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君はたぶん、優しすぎる   作者: 薄明 朔


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10/12

青いカクテルと、嵐の前の静けさ

お盆が明け、通常の日々が戻ってきた。

相も変わらず、暑いが少しだけ日が短くなっていっているのを感じる。


お盆が明けてからの一週間ぐらいは仕事が溜まっており、慌ただしい日々を過ごしたが、その忙しさに助かってもいた。

結局、悠真には恥ずかしいところを見せてしまって気まずかったし、肝心の中村ともいまだに連絡を取ることすらできていなかった。

メールの受信トレイには中村から、「ちゃんと話したい、仲直りをさせてほしい。」という連絡が来ており、それにも返信することができなかった。


自分のふがいなさを感じる。


パソコンの画面から目を離し、ため息をつくと、染岡から声がかかる。


「藤崎さん。また、ため息ですか。幸せ逃げちゃいますよ。」


「うるさい、手を動かせ。」


「……はぁい。」


染岡はパソコンに向き合いなおし、カタカタと音を立てている。

俺もパソコンへと目を向け、作業に戻ろうとしたところ、上司の小枝から声をかけられた。


「二人とも、ちゃんとして偉いな。ちょっと時間いいか。」


「小枝さん、どうかしましたか。なにか追加の案件とかですか。」


「いや、仕事の話じゃないんだ。一か月後の懇親会、どうする。参加するか。」


小枝は片手にバインダーを持ちながら、俺と染岡に聞いてきた。

そのバインダーには部署に所属している人の氏名が書かれており、俺と染岡の名前もあった。


「えっ。それ、なんですか。すごく楽しそうですね。」


染岡は目を煌めかせ、小枝の話を聞こうとしている。

懇親会とは、忘年会や新卒の祝いとは別に部署ごとに行われる飲み会だ。

俺は毎年、用事があると適当に誤魔化して不参加を貫いていた。


「小枝さん、僕は今回も……。」


「僕、この懇親会に行きます。ねぇ、藤崎さんも参加しますよね。いろいろ、聞いてほしいことがあったから、この機会に話しましょうよ。」


「いや、僕は……。」


「おぉ、藤崎も参加してくれるのか。毎年、用事があると言っていたから、嬉しい限りだよ。じゃあ、人数に加えておくな。」


「……はい、よろしくお願いいたします。」


染岡と小枝の強引な会話に後れを取り、結局参加することになった。

小枝は満足気な足取りで自分のデスクへと戻っていく。

そんな後ろ姿を見ながら、染岡はこちらを向いてきた。


「実は、藤崎さんと飲むの、楽しみにしてたんですよね。早く当日にならないかなぁ。」


「……おまえ、責任とれよ。」


「え、なんのことっすか。そんな、責任取れなんて、俺なんにもしてないっすよね。」


染岡はきょとんとした表情をしながら、俺を見つめる。

俺はもう一度深いため息をして、目の前の仕事に取り掛かるのだった。




そして、あっという間に懇親会の日がやってきてしまった。

この日は残業はせず、そのまま会場へと行く流れだった。

定時になり、俺は机の上を整理していた。


「藤崎さん、早くしないと置いていっちゃいますよ。」


「染岡。おまえ、定時前にデスクの上、片づけただろ。……今回だけ、見逃してやる。」


「わぁ、藤崎さんって、優しいっすね。」


染岡はなんとも白々しい言い方で、俺にすり寄ってくる。

調子がいいやつだなと思いながらも、俺と違って積極的に飲み会に参加するなんて偉いなとも思った。

俺は席を立ち、染岡の後についていった。




一軒目は大衆居酒屋だった。

人数は十八人ほどで、少し広めの個室へと案内された。

同じ部署内でも話したことのない人もおり、何とも居心地が良くない。

俺は端の席に陣取り、極力話さないようにしようとした。


「藤崎さん、飲んでますか。ってグラス空いてるじゃないですか。ビールで大丈夫ですか。」


染岡が近くに寄り、俺のグラスが空になりかけていることに気が付いた。

俺が頷くと、染岡は大きな声で店員に注文を伝える。

染岡は基本的に舐めた態度をとることが多いが、こういう大勢の場ではしっかりと周りを見ながら回してる。

俺の時もそうしてほしいと思うぐらいだった。


あっという間に店の予約時間が終わり、ぞろぞろと店から出る。


大半の人は二軒目に行くと言っていたが、俺は建前で少し酔ってしまったことを理由に帰らせてもらうことにした。

そして、二軒目に行く人たちと別れた後、駅のほうへ向かい帰ろうとすると、後ろから染岡が声をかける。


「藤崎さん、もう帰っちゃうんですか。」


染岡が少し息を切らしながら、俺の肩を叩く。


「あぁ、結構飲んだからな。先に帰らせてもらうことにしたんだよ。……染岡は二軒目行くだろ。置いてかれるぞ。」


「……いや、藤崎さんが行かないなら俺も行かないですよ。この前言ったじゃないですか、藤崎さんに相談したいことあるって。」


俺は記憶をたどる。そういえば、そんなことも言ってたっけなと思いながら首をかしげる。


「……ねぇ、藤崎さん。こんなかわいい後輩の相談聞かないで帰るのは、酷じゃないですか。俺、おすすめの飲み屋あるんで、飲みなおしましょうよ。」


染岡は俺の鞄を引っ張りながら、なんとかして帰らせないという気持ちを表していた。

少し強引だなと思ったが、まぁまだ飲めるかと思い染岡に伝える。


「もう一軒だけだからな。」


「やったぁ。」


染岡は急ぎ、どこかへ電話をし、そのまま俺を引っ張りながら歩いた。

俺は、こんな日もあっていいかと思いながら染岡の速度に合わせながら歩いた。




しばらくすると、少し人影の少ない道まで歩いていたようだった。

その間にも染岡はくだらない話をしながら、いつも通りのテンションを保っていた。

俺はそんな染岡の話を聞きながら、今は自分の悩み事を考えなくてもいいかと少し肩が楽になっていた。


染岡は突然止まり、目の前の扉を開ける。

外観は特に装飾されておらず、ここが飲食店だとはだれも思わないだろうと思いながら、続けて俺も入った。

内装はとてもシックで、なおかつカウンターのみのこぢんまりとしたバーであった。


「染岡、なんだかここおしゃれだな。……よく来るのか。」


「えぇ、もともとは友人から教えてもらったんですけど、なかなかいいでしょ。マスターこの人がさっき電話で話した、先輩っす。」


マスターと呼ばれた店主はこちらをちらりと見て、会釈をする。

俺も思わず会釈をし返した。


俺と染岡は奥のカウンター席に座り、メニューを開く。

あまりカクテルを知らないため、よくは分からなかった。


「染岡、おまえが飲むやつと一緒のやつ頼んでくれ。」


「了解っす。」


染岡はマスターに注文をし、しばらくするとシェイカーがリズムよく鳴っていた。


しばらくすると、マスターがグラスを持ってきて、目の前に置かれる。


青く、そして透明感のあるドリンクが運ばれた。


染岡はグラスを持ち、俺に向かって「乾杯。」とグラスを合わせた。


口に含むと、ラムの甘酸っぱい風味が広がり、すっきりとした味わいだった。

ただ、一口飲むだけで、かなりアルコールが入っていることが分かる。


頭が少しぼーっとする感覚があった。


「これ、美味しいな。」


「ここのマスターが作るお酒って、どれもおいしいんですよ。」


染岡はニコニコとしながら、お酒を飲む。

俺ももう一口お酒を含んだ。




「そういえば、話って。」


グラスを二杯飲んだあたりから、思い切って聞いてみることにした俺は、染岡のほうを改めて見る。

染岡も少し酔っているのか、頬が赤い。

ただ、染岡は話しづらいことなのか、なかなか言ってはくれなかった。

俺は、染岡が話したくなるのを静かに待った。


しばらくして、染岡は口を開く。


「俺、この前、帰省するっていってお盆帰ったじゃないですか。……おふくろから、そろそろ実家に戻ってこいって言われたんすよね。」


染岡は俺に目を合わせにくいのか、グラスを見ながら話す。


「って、これだけじゃ、藤崎さんもなに言ったらいいか分かんないっすよね。俺んち、代々米農家をやってきてるんです。俺、学生の頃は、別に米農家を継ごうだなんて一ミリも思ってなくて。だから、大学は都会のほうに出てきたんですよ。まぁ、都会に行くにも説得かなり大変でしたけどね。」


染岡の声色は不安定で、言葉を選びながら話していた。


「でも、実家に帰るたびに、継げって言われて。でも、俺はいま先輩がいるこの会社でもっと頑張っていきたいとも思っているんですよ。でも、親は納得してくれなくて。で、実家に帰ろうかなとも思ってきちゃって。」


染岡は肩を落とし、言葉が途切れていく。

俺は、その染岡の言葉になぜか苦しさを覚えてしまった。


俺は悩みながらではあったが、言葉を吐き出す。


「そうか。俺の家系はそんな代々のものじゃないし、育ってきた環境も違うと思う。だから、ひとつだけ助言できることがあるとすれば、お前がいま、したいことをしたらいいと思う。」


「いま、したいこと。」


染岡は俺の言葉を復唱した。


「確かに、親はお前のことや家のことを想って、継いでほしいとこれからも言うと思う。ただ、お前の人生だから、それに従うのも、俺たちと一緒に働くのも自分で選択していいんだよ。それで、嫌味を言われるかもしれない。……まぁ、その時は俺がまた話を聞いてやるよ。」


染岡は俺のほうを見ながら、固まっていた。


「お前は、どうしたいんだ。」


「俺は……。」


染岡は目を伏せ、言葉が途切れる。

俺はそんな染岡を横目にグラスに入った液体を飲み干す。

空になったグラスは光で反射し輝いていた。


「俺は、まだ、この会社でお世話になりたいって思ってます。ただ、実家もいずれは考えていきたいって思ってます。……これって、欲張りですかね。」


「……いいんじゃないか。人生、欲張ってた方がたぶん楽しいかもな。」


「……ありがとうございます。いつもの藤崎さんとは違いますね。」


「なんか、けなされていないか。」


「そんなことないですよ。いつも言ってるじゃないですか、尊敬してるって。」


染岡はいつもの調子に戻り、すっきりした表情で俺を見る。

染岡の相談を受けただけだが、俺の中でもすっきりと心が晴れたような気がした。




悩みがすっきりした染岡は、かなり飲むペースが上がった。それに合わせて俺も酒を飲む。

今日は良い日かもと思いながら、頭がかなりふわふわとしている。

そんな時、俺の携帯が鳴った。


「あ、藤崎さん。電話ですよ。出ないと。」


と言いながら、なぜか染岡が携帯を手にし画面を押す。

俺も思考が追いついていなかったのか、特に気にしてはいなかった。


「もしもし、染岡……じゃなかった、藤崎ですが。」


染岡は陽気な声で電話先のやつと会話している。

俺は少し耳を傾けることにした。


「あんた、みなとさんじゃないでしょ。」


「みなとさんって誰すか。って藤崎さんの名前か。あ、僕、会社の後輩の染岡って言います。以後よろしくお願いしますね。」


「……そこ、どこですか。」


「え、バーですけど。」


「場所はどこだって聞いてんだ。」


「あ、場所っすね。」


俺はその声に少し違和感を覚えた。


おそらく、電話口の男は悠真だった。


しかし、口調はかなり荒く、いつもの悠真とは違うような感じがした。


そんな違和感を抱えながらも、染岡はここの場所を口頭で伝えると、そのまま電話を切ったらしく、携帯が返ってきた。


「藤崎さん、今の電話口の人。たぶん、この場所に来るかもですね。お知り合いですか。」


「あぁ……。まぁ知り合いだな。」


「てっきり、こんな時間だから、彼女さんからの電話だと思ったのに。……残念。」


「……お前なぁ。」


俺は染岡の頭を軽くたたき、もしかしたら来るかもしれない悠真を待つことにした。

読んでくださって、ありがとうございました。


今回は、会社の後輩の染岡との会話が中心となりました。

自分のやりたいことって、なかなか見つけるのが難しいですし、その道に進む覚悟も必要だなとも思っています。


次回もよろしくお願いします。

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