人」と呼ばれる仕事人が生まれたのです。そうして、フェアリーランドは平和を手に入れたのです。
――そう、ハントはそんな平和なフェアリーランドに残る、最後の仕事人だったのです。
◇
心配症のハントは少し悩んだ後、誰かと相談しようと決心をして、音もなく天井裏から姿を消します。そして彼は、フェアリーランドに残ったもう一人の「闇の者」、最後の魔女の所へと向かいます。
――「行き遅れし者」との異名を持つ「真なる粗茶使い」、茶葉を雑巾の絞り汁で煮詰めさまざまな薬品を混ぜて作った「緑茶」と呼ばれる緑色の液体を駆使して上司の健康と毛髪を人知れず脅かした「昭和の魔女」、レディ・ビレイトレインの元へと。
※ 本作品はフィクションです。遠い異国の「フェアリーランド」にも都市伝説はある、そんな感じで楽しんで頂けたら、なんて思います。




