走ることをやめた日
目覚ましが鳴っている音がする。
俺は、目をうっすらと開け、目覚まし時計を止める。
窓のほうを見ると日が昇ってきているのか、カーテンの隙間から光が漏れていた。
昨日、悠真の家からどうやって帰ってきたのかをあまり思い出せない。
あれは、きっと尊敬の意味で言ってくれたのだろうと、そう自分に言い聞かせた。
最近の学生は、意外とこういうことを大げさに言うものなんだろう。
携帯を見るとチカチカと点灯しており、電源を付けると、同級生の田村から連絡が届いていた。
今日は、なにもない日だったため、久しぶりに友達と会おうと思い、事前に連絡を取っていたのだ。
田村からは「明日のお昼から会おうぜ」という連絡とともに、住所の詳細が書かれていた。
今の時間が知りたくなり、時計を見ると、まだ朝の四時半過ぎ。
お昼にはまだ時間があるなと思った俺は、とりあえずもう一度ベッドの中に入った。
「久しぶりだな、湊。元気にしてたか。」
待ち合わせ時間より前に来ていた俺に、声がかかる。
顔を上げるとそこには田村が立っており、俺の頭をぐしゃぐしゃにしながら、撫でる。
「おい。一応これでも整えてきたんだから、頭撫でんなよ。」
「すまん、すまん。つい、やっちまった。」
田村は大きな声で笑いながら、さらに撫でる。
俺はため息をつきながら、もうその行動を止めることをやめた。
お昼の時間ということもあって、とりあえずご飯屋に行く。
一般的に休日の人が多いからか、店の中は人でごった返していた。
しばらく時間がかかるかと思いきや、順番はすぐにきて、田村と向かい合わせで座る。
「いや、ここ久しぶりに来たよ。あんまり変わんないな。」
「お、そうだよなぁ。俺も社会人になってから来てなかったからよ。ここの大盛りメニュー、美味しいし安いし、最高だよな。」
田村は店員を呼び、メニューを指しながら、「これの特大盛りで。」と大声で伝え、俺は「日替わりのセットで。」と言った。
頼んでいた食べ物が来て、田村は白ご飯をかき込みながら笑顔を浮かべ幸せそうに噛みしめていた。
「そういえば、知ってるか。」
「なにが。」
「大学の陸上部にいた、中村先輩。」
俺は、その名前を聞いて、ピクリと反応してしまった。
田村は俺の反応に気が付いていないのか、話を進める。
「この前の陸上で、良い成績を残したみたいだぞ。やっぱり、すごいよなぁ。俺、今度会ったらサイン貰っちゃおうかなぁ。」
「……そうか。」
「お前もあのまま陸上続けてたら、すごい人になってたりしてたんじゃねぇの。だって、中村先輩にも引けを取らない成績を残してたじゃん。 ……なのに、急に辞めちゃってさぁ。」
「そんなこと、……ねぇよ。」
俺は思わず、その一言だけで沈黙してしまう。田村はそんな俺の表情を見て、不思議な顔をしている。
ただ、田村にとっては世間話のつもりで話していたので、あまり気にすることなく、再びご飯を口に運んだ。
俺と中村先輩は大学生の時の同じ陸上部に所属していた。
俺が辞める前までは結構仲が良かった方でもあったが、俺が陸上を辞める原因でもあった。
その当時、俺は中村先輩と競い合いながら、満たされていたと思う。中村先輩も同じ気持ちだったと思う。
だが、中村先輩は徐々にスランプ気味になり、大会で成績を残せない状態になり、そんな俺は逆に好成績を収め、周りから期待の目で見られていた。
「お前さえ、いなければ。この大会で結果を残せていたはずなのに。」
大会終わり、中村先輩から発せられた言葉がナイフのように刺さり、目の前が真っ暗になったような感覚だった。
その日、俺はタイムレコードを更新し、一位の成績でゴールテープを切り、中村先輩は二位だった。
そのあとは、足が鉛のようになり、いつの間にか陸上を辞めていた。
いや、いつの間にかというより、自分の心の中では分かっていた。
あの言葉は、たまたま成績があまり残せず出た焦りの言葉だってこと。
中村先輩は普段はあんなことを言う人じゃないってことも、何もかも分かっていた。
だけど、俺は中村先輩の前に立つことが怖くて、逃げてしまったのだった。
中村先輩から何度か、俺に連絡してくれたが、その度に会うのを拒否し、今に至る。
「おい、湊。お腹いっぱいなんか。」
あまりにも箸が止まっていたのか、田村は目の前を手でひらひらとさせながら、顔を見てくる。
「いや、お前と違って、俺はじっくり食べたい派なんだよ。ゆっくり食わせろ。」
「残しても、俺が食べてやるから、遠慮なく言えよな。」
「……あげねぇよ。」
田村はがははと大きな声で笑い、そんな笑いも正直ありがたいと思ってしまう俺もいたのだった。
そのあとは、他愛な世間話をしながら、時間は夕刻を指していた。
田村は「また時間が合うときに、会おうな。」と言い、駅前で別れたのだった。
俺は、携帯を触り、通知が来ていることに気が付く。
詳しく見てみると、悠真から連絡が来ているようだった。
「昨日は、すみません。飲みすぎてしまいましたよね。ご迷惑おかけしました。」
文末には、シュンとした表情の絵文字が添えられている。
俺は短く「今後しばらくは、お酒禁止な。」と添え、携帯の電源を切った。
読んでくださってありがとうございました。
今回は、湊の日常を少し書いてみました。
そして、またもや新しい登場人物です。
田村は、ちょっと根暗な湊とは違い、根明な人ですね。
いっぱい食べて、体格もかなり大きい人なんだろうなと思っています。
中村は回想のみの登場でしたが、この後出番があるかもしれないので、そのときにお話しできたらなと思っています。
(書けるかどうかは、ちょっと分からないですけどね。笑)
次回もよろしくお願いします。




