だいじょうぶ、その一言だけで
悠真に引っ張れながら、家に着いた俺たちは、無言のままだった。
俺はこの状況にまだ頭が追いついておらず、混乱していた。
家の中に入ると、コンビニで買ったものを机に置き、悠真は俺をベッドに座らせ、少し距離をおき隣に座る。
どうして、俺は中村先輩に何も言えなかったのだろう。
中村先輩はあの日のことを謝りに、わざわざ俺に会いに来てくれたのだ。
俺としては会いに来るのは不本意なことではあったが、中村先輩の言葉を受け入れられなくてはいけなかったのではと考えてしまう。
でも、どうしても謝罪を受け入れる言葉が出なかったのは、また同じように中村先輩から拒絶されるようなことを言われたら、俺は耐えられないと思ったからだ。
普通は、仲直りすれば今まで通りに接せるはずだが、中村先輩に対しては、俺はどうしてもできなかった。
胸が苦しくなり、呼吸も浅くなる。
悠真はこんな意味の分からない状態でも、何も聞かなかった。
ただ、俺のことを見つめていた。
これは、俺と中村先輩との問題だ。
悠真には関係がない。
だが、俺は思わず、悠真に向けて言葉を発する。
「さっきのびっくりしただろ。」
悠真は、何も言わず頷いた。
その顔は真剣そのもので、俺の言葉をずっと待っていてくれていた。
「あの人、俺の大学時代の先輩なんだ。ただ、ちょっと過去にケンカになっちゃってさ。……もちろん、俺が悪かったんだよ。先輩が怒鳴ってきたって仕方がなかったんだ。」
俺は、ぽろぽろと言葉が出る。
過去に中村先輩と何があったのか、俺は少しずつ言葉を重ねる。
「俺さ、走るのは好きだったんだよ。誰かと競うとか、そんなのはあんまり関係がないっていうかさ。風を感じて、自分の足でゴールできればそれで良かったんだよ。ただ、先輩はそうじゃなくて、ちゃんと結果を追える選手なんだよ。そこが、俺と先輩の間ですれ違ってたんだ。」
悠真はこんな話を聞いて、なにを思っているのだろう。
俺の声しか響いていない部屋で、自然と手に力が入ってしまっていた。
「俺は、先輩と一緒に走れる。それだけで良かったんだよ。」
俺の声は震え掠れていく。視界も歪んでいく。
こんな感情を出すつもりはなかったんだ。
しかも、年下でまだ学生としてまっすぐ生きている悠真に、こんな話をするつもりなんてなかった。
そんな時、悠真が体をこちらに向け、右手を顔に近づける。
そして、指先が頬に触れる。
俺は気が付いていなかったが、どうやら涙が出ていたらしい。
悠真の指先が濡れていた。
「……みなとさん。だいじょうぶ。」
悠真は、少し困ったように笑った。
でも、その言葉に俺は安心してしまった。
何が大丈夫なのかなんて、俺にも分からない。
根拠なんて、どこにもない。
だけど、悠真のやさしさに触れ、涙が溢れる。
どれぐらいの時間が経ったのか、分からない。
ただ、涙はもう出尽くしたようで、これ以上は顔を濡らすことはなかった。
目の腫れを感じ、そして落ち着いてくると、今までのことが恥ずかしくなってきた。
悠真の顔を見ると、目線に気が付いたのか、悠真は微笑んでこちらを見ていた。
俺は気まずくなり、再び悠真から目線を外す。
「情けないところを見せて、すまん。」
「……いえ。」
悠真からの視線が気恥ずかしくなりながらも、話を続ける。
「おなかも空いたし、ご飯食べるか。」
「そうですね、僕が温めてきますね。」
悠真が立ち上がり、台所の方へと歩く。
俺も立ち上がろうとすると、悠真から「そこに座っていてください。」と軽く静止させられた。
電子レンジが稼働している音が聞こえ、悠真がこちらに戻ってくる。
その手には何かを持っている。
「これ、氷を袋に入れてきました。勝手に冷蔵庫を開けてすみません。……目が腫れてるので、これで冷やしてくださいね。」
悠真が差し出したものを俺は受け取り、目に当てる。
ひんやりとしていて、気持ちいい。
「ありがとうな。」
俺は袋を目に当てながら、感謝の気持ちを悠真に伝えた。
悠真の表情は見えなかったが、不思議とこの状況は怖くないなと感じた。
読んでくださって、ありがとうございました。
前回に引き続き、お泊まり回の続きでした。
悠真と湊にとっては、少しビターで、それでも大きな一歩になった回だったと思います。
いろいろと語りたいことはあるのですが、この余韻を皆さんにも感じていただきたいので、今回はここまでにしておきます。
次回もよろしくお願いします。




