5.黒山羊
ドラゴンの亡骸に続くように何かが更に眼前に飛来してくる。
中型とはいえ巨大と言えるドラゴンの体躯をまるで押し潰すように亡骸の上に飛び込んできたそれはぬるりとした無数の触手を身体中に備えた黒い山羊のような怪物だった。
怪物は身体の中央付近にある、凡そ生物の物とは思えない鋭い歯が並ぶ口を大きく開きでドラゴンの亡骸を触手で引き裂き血を撒き散らしながら汚く咀嚼し始める。
呆然とする兵士たち。
数秒か、数分か時間が経つにつれ、徐々に混乱が兵士たちを襲う。
凄まじい悪臭とその見た目に嘔吐する者。
涙を流し呆然と立ちすくむ者。
全てを諦めたかのように地に伏し、動かなくなってしまう者。
「殿下!平気!?」
「なんとか…だがしかし、あれは一体…」
艶のあるユリウスの目元は今にも泣き出しそうに歪み、足は立っていられるのが不自然なほど震えている。
「私とモモコがなんとかするから、無事そうな兵士を連れて隠れるか逃げて!」
彼は震えながら頷く。
あれは…もし想像通りであればちょっと状況は良くないかもしれない。
思わず眉間に皺が寄る。
…仕方ない、ひとまずこの状況をなんとかしないとね。
「モモコ!いける?」
「いつでも!」
左の掌を剣の刃で裂く。
溢れる血が滴るままモモコの手を取り叫ぶ。
「血統両断!」
握った手の掌から血が吹き出す。
「血統侵食!」
叫んだモモコの体が影のように崩れた。
影のようなモモコの体が掌から私の体に吸い込まれ、瞬く間にひび割れのような模様が全身に広がる。
握る剣は滴る血を吸い怪しく深紅に輝き鈍く夕日を反射していた。
◇
怪物へ駆け込み、一閃。
大人の胴ほどもある触手がまとめて宙を舞う。
「ちょっと浅かったか!」
ドラゴンを食い荒らしていた怪物は耳障りな声を上げる。
触手の隙間から見える無数の目が睨み付け、ギチギチと鋭い歯を噛み合わせ不快な音を響かせた。
すぐさま槍のような触手が迫る。
一本。
二本。
三本。
ドラゴンを容易く引き裂く触手を紙一重で避けながら切り落としていく。
「そんな速さじゃまだまだ私には、届かない!」
切断面から泥のような血が吹き出し、怪物は仰け反りけたたましい叫び声を上げる。
「うるっさいぞ!」
怪物の目前に滑り込む。
振り抜く剣、その刃が怪物の肉体に届く寸前、大岩のような蹄が頭上に迫る。
「…っ!」
僅か一瞬、なんとか蹄を剣の腹で受け止める。
凄まじいプレッシャーに両足が地面にめり込む。
剣が軋み、身体中の筋肉や骨が悲鳴を上げる。
「ぐぅっ…!」
押し潰される。
そんな予感が走った。
「仕方ない…!ここまで見せるつもりも無かったんだけど…モモコ…ぉぉお!?」
瞬間、白銀の鎧が怪物の足に向かって駆ける。
「おおぉぉぉぉおお!!!!」
「殿下?!」
ユリウスが斬りかかる。
ガキン!と鉄を叩くような鈍い音が響く。
怪物には傷ひとつつかない。
「…は?」
一瞬の間。
次の瞬間にはユリウスを触手が薙ぎ払っていた。
「うぐぅっ!」
視界からユリウスの姿が消える
「殿下ぁっ!?」
宙を舞う白銀の鎧。
木に叩きつけられ、そのまま動かなくなってしまった。
しかし、一瞬。
僅かに蹄の力が抜ける。
「もらいっ!」
蹄を押し退け、剣が走る。
蹄が宙を舞い、血が噴き出す。
忙しなく動く無数の目。
怪物は後退する。
無茶苦茶に伸ばされた触手は震え、先程までの勢いはもうない。
「ほい」
一本。
「次!」
二本。
「まだまだぁっ!」
三本。
近づく端から切り飛ばしていく。
「ちょっと油断したけど…」
ナイアは薄く笑う。
「触手だけならっ!どうってこと!ないんだっ!よっと!!」
切り飛ばされた触手が山を成していく。
歩みは止まらない。
怪物は目を見開く。
震える体。
ギリギリと忙しなく擦れる歯の音。
「そろそろ終わりにしようか」
走り出す。
欠けた足では身体を支えきれずバランスを崩し怪物は地に伏した。
一足で高く飛び上がり苦し紛れに再度放たれた触手をいなし、怪物の体目掛けて大きく剣を振り下ろした。
蛭のように蠢いていた無数の触手は力無く垂れ下がり、怪物の目からは光が消える。
巨体は真っ二つに裂ける。
地面が揺れ、それきり怪物は動かなかった。
二日に一回程度更新予定。




