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AnfangSage  作者: 上月琴葉
9/10

第九話 冷たい視線と温かいスープ

 オアシスの南側にその小さな村はあった。イェルバ村。オアシスから引かれた水路と村の南に広がる森林に囲まれた人口数百人足らずの小さな村だ。セロ流砂の果てにあたり、村人は肥沃な土壌を活かし野菜を栽培して生計を立てている。この村を訪れる外の人間はほとんどいない。月に何回かやってくる行商人と道に迷った旅人くらいのものだ。


「ここが俺の住んでる村だよ。俺の家は村のはずれにあるんだ」


 シュネルがそう言って三人を案内する。村の中を歩いていく間、村人達は誰ひとり声をかけてこようとはしなかった。その代わりに刺す様な視線を投げて足早に去っていく。


「……なんか感じ悪い」


 シュリがぼそっと呟く。


「……僕のせい……なのかな」


 リヒトはそう言って俯く。知っている気がしたのだ。かつて自分に向けられた冷たい視線を。覚えているはずなどないのに、胸が苦しくなる。


「……リヒトさん……」


「僕が……ヒトじゃないから……」


 リヒトの瞳にはうっすらと涙が浮かんでいた。


「……気にすんなよ。あいつらは俺にだってこうなんだ。ああいう連中なんだよ」


 シュネルはリヒトの頭をくしゃっと撫でた。


「……それより、着いたぜ。ここが俺の家だ」


 シュネルは玄関の扉を三回ノックする。


「はい。どちら様?」


「母さん。俺だよ。開けてくれ」


 扉の向こうでパタパタと音がして、扉が開いた。


「おかえりなさい。あら、お客さんも一緒なのね。中へどうぞ」


 シュネルの母親はそう言うとすぐに四人を家の中に通してくれた。最後にシュネルが再びドアに鍵をかける。


「少し待っていてくださいね。美味しい野菜のスープを作りますから」


「俺も手伝うよ、母さん。リヒト達はテーブルに座って待っといてくれ」


 シュネルとその母はそう言うと台所へ消えていった。居間に残された三人はテーブルにつく。


「とってもあったかい人だね。優しいマナを感じるよ」


 シュリはそう言って嬉しそうに微笑む。


 一方あれからリヒトはずっと沈み込んでいた。


 シュネルの母が優しい人だということは見た瞬間になんとなく感じ取れた。月の子どもはマナに敏感なので一目見ただけで相手のマナの質を見抜くことができるのだ。


 だからそれ故により不安になった。


 もしも自分が「月の子ども」だとバレてしまった時、シュネルの母やシュネルは――


「リヒトさん……大丈夫ですか?」


 心配そうなアルヒェに、


「あ……うん。ごめん。色々考えてしまって」


「お待たせしました」


「採れ立ての野菜のスープだぜ。無農薬だから野菜の形は悪いけど、味は一級品だから」


 美味しそうな匂いと湯気を立てたスープが三人の前に運ばれて来た。その中にはリヒトの好物のトマーテも入っていた。


「すごく暖かい味がしました。ホウリ様の手料理を思い出します」


「今まで食べたことない味だよ。とっても美味しかった」


「……」


 リヒトは食べ終わるとしばらく黙っていた。


「……あら、お口に合わなかったかしら?」


 シュネルの母の問いに、リヒトは首を横に振る。


「違うんです。本当に美味しいんです……だから……」


 リヒトの頬を涙が一筋伝った。


「……おい、リヒト?大丈夫か?」


「……どうして……どうしてシュネルも貴方も……こんなに優しいんですか?」


「え?」


「シュネルはもう感づいてるよね。僕がヒトじゃないって」


 シュネルは一瞬息を呑んだが、そのまま頷いた。


「……ノナが言ってたからな。『月の子ども』のくせにって」


「……そうだよ。僕は忌み嫌われる、『月の子ども』。こんな風に優しくされることなんてっ……なかったから!」


「リヒト……もしかして記憶が?」


 シュリの問いにリヒトは首を横に振る。


「戻ってはいないよ。だけどここまで旅をしてくればどう見られてるかぐらいはわかる。それに心のどこかが憶えてるんだ」


「……リヒトさん。貴方はきっと心ない言葉を何度も浴びせられたのね」


 シュネルの母はリヒトに近付くと、そっとその体を抱きしめた。


「……辛かったでしょう。だけど、私は貴方が『月の子ども』でも蔑んだりはしないわ」


「……どうして……」


「貴方はシュネルを助けてくれた。そうあの子から聞いたの。息子の命の恩人を差別するなんてこと、少なくとも私にはできないわ」


 シュネルの母はリヒトを抱きしめたまま優しくそう言った。


「……ありがとう……ございます……本当に……そう言って……くれて……」


「……リヒト」


「……シュネル」


「とりあえず風呂でも入ってさっぱりしようぜ。ほら、リヒト来いよ」


「……うん」


 リヒトとシュネルはそのまま風呂へと向かった。


 **


 家の裏手に天然の温泉が湧いていた。なんでも南方諸島群の火山の影響らしく、この村の家には一家にひとつ温泉があるらしい。


「……ほら、早く入って来いよ」


「……う……うん」


 リヒトは戸惑いながらも、露天風呂に体を沈めた。


「……気持ちいいか?」


「……とっても。僕はいつも独りだったからこんな風に誰かとお風呂に入るなんて考えたことなかったな……」


 湯船に肩まで浸かりながらリヒトが呟く。


「それは俺もだよ。言ったろ?俺も村の奴らには煙たがられてんだ。元々この村の人間じゃないらしいからな」


「……そうなの?じゃあどこから来たの?」


 シュネルは少し考えてから、


「あ――……わかんないんだよ。何でも俺が小さい頃の話らしくて」


「……小さい頃か。僕には記憶が無いんだ」


「え?」


 シュネルが驚いた拍子に温泉の湯がリヒトの顔にかかる。


「わ!な、何するのさ?」


「悪い悪い。ところで左胸にあるそれが『月の子ども』のしるしだったりするのか?つるバラと十字架?」


「!」


 リヒトは慌てたように左胸を隠そうとするが、腕をシュネルに掴まれた。


「は、離せよっ!」


「別に隠さなくてもいいじゃん?何だかかっこいいし」


「……かっこいい?……気味悪くないの?」


 シュネルは腕を放すと、


「気味悪くなんかないぜ?俺の腕に出てたあの気味悪い蔓模様に比べたら断然マシだろ」


 そう言って笑った。


「それにな、俺にもあるんだぜ?謎の模様。背中だけど」


 シュネルはそう言うとリヒトに背中を向ける。その背には炎のような翼のような、とにかく特徴的な痣があった。


「……本当だ」


「今気付いたんだけどな。昨日まではなかったんだ。全く」


「……それって、あの炎と関係あるの?」


 リヒト達はあの時確かに見たのだ。炎が狼と化したシュネルを包み、それが消えると同時にシュネルが元に戻ったのを。


「炎?そんな風にして元に戻ったのか。さて、そろそろ上がるか。のぼせるからな」


 **


 薄暗い部屋にランプの明かりが揺れていた。


 夜になると風の音以外はこの村では聞こえない。暖かなベッドの中でなんとなく眠れずにリヒトは横になっていた。


「なあ、リヒト。まだ起きてるか?」


「起きてるよ。僕たちは気絶してたから、シュリ達ほどすんなりは眠れなさそうだ」


「リヒト……改めて言っておきたかったんだ。助けてくれてありがとう。お前が助けてくれなかったら多分死んでたよ」


「……あ、あれは体が何だか知らないけど勝手に動いたんだよ。僕の方こそシュネルにお礼言わないと……ありがとう」


「……どういたしまして。でもなんで俺にお礼なんて」


「……だってシュネルは僕のこと受け入れてくれたから。は、初めてなんだよ。そういう同性に会ったのって。年も近そうだし」


「リヒトっていくつなんだ?」


「十八。ソア曰くだけど」


「同じだな。俺も十八」


「……俺たちいい友達になれそうだな。リヒト」


「……うん」


「……いやもう友達か……ってリヒト?」


 返事はない。どうやらリヒトは既に寝てしまったようだ。


「……寝ちゃったか。いい夢見ろよ」


 **


 翌日。焼きたてのパンを食べた後で、リヒト達は別れの挨拶を言うためにシュネル家の玄関に立っていた。


「色々とお世話になりました」


「スープすっごく美味しかったです。また食べたいくらい」


「あら、ところでシュネルさんは――」


 家の奥でバタバタと音がして、リュックサックを背負ったシュネルが現れた。


「ふう。間に合ったな」


 リヒト達はその姿を見てどういうことなのかを理解した。


「……それじゃ行ってくるよ母さん」


「……ええ。いってらっしゃい。母さんのことは心配しなくても大丈夫だからね。また何かあれば裏門の方から帰っておいで」


「わかった」


「リヒトさん、シュネルをよろしくお願いします。そしてまた皆さん揃ってここに帰ってきてくださいね」


「はい!」


 四人はイェルバ村の裏門から村を後にした。シュネルの母は旅立つ四人が見えなくなるまで見送ってくれた。


 **


 場所は変わる。


 学術研究都市サヴィドゥリーア。その中央にそびえ立つ大図書館のカウンターで少女はひとり本を読んでいた。


「まったく、何で研究者のあたしがカウンターの番なんてしなきゃいけないのかしら」


 もっともそれがここの大学の決まりなわけだけど。


「……まあいいわ。この場所は嫌いじゃないもの」


 サヴィドゥリーアの大図書館はこの世界の全ての英知の結晶とまで呼ばれる場所で、豊富な蔵書数を誇り、マナを科学的に利用した装置により、他の都市にはないデータベースまで持っていた。


「お客さんが来るまで読書でもしとくか」


 少女はそう言うと手にした本を熱心に読み始めた。

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