12. 異神の血呪印
トントン、と控えめなノックが響く。
「入れ」
アリィが足音も立てず、すっと執務室に入ってきた。
「何かあったか?」
「昨日、『国落とし』の血縁者と思われる人物が入都したと報告が」
「このタイミングで?まさかリックの森のアレは…」
思わず体に力が入る。
「足取りを調べたところ関係があるとは言い切れない状況です」
「そうか、ならば一旦様子見だな…」
身構えた分拍子抜けだった。
全く、タイミングの悪いことだ。
「更に夕刻『国落とし』が襲撃されました」
「は?」
とんでもない爆弾に目を見張る。
「襲撃者は未知の方法で無力化、現場に痕跡はほとんど残っていません」
「…因みに襲撃者は誰だ?」
「秘密結社S13、その下部組織の子飼い暗殺者が同時期に入都した形跡が有り、その後行方不明となっているので恐らくその暗殺者かと」
思わず背もたれに体を投げ出し天井を仰ぐ。
ギシリと音が鳴る。
「はぁ~、S13絡みか…まぁ予想はしていたが、ナイアの血縁者も相当な訳ありらしいな」
「殿下、お行儀が悪いですよ」
「はぁ、胃が痛む…」
胃薬の消費量が上がってきている。
追加で発注しておくか。
どうせ碌なことにはならないのだろうから。
◇
「あ、ナイアちゃん。これ、昨日渡しそびれたやつ」
翌朝、マイノ姉さんから手渡されたのはなんともシンプルなネックレスだった。
「これは?」
「多分教国の宝物庫から持ち出された血呪印だと思う。裏市場に流れてたんだ」
宝石は真っ黒な多面体だった。
その表面には、血管のような赤い線が走っている。
派手さのない金細工の台座を見れば確かに血呪印のようなものが刻まれていた。
「トラ…ぺ…?」
「そ、血呪印『トラペゾヘドロン』。昔見た宝物庫の目録で見た記憶があってね」
聞いたことの無い単語だ。
どこの国の言葉だろうか。
「どういう効果を発揮するものなんですか?」
「さぁ?一回使ってみたんだけどなんの反応も無しでね。って、なんかモモコちゃんトゲトゲしてない?」
あれ、本当だ。
「モモコ、どうしたの?」
「その血呪印、使うタイミングは慎重に選んだ方が良いと思います」
「げっ、もしかしてこれって異神関連の血呪印か…」
「異神関連の血呪印なんて物があるんですか?」
「ある、というか……昔教国が異神の力を何とか再現する事に腐心してたみたいでね。アタシが使ってる『ミゼーア』もその一つだよ」
うーん、自分の故郷の事ながら知らされている事は多くは無かったんだな。
まぁそもそも末の娘、将来他国に嫁ぐ可能性の高い人間に国の重要な秘密など教える必要もないのか。
「他の異神の血呪印は何があるかご存知だったりしますか?」
「うーん、アタシもあんまり詳しくはないからなぁ。ただ教国の有力な家系や家臣にはそれぞれ一つ強力な物が与えられていたはず。王の持っていた『アザトース』、宰相の『ヨグソトス』、処刑人の『トゥールスチャ』、宮廷楽長の『トルネンブラ』。それから、アタシが出奔前に失敬した『ミゼーア』。知ってるのはこのくらいかなぁ」
「それぞれどんな効果が?」
「さてねぇ。ただ、近年の王族じゃ発動もできなくなってたと聞いてたなぁ。しかも発動したらしたで確実に死ぬだの世界が終わるだの物騒な噂ばっかりだった」
「…あれ?ならなんでマイノ姉さんは生きていられるんでしょう?」
「さあねぇ。少なくとも、アタシは今もこうして生きてる。普通の血呪印だって、強力なものほど使い手との相性があるらしいし……その辺りが関係してるのかもね」
結局分からないことだらけになってしまった。
とはいえ、異神に関連する血呪印が存在するのなら、先日の『子山羊』にしても教国から流出した物が原因という可能性も出てきた。
何にしても、私の故郷――その信仰や技術が、事件の根底に関わっている可能性は高そうだ。
「因みに『ミゼーア』以外の所在は分かりますか?」
「ごめん、それもわかんないや」
当然といえば当然か。
念のために聞いてみたがやはり所在は分からず、か。
「万が一の事を考えると回収したほうが良い…ですよね…」
「うーん、確かに万が一、億が一、発動できてしまったら厄介極まりないからね」
困った。
白金級ワーカーの身分がここまで邪魔をするとは。
公国の事情も考えると危険な血呪印回収のためとはいえ長期の出国は全力で妨害されるのは見えているし、なにより殿下への恩もある。
「アタシが行っても良かったんだけど、ちょっと表立っての情報収集は今は厳しいなぁ…」
こうなってくると使えるものはなんでも使うしかない。
「よし、フランに頼んでみましょう」
二日に一回程度更新予定です。




