残った香り
「あれ、藤崎さん。今日は特にひどい格好してますね。」
「……。染岡くん、そんな言葉、先輩によく言えるね。」
「だって、本当のことなんですもん。」
「あのな……。」
会社に着く前に、ある程度の身だしなみはコンビニで調達し、整えたのだが、後輩の染岡に指摘されてしまった。
染岡はこの前入ってきたばかりの、新入社員だ。
俺もそろそろ下を付けたほうがいいと上司の考えの元、染岡と一緒に働くこととなった。数か月前まで大学生だったせいか、まだ学生ノリが抜けていない。
俺は舐められているんだろうなと思いつつ、何ともいえない気持ちだった。
「あ、でも。いつもとなんだかにおいが違うような……。香水とか着けるようになったんすか。」
染岡は俺に近づき、においを嗅ぐ。
「いや、香水なんて着けてないけど……、あ。」
俺は香水とか着けるタイプじゃない。けど、心当たりがある。
おそらく悠真のなにかのにおいが移ってしまったのだろう。
俺も改めて、ワイシャツを鼻先に持っていき、息を吸う。
ふんわりとしたにおいが広がり、自分が普段付けたことのない香りがする。
その瞬間、今朝、悠真から手を握られていたことを思い出した。
「え。なんすか……。も、もしかして、彼女さんの、とか。」
俺が無言のままでいると、染岡がうろたえた声で手を口元に添えていた。
「いやいや、彼女じゃない。昨日、知り合いの家に泊まったから、そのにおいかもな。」
「……いや~、良かったぁ。藤崎さんが彼女いるって言われたら、俺びっくりして腰抜かしちゃう。」
「……。雑談はここまでにして、仕事の話をするぞ。」
「はぁい。」
染岡は気だるい返事とともに、電子端末を鞄から取り出す。
とりあえず、目の前の仕事に手を付けるのだった。
気が付くと、時間はお昼ごろを指していた。
染岡の集中力も散漫になってきたのか、手が止まりはじめている。
切りの良いタイミングでもあったため、休憩にすることにした。
プライベート用の携帯になにか通知があり、確認してみると知らない電話番号だった。
普段であれば、無視をするのだが、もしかしたら悠真が掛けてきてくれたのかもしれないと思い、電話を掛けなおす。
数回コール音がなり、繋がったのか無音になる。
「……もしもし。」
「あ、みなとさん。聞こえてますか。悠真です。」
「あぁ、聞こえてるよ。わざわざ電話かけてきてくれたのに出れなくて、すまんな。」
「そんな、気にしないでください。お仕事なら仕方がないですよ。今からお昼ですか。」
「そうだな、この後も詰まってるから、ゆっくりはできないけどな。」
悠真は「休憩はちゃんと取らないと」と、少し呆れたような声で言った。少し雑談をし、俺は本題へと話を切り替えた。
「それでだ。とりあえず、悠真の都合もあるとは思うんだが、美味しいご飯にでも連れて行ってやるよ。なにか、好きな食べ物とか嫌いなものはあったりするか。」
「本当にお礼とかはいいんですけど。……じゃあ、お言葉に甘えてエスコートしてもらおうかな。好き嫌いとかはないんですけど、辛いのは少し苦手かもしれないですね。」
「じゃあ、追々日程とかは合わせるとして。良い店選んでおくな。」
「ありがとうございます。……あ、いま、友達に呼ばれてしまったので、このまま電話切らせてもらいますね。では、また。」
「……またな。」
通話が切れる音がして、無音になる。
俺は、悠真の電話番号を忘れないうちに登録をして、鞄へしまう。
仕事の電話じゃなくて、プライベートの電話なんて久しぶりだ。
電話越しだと表情が読み取れず、何か物足りなさを感じてしまっている。
なんだか、昨日の一件からずっと悠真のことが頭をちらつかせている。
でも、これでは仕事に手が付かなくなってしまうため、俺は深く考えないようにした。
「藤崎さぁん、こんなところでなにしてるんすか。休憩終わっちゃいますよ。」
染岡が背後から大声を掛けてきて、振り向く。染岡の手を見ると、缶コーヒーが二本握られていた。
「お疲れだと思って。はい、コーヒー。いつもこれ飲んでますよね。いつもお世話になってますから、そのお礼っす。」
「お前って、普段失礼な奴なのに、こういうところちゃんとしているよな。じゃあ、お言葉に甘えてもらうよ。」
「普段失礼って……。そんなことないっすよ。俺、いつも藤崎さんのこと尊敬してますよ。ものすごぉく。」
「……。尊敬しているなら、もっと態度に示してくれ……。」
染岡から缶コーヒーを一本貰う。この後に残っている仕事のことを考えながら、コーヒーに口をつける。
香ばしい香りとともに苦い味が口に広がる。
いつもはその苦さがあまり好きではないのだが、今日はなんとなく美味しいような気がした。
読んでくださってありがとうございました。
今回は湊の仕事ぶりが少し垣間見えましたね。
そして、新しい人物として染岡も登場し、物語に少しずつ色が付いてきました。
当初はあまりほかの人物を描く予定はなかったのですが、話の流れ的に登場してきてしまいました。
染岡は基本的にお調子者に見えますが、良いやつですよ。たぶん……。
次回もよろしくお願いします。




