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君はたぶん、優しすぎる   作者: 薄明 朔


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8/9

溶けていく氷菓子のように

「みなとさん、本当にありがとうございます。」


悠真が大きな荷物を持ちながら、俺の家の前で深くお辞儀をする。

俺は無言で扉を開け、そのまま家へ入れた。


なぜこうなってしまったのか、二週間前まで遡る。




季節は夏。


学生であれば、夏休みを謳歌する時期だと思うが、社会人に夏休みなんてものはない。

シャツがじっとりとしており、肌に張り付く感じがする。

すがすがしいものではなく、仕事のやる気も削がれていた。


「藤崎さぁん、暑くないですか。室内のはずなのに。」


「仕方がないだろ。環境への配慮のためで、これ以上は室温下げられないんだよ。」


「えぇ。こんなんじゃあ、やる気も出ないっす。」


「口を動かすぐらいなら、手を動かせ。」


俺は、机に突っ伏しかけている染岡の頭を軽く叩く。

染岡は、大げさに頭を押さえる。


「これって、パワハラですよぉ。痛いなぁ。」


「これがパワハラだったら、生きていけないぞ。」


パソコンに目を向きつつ、染岡の発言を適当に拾い上げていく。

その俺の態度を見て、染岡は諦めたのかもくもくと作業に戻った。


しかし、その数分後に口を開く。


「そういえば、もう少しでお盆ですね。藤崎さんは帰省されるんですか。」


「俺は、帰省しないよ。母親も忙しいみたいだしな。……染岡は帰るのか。」


「あ、まぁ、そうですね。俺のところは、親戚付き合いも濃密なので、帰らないと怒られちゃうんですよ。」


「そっか。早めに新幹線の席取らないと、帰れなくなるぞ。」


「やっべ……。忘れてました。」


「……。」


染岡は頭を抱えながら、「これ、もしかして詰んだかも。」と呟いている。

そんな、顔色が悪くなった染岡に俺は「お土産、楽しみにしてるな。」と肩を叩きながら伝えた。




仕事も終わり、帰宅しようと荷物をまとめていたところ、携帯が鳴る。

帰る手前の電話に俺は確認するかどうか迷ったが、気が付いてしまったから、もう対応したほうが気が楽になるかと考え、画面を見る。


そこには、悠真の名前が表示されていた。


悠真とは、あの一件があってから、まともに顔を合わせていなかった。

もちろん、意図的に避けたつもりはなかったのだが、結果的に顔を合わせなくてよかったとほっとしていた。


俺は恐る恐る、電話に出る。


「もしもし。」


俺の声は少しかすれてしまい、変に緊張感を持ってしまった。

悠真の反応が見えない分、余計に意識してしまった。


「みなとさん、いまお時間大丈夫ですか。」


スピーカーから悠真の声が聞こえてきた。

その声が妙に鮮明に聞こえ、この前のことが頭の中でフラッシュバックした。

俺は思わず携帯を落とすところだった。


「……あぁ。もう、今日の仕事は終わりだから、荷物まとめていたところだけど。」


「良かった。……ちょっと相談したいことがあって……。」


「なんか、あったか。」


「……単刀直入に言うんですけど、お盆の時期、みなとさんのおうちに泊まらせてはくれないですか。」


「は……。」


「俺の家、お盆中に工事が入ることになっちゃって。ホテルとか泊まれたらよかったんですけど、もうすでに予約が取れない状態でして……。一日だけでも泊まらせていただけたら助かるなと……。急なお願い事ですみません。」


俺は、思考を巡らせた。


この前、あんなことを言われた手前、俺は平常心を保ちながら、悠真と一日を一緒にできるとは思えない。

だが、俺が意識をしすぎている点もあると思う。

そうだ、意識をするからうまく接することができないんだ。

あれは悠真にとって通常運転で、俺がそんな意識することでもないんだと言い聞かせた。


「分かった。着替えぐらいは持ってきてくれよな。」


できるだけ平常心を保ちながら、大人な俺は悠真の願いを聞き入れることとなった。


それからというもの、仕事は身が入らず上の空になることは多かった。

染岡からも、「藤崎さん、魂が抜けてますよ。」と何度も声を掛けられ、先輩としての威厳は日に日になくなっていった。




当日になり、大きな荷物を抱えた悠真を見ると、思わず身構えてしまった。

悠真にこの動揺がばれないように、取り繕うのに必死だった。


「みなとさんって、結構物が置いてあるんですね。」


悠真が俺の部屋のものを物色していく。


「俺を何だと思ってるんだ。一般的な人間だぞ。」


「いやいや、なんとなくですけど、あんまり物を置くタイプじゃないだろうなって思ってたんですよ。……あ、このゲーム、やってるんですか。」


悠真は、ゲームを棚から手に取る。

それは、対戦パーティーゲームのものだった。


「お、それ、知ってるか。俺はあんまりゲームやったりはしないんだけど、たまに来る友人のために、一応置いてるんだよ。」


「そうなんですね。……みなとさん、これで一緒に遊びましょう。」


悠真はゲームを俺に渡し、コントローラーを手に取る。

こうやって見ると、やはり年相応なんだなと少しほっとした。

俺は、「負けても、泣くなよ。」と言いながら電源を付けた。




ゲームのおかげか、日が沈んだころには変な緊張感がなくなっていた。


「そろそろ、ご飯買いに行くか。」


俺はコントローラーを机に置き、悠真に伝える。

時計を見ると、スーパーは閉まっている時間だったため、近くのコンビニに行こうと提案した。

悠真はそれを了承し、外へと出る。


「みなとさん。今回は俺に奢られてください。」


悠真は財布を見せつけながら歩く。

俺はため息をつきながら、言葉を返す。


「年下に奢られる、年上の気持ちも考えろ。」


「それはそうなんですけど。宿代だと思ってください。みなとさんにはお世話になりっぱなしなので。」


「……そこまで言うなら、奢られてやるよ。」


悠真の折れなさそうな雰囲気を感じた俺は、素直に奢られることにした。

真夜中ということもあって、あたりは静かだった。

街灯に照らされる、悠真の髪がキラキラと光を反射させており、不覚にもきれいだなと感じてしまった。


コンビニ着いた後は、悠真がかごを持ち、弁当やお菓子を入れていく。

俺は、おにぎりを2個を持ちながらかごに入れると、悠真に「これじゃあ、足りないでしょ。」と追加で唐揚げやらサラダやらを追加されてしまった。

そして、暑いからと氷菓子もかごに入れて、会計へ向かった。


「はい、これ。みなとさんの分です。」


悠真の手には先ほど買っていた氷菓子が握られていた。

俺は悠真にお礼を言い、氷菓子をもらう。

外の気温が暑いためか、すでに外袋は汗をかいていた。

俺は袋を開け、氷菓子を口に入れる。

ひんやりとした感覚が口の中で広がり、少し甘さも感じる。


夏はあまり好きではないが、こういうのは悪くないなと自然と頬が緩んだ。




氷菓子を食べながら歩いていると、遠くの方で人が佇んでいるのが見えた。

不審に思った俺は迂回するかどうか悩んでいたが、その人影が俺に気が付いたのか、向かってくるのが分かった。

あっという間に距離を詰められる。


「久しぶり、湊。」


「な……中村先輩。」


俺は突然の中村先輩の訪問に、生唾を飲む。

どうして、避けてきた人物が目の前にいるのか理解することができなかった。


「……お久しぶりですね。」


「あ、急でごめんな。実はこの前、田村と会った時にお前の連絡先知らないかって聞いてさ。住所教えてもらったんだ。」


中村先輩は手を合わせながら、言った。

俺は思考がまとまらず、田村が住所を中村先輩に伝えたことなんてことは、頭の中には残らず、ただただあの日のことを思い出す。




「中村先輩、お疲れさまでした。」


俺は、ドリンクを中村先輩に渡す。

それを中村先輩は無言で受け取り、口へとつけた。


「俺、中村先輩と1位2位でフィニッシュできて、嬉しいです。やっぱり先輩と走るの楽しいですよ。」


俺は興奮したまま、まっすぐと中村先輩に気持ちを伝える。

ただただ、中村先輩と一緒に走れて嬉しい気持ちを伝えたつもりだった。


その瞬間、中村先輩が持っていたドリンクが地面にたたきつけられる。


「……お前さえ、いなければ。この大会で結果を残せていたはずなのに。」


「……え。」


「俺はもう時間がねぇんだよ。結果を残せなかったら、俺の陸上人生も終わりだって知ってんだろうっ。」


中村先輩が歪んだ顔で俺のほうを見てくる。


その時、気が付いたんだ。

俺は一緒に走れて楽しかったけれど、中村先輩はずっと苦しんでいたのかもしれないと。


心に鋭い刃物が突き刺さり、それ以上言葉を出すこともできなかった。




「俺さ、湊に謝りたくてさ。お前が陸上辞めたの、俺のせいだろ。」


俺は、口がうまく動かず、暑いはずなのに寒気さえ感じる。


「あの時は、お前に当たって悪かったな。」


中村先輩は俺の肩を叩く。


その軽い衝撃で、手に持っていた氷菓子が落ちる。

地面に叩きつけられた氷菓子は、形を崩しながら溶けていく。


なにか言わなければと思いながら、いまだに何を言っていいのか分からない。


「……みなとさん。」


悠真の声が聞こえ、顔を向ける。

悠真は俺の顔を見るなり、俺の手を握る。


「……帰りましょう。」


悠真が静かに言うと、俺を引っ張り家のほうへ歩く。


「おいっ。」と中村先輩の声は聞こえていたが、俺は振り返ることもできず、悠真に付いていくしかできなかった。

読んでくださって、ありがとうございました。


今回は唐突なお泊まり回です。

しかも、楽しいお泊まり会になると思いきや、湊の過去を抉るような展開になりました。


まず最初に言わせてください。

中村は、悪い奴じゃないです。

ただ、湊と仲直りしたかっただけなんです。

そして湊は、そんな中村の気持ちをうまく受け止められない、そんな状態でした。


人の言葉って、刺した側はあまり深く考えていないことが多いんですよね。

でも、刺された側は「自分が悪かったのかな」と、ずっとぐるぐる考えてしまう。


これって、現実でもよくあることなんじゃないかなと個人的には思っています。


次回もよろしくお願いします。

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