気付いてはいけないもの
悠真と電話で話してから一週間が経ったころ、やっと時間が取れた俺は珍しく定時に上がり、店の前で待っていた。
いろいろと店選びは迷ったが、あまり格式が高いところだとゆっくりできないと思い、無難な居酒屋にした。
「みなとさん。すみません、遅くなりました。」
「そんな待っていないから、気にすんな。立ち話もなんだから、店に入るか。」
「はいっ。」
悠真のほうを見ると、普段とは違いリュックサックを背中に背負っており、少しラフな格好だった。
いつもは深夜に出会うことが多かったので、あまり年齢差を感じていなかったが、大学生の輝きを放った悠真の姿に俺は少しクラっと来てしまった。
悠真は、俺の表情を見てなにかを察したのか「いつも、こんな格好をしてるわけじゃないんですからね。」と恥ずかし気に言った。
とりあえず、ここにいても仕方がないと思った俺は居酒屋の扉を開け、店員に話しかける。
店員は「少しお待ちください。」と言い、レジの裏にある表を確認したのち、奥の座敷に通された。
いつもなら入口の方で座るのだが、年上の俺があまり謙虚になりすぎるのも気を使わせてしまうかと思い、普段は座らない奥へ行く。
「今日は大学から直行してきたのか。」
「そうですね。いったん、家に帰りたかったんですけど、間に合いそうになかったので。このままで来てしまいましたよ。」
「焦らせるつもりはなかったんだがな。」
「でも、みなとさんとこんな時間に会えるなんて。本当になんだか不思議に感じちゃってますよ。」
「まぁ、そうだな。久しぶりに定時に上がれたから、俺も変な感じがするよ。」
俺は、メニュー表を悠真へ渡しながら会話を続けた。
あらかた気になる料理とお酒を頼み、運ばれてきたお酒を手に持つ。
冷えたグラスに黄金色に輝いているビールが、とてもおいしそうに見えた。
「じゃあ、乾杯。」
グラスを合わせ良い音を鳴らす。その勢いのままにビールを口に含み嚥下する。
強い発泡を感じながら飲んでいると、目の前の悠真はこちらを見ていた。
「みなとさんって、お酒お好きなんですか。すごくおいしそうに飲むんですね。」
「あぁ、お酒は好きだな。仕事が深夜まであることが多いから、あんまり飲んだりしないけど。悠真は強そうだよな。」
「いや、僕はじめてお酒飲みました。なんか変な感じですね。苦いですけど、飲んだ後はふわふわとするような。」
「えっ。お酒初めてだったか。てっきり友達とかと飲んでると思ってた。……あんまり、無理するなよ。」
「無理はするつもりはないですけど……。でも、はじめて飲むお酒をみなとさんと飲めて嬉しいです。」
悠真は持っていたグラスをグッと傾け、中身を飲み干す。少し頬が染まってきて、ニターっとした笑みを浮かべながら、机の上に置いてあった枝豆を手に取りプチっと口に入れる。
普段の姿は好青年で、そんな崩れた笑顔を見たことがなかったから、不思議な気持ちになる。
俺は、これは介抱しないといけないだろうなと思いながら、ビールを飲んだ。
居酒屋にいること数時間、お酒も進み、気が付けば机の上には空になったグラスが並ぶ。
悠真とはいつも通りの他愛ない話をしていた。
学校のことや悠真の友達のこと。
こうやって、聞いていると大学生活を十分に満喫しているのだなと、ほっとする反面、俺には見せたことない姿を友達には見せているのだなと胸の奥がチクリとする。
俺はその痛みを誤魔化すように、お酒を飲む。
「僕、みなとさんの話、聞きたいなぁ。いつも僕の話ばかりだから。学生時代とかどうでした。」
ご機嫌よく話をしていた悠真が急に話題を振ってきた。
俺は自分のことを話すのは苦手で、というよりかは、面白い話ができないと分かっていたから、悠真に話題を振ることが多かった。
だが、今日はお酒も入っていたのか、ちょっと話したい気分になっていた。
「俺の学生時代かぁ。悠真と違って、平々凡々だったよ。勉強とか得意ではないし、友達って呼べるやつも少ないしな。」
「みなとさんらしいですね。解釈一致です。」
悠真は笑いを堪えきれず、ふふっと笑う。
俺は、そんなに面白いところないだろと思いながら、少し恥ずかしい気持ちになった。
「でも、打ち込んでたこととかはあるんじゃないですか。……例えば、部活とか。」
「部活か……。陸上部に入ってたよ。大学生になって忙しくなってからは辞めてしまったけどな。」
俺は、思いふける。
学生時代、青春と呼べるのはただ走ることだった。
なにも才能もなくて、別に人から好かれる性格でもなかったが、そんな俺にも、走ることだけはずっと続けていた。
走るのが好きだったわけではないが、俺にとっては走ることそのものが当たり前の感覚があったのだ。
あの感じた気持ちは今でも残っているし、これからも残り続けるのだろうなと、なんとなく思っていた。
ただ、俺はもう走れない。
「へぇ……、そうなんですね。みなとさんの走ってる姿……、見たいな。」
「……いやいや。いま走ったら、すぐ息が上がるだろうな。」
悠真がまっすぐに俺を見ながら言うもんだから、俺は思わずのどがゴクリと鳴る。
別に疚しい雰囲気じゃなかったはずなのに。
変な緊張感を持ってしまい、少しでも場を和ますのに出た言葉は、自分の体力がないことだけだった。
「もう、俺の話はいいだろ。そんなに面白くもないだろうし。」
「えー……、僕は楽しいのに。」
悠真は頬を膨らませながら、子供が駄々をこねるように答えた。
かなり酔ってきているのだろうか、悠真の表情がうまく読み取れない。
「そんなことよりも、今日は前のお礼だから。ちゃんと、食べろ。」
「食べてますよ。あ、でも、みなとさんがあーんってしてくれるなら、いっぱい食べれるかも。」
「また、なに言ってんだか……。そんなに俺といるのが楽しいのか。」
俺ははっとし、口を閉じる。
アルコールのせいなのか、それとも悠真の雰囲気に吞まれたのか。
普段なら、こんな人を試す言葉を言わないはずなのに、なぜか口走ってしまった。
そんな俺の顔を見ながら、悠真は含み笑いをした。
「だって、僕。……みなとさんのこと、好きですもん。」
「……は。なに言って……って。」
あまりに直接的な言葉にびっくりして、うまく言葉を出せない。
顔が熱くなっていくのを感じた。
そんな俺を置いて、目の前で悠真が机に突っ伏す。
「おい。……悠真。って寝てる。」
規則正しいリズムで息をしている悠真に、俺は「おい。ここで寝るな。」とそんな当たり前なことしか言えなかった。
店を出た後、俺はまだ酔いがさめ切っていない悠真を肩で担ぎながら、家まで送っていた。
悠真は俺に体重を預けて、ご機嫌なのか口ずさんでいる。
やっとの思いで、悠真の家の前まで送り、家の扉を開けさせる。
「お酒、はじめてだったのに、結果的に無理させちゃったな。」
「いえいえ。僕、すごく楽しかったです。みなとさんと一緒に過ごせて幸せでした。」
「あぁ、そうか。……ちゃんとベットで寝ろよ。」
この男は、酔うとなんともキザな言葉を吐くらしい。
俺はため息交じりながら、悠真を家の中に押し込む。
その一瞬、悠真が俺の腕を掴み体を寄せた。
「なっ……。」
「僕、ちゃんと好きって言いましたからね。」
その言葉を言い切り、悠真は「じゃあ、おやすみなさい。」と家の扉を閉める。
俺は足の力が抜け、その場に座り込んでしまった。
「なんだ……、いまの……。」
しばらく俺はその場から動けなかった。
悠真に握られた腕を見ると、変に熱を持っていて、それが全身に伝播していく。
何かに気付いてしまいそうで、俺はその腕から目を逸らした。
読んでくださってありがとうございました。
今回は物語が大きく進展した回になったのではないでしょうか。
悠真の大胆な言動に、湊が揺れ動くエピソードになりましたね。
個人的には、こういうシーンはついキュンとしてしまいます。
次回もよろしくお願いします。




