1.世界一美しい、令月風和なフェアリーランドの王妃さま。
2020.02.09 誤字修正
それは、とても立派なお城の中。誰もが目を奪われるような、明るくて広い大広間のさらに奥、王族専用ドレスルームの片隅で、一人の若い女性が、目の前の鏡台に向かって、まるで話しかけるように声をかけながら、その前に置かれた椅子に座ります。
「おはよう、魔法の鏡さん」
その女性は、まるで気を許した長きにわたる友人のように、……いいえ、まるで心から信頼する戦友に声をかけるように、鏡台の鏡に親しげに話しかけて……
「おはようございます、王妃さま」
魔法の鏡さんと呼ばれた鏡台の鏡は、その女性に、少し事務的な声で、でも聞く人が聞けば親しみを込めているとわかるような、そんな返事を返します。
――その光景は、世界一美しいと評判のフェアリーランドの王妃、ビュティ・ホットゴージャズ・フェアリーランドさまと魔法の鏡さんが普段から毎日、朝一番に繰り返している、いつもの光景でした。
◇
むかしむかし、あるところに、フェアリーランドという、とても平和な国がありました。とても目立たない、うっかりすると紹介するのを忘れてしまうほど影が薄い王さまに治められたその国は、争いごととは無縁な、とても住み心地の良い国です。
そんな、とても平和なフェアリーランドには、胸を張って自慢できることが二つありました。その内の一つは、世界一美しいことで有名な王妃さま。ドレスをまとった王妃さまはいつも、華やかで煌びやかで美しくて、誰もがその美しさには目を奪われ、憧れを抱いていました。
◇
「魔法の鏡さん、世界で一番美しいのは誰?」
鏡台の前に座った王妃さまは、魔法の鏡さんにいつものように問いかけて、答えを待ちます。いつもよりも少しだけ緊張したその声からは、王妃さまの意気込みのようなものが感じられて。
そんな王妃さまに、魔法の鏡さんはいつものように答えます。
「はい。もちろんそれは王妃さまでございます。……ですがそれは、適切なメイクを施されてのこと。女性の美とは移ろいやすく、その美を保つのには日々のケアが重要なのです」
魔法の鏡さんの返事には、長い間王妃さまのメイクを担当してきたことから生まれてきたであろう、自信と誇りが感じられて。
そんな魔法の鏡さんのいつもと変わらない声に安心したのでしょう、少しだけその表情をやわらげながら、王妃さまは魔法の鏡さんに話しかけます。
「そうね。――で、今日の私は世界一美しくなれるのかしら。今日はお隣の国からお客さまを招いてのパーティーがあるの。非公式とはいえ、手を抜けないわ」
フェアリーランドのとなりにあるコスメランドには、とてもきれいでかわいいモデルさんたちが住んでいます。今日はそのモデルさんたちを招いてのパーティーが開かれる日だったのです。
王妃さまは、このコスメランドの人たちが、ほんの少しだけきらいでした。だってそうでしょう? コスメランドの人たちはそのモデルさんたちを褒め称えながら、ことあるごとに「たったこれだけでまるで別人のように美しくなる」とか、そんなことばかり言っているのですから。
王妃さまは今まで頑張って、歩き方から踊り方、おじぎの仕方からテーブルマナーと、本当に小さなことにまで気を使いながら練習をして、洗練された動きを身につけてきたのです。
そんな王妃さまから見たら、きれいに着飾っただけの、注目の浴び方だけを練習してきたようにしか見えないコスメランドのモデルさんなんて、ねぇ。
そして、そんな王妃さまの考えも、当然魔法の鏡さんは知っているし……
「もちろんです。まずは朝のスキンケアから始めましょう。――王妃さまはみずみずしくて張りのあるお肌をお持ちですが、油断はいけません」
……そんな人たちに王妃さまが負けるだなんて、メイクを担当している魔法の鏡さんにとっても、許せるようなことではありません。
魔法の鏡さんにも、「世界一美しい王妃さまのメイクを担当している」という、プロとしての誇りがあるのです。
――ええ、「たったこれだけで別人のように美しくなれる」だなんて言いふらすような人たちに負けるだなんて、とても許せることでは無いのです。
王妃さまも、そんな魔法の鏡さんの「誇り」を知っているからでしょう、魔法の鏡さんに信頼を込めて「ええ、もちろんよ」と短く返事をします。
「そうそう、ちょっと変な注文なんだけど。これから訪れる美しい調和の時代には、それにふさわしい『初春の令月、気淑く風和らぐ』ような美しさが求められているなんて訳のわからないことをいう人たちがいてね。その人たちを納得させたいんだけど、できるかしら。……本当、これだから役人って」
「では今日は、冬の終わりを告げる梅花のような『高潔』『気品』『厳かな美』を意識したメイクで行きましょう。そうすれば、細かい決まり事を気にする人たちも納得するでしょう」
「ええ、それでお願いするわ。……まったく、いつもは前例ばかり気にするのに、急に『新しい時代』とか言い出して。言われるこっちの身にもなってほしいわ」
魔法の鏡さんと打ち合わせをしながら、少しだけ、ここにはいない役人さんに文句を言う王妃さま。でも、それは仕方のないことなのです。だって、どこの国の役人さんも、とても細かくて、ゆうずうがきかなくて、それなのにとても偉そうだと相場が決まっているのですから。
文句を言いながらもテキパキと、だけどていねいに、魔法の鏡さんと相談をしながら化粧を進めていく王妃さま。やがて、その出来栄えに満足したのでしょう、鏡に映る自分の姿に一つ頷いたあと、もういちど魔法の鏡さんに王妃さまは問いかけます。
「鏡さん、世界で一番美しいのは誰?」
「はい。もちろんそれは王妃さまでございます。今の王妃さまは正に『令月風和』という言葉そのもの。今の王妃さま以上にお美しい方は、この世の中のどこを見渡しても存在しません」
自信満々に言い切る魔法の鏡さんに、王妃さまは確信を持ったのでしょう。鏡の中の自分に向かって軽くうなずいたあと、立ち上がりながら、魔法の鏡さんに声をかけます。
「ありがと。――じゃあ行ってくるわ」
「ご武運を」
王妃さまのあいさつに、少し大げさな言葉を返す魔法の鏡さん。その返事を聞いた王妃さまは少しだけクスリと笑ったあと、気を引き締めるように笑顔を収めて、部屋を後にします。
それにしても、なぜ魔法の鏡さんは「ご武運を」なんて言葉を王妃さまに贈ったのでしょうか。王妃さまは、これから戦いにおもむくわけでもないのに。
……いいえ、そうではありません。王妃さまはこの部屋で「お化粧」という名の武器を身にまとって、戦いに出られたのです。「世界一美しい王妃さまのいる、夢のようなフェアリーランド」という、国の評判をかけた戦いの場に。
そうして、凛とした表情を浮かべた王妃さまは、部屋から出て、いつものように煌びやかな表舞台への道を歩きます。
そうして、ビュティ・ホットゴージャズ・フェアリーランドという、とても長くて立派な名前をした王妃さまは、今日も「国家の威信」をかけて、きらびやかなパーティーに出席するのです。
――華やかなドレスを見にまとい、世界一美しい女性にふさわしい気品と威厳にあふれさせて。
◇
……でも、そんな綺麗で真面目な王妃さまにも、思うところはあるみたいで。
その日の宴パーティーを終えた王妃さまは、ほんの少しだけほほを膨らませながら部屋に入ってきて。一人静かにぽつんと置かれていた魔法の鏡さんに、こう話しかけたのです。
ねえ、魔法の鏡さん。世界で一番美しいのは私なのよね。でももう一つ聞きたいことがあるの。正直に答えてね。――世界で一番美しいのは私。じゃあ、世界で一番「かわいい」のは誰なのかしら、と。
その言葉を聞いた魔法の鏡さんは、正直に答えます。かわいい女の子ランキングで一位に輝いている、一人の女の子の名前を。
「……はい。世界で一番『かわいい』のは、つい先日七歳になられたばかりの王女さま、スノーホワイト・キュートプリティ・フェアリーランドさまでございます」
その答えに王妃さまは、やっぱり雪ちゃんは世界一かわいいのよという思いを隠しきれなかったのだろう、一瞬だけ頬をゆるませて。だけどすぐに、つい先ほどまで会っていた愛しい王さまの、「かわいいという言葉は雪ちゃんの方が似合うから取っておきたい」という言葉を思い出したのでしょう。王妃さまはぷく~と、その美しい頬を膨らませたのでした。
※「初春の令月、気淑く風和らぐ(初春令月、気淑風和)」という歌は、令和という元号の元となった万葉集の梅花の歌の序文より。また、外務省が「令和」という言葉には「美しい調和」という意味が込められていると諸外国に説明したそうです。
https://www3.nhk.or.jp/news/special/japans-emperor6/articles/articles_archive_01.html
なお、「令月風和な美しさ」というのは私の造語です(笑)




