第十話 マナの探求者
「すみません」
「あ、はい」
学術研究都市サヴィドリーアの大図書館のカウンターに座る少女は読んでいた本を脇に置く。
「この間予約していた本なんですけど」
「予約してた本、ね。まずは貸し出し証を見せて」
少女は慣れた手つきで貸し出し証を確認するとカウンターの奥の取り置き棚から本を出し、貸し出しの手続きをする。
「返却は二週間後よ。ありがとうございました」
少女はぺこり、と頭を下げると再び読みかけた本の続きを読み始める。まだ時刻が早いので来館者数はあまり多くはない。
「……こんな暇があったら研究の続きがしたいもんだわ」
少女はそう呟き、溜め息をこぼす。
「ま、ルールですし?仕方ないけどね。ここの本は無益でもないし」
本を読むのは大好き。まだ知らない知識をたくさん得ることが出来る。それに行ったことのない場所にも旅をすることができる。
急に乱暴に扉が開いて、騎士のような格好をした男が数人中に入って来た。
「……こんな朝早くからご苦労様です」
皮肉たっぷりに少女は立ち上がって、形だけの礼をする。
「で、何の御用です?その前に延滞している本をさっさと返してもらいたいものですけどね」
「アスセナ様の命令だ。十年前のあの事件に関する本を全て回収し、焼き払えとな」
「は?」
少女の剣幕にも動じる様子はなく、騎士は続けた。
「言葉通りだ。平民でも知っているだろう?十年前に人ならざる者達の集落がことごとく襲撃された事件があったことを」
「平民とかうるさいわね。形の上では平等なはずですけど?そしてその事件は知ってるわ。けど、何で?あんたたちあの襲撃に関わってんの?」
少女の言葉に、
「関わってなどいるはずがないだろう!」
騎士は激昂した。
「だってそう疑われたって仕方ないでしょ?権力者ってものは都合の悪いこと権力でもみ消したりするしねぇ?」
少女の方は動じるどころか逆に相手を煽る余裕を見せている。
「銀月の騎士が手当たりしだいに月の子どもとか人ならざる者たちを殺してるみたいな噂も聞くしね。そもそもあたしに本を渡す権限とかないし?」
「それ以上の侮辱は許さん!」
怒りに任せて振るわれた剣を、クルクは読みかけていた本で防ぐ。
「あ、器物損壊。あんた達知ってる?ここは法的には独立した世界。あんた達のルールは通じないのよ。そのくらい勉強しておきなさいよ。脳みそがあるならね!」
「……覚えてろよ……クルク!」
「捨て台詞?まるで、悪役のすることね」
クルクは呆れたように一瞥すると、カウンターに腰を降ろした。
「……凄いね……君」
「あ、お客さん?」
クルクが顔を上げるとそこには金色の髪の青年が立っていた。少し怯えているようにも見える。
「……あ、ええと……」
この人、怯えてる。よく見ると小刻みに肩が震えちゃってるし……
「もう、リヒトは下がってて。あのね、私はシュリっていうんだけどここの図書館に『心喰らい』についての本ってないのかな?」
「新聞の記事くらいなら……だけどあんた達どうしてそれが知りたいの?」
「私は『心喰らい』を止めたいの。だからその手がかりが欲しいんだ」
何を馬鹿げたことを、そう言いたかったけど言えなかった。金髪の青年も、オレンジの髪の少女も、銀髪の髪の少女も、赤髪の青年もすごく真剣な目をしていたから。
「……そう」
クルクはそう短く答えると新聞の記事をカウンターに置いた。
「……多分この記事じゃ貴方達の知りたいことには辿り着けないと思うけど……これしかないから」
「……そうですか……でも、ありがとうございます。どこで見たらいいでしょう?」
クルクは手で空いている机を指差す。さっきの騒ぎで客はみな帰ってしまっていた。
「……ごゆっくり」
クルクは彼らが席についたのを横目に図書館の扉を閉めると鍵をかけた。
もしかしたら彼らなら彼女の研究についての話を笑わずに聞いてくれるかも知れないと思ったから。
**
「当たり障りのない記事ばっかっていうか犠牲者の名前すらも載ってないな」
「やっぱり大陽聖堂の圧力がかかってる、ような気がしますね。民を不安にさせないため、と言えば聞こえはいいですけど」
彼らは薄っぺらな記事をまとめてカウンターに置いた。
「……ねえ、あんた達の事情を教えてくれない?もしかしたらあたしなら力になれるかも知れないわよ?」
クルクの提案に、
「……君が信用できるかどうか……」
とリヒトは拒否を示そうとしたが、
「本当!」
それよりも早くシュリが嬉しそうにクルクの手を握っていた。
「あ、うん。あ、あたしは一応マナについて研究してて……心喰らいのメカニズムについても研究してるから」
突然の反応に戸惑いながらかろうじてクルクはそう口にする。
「ってことはクルクさんは学者さんなんですか!すごいです……」
「色んな知識を持ってるんだろ?話したら楽しそうだな!」
「……もう、みんなして簡単に信用しすぎだよ……」
リヒトはひとり溜め息をつくが、こうなってしまってはもう同意するしかなかった。
「わ、わかったから落ち着きなさい。図書館には鍵をかけたから盗み聞きとかはされないはずだけど……地下書庫に来て。今鍵を開けるわ」
**
サヴィドゥリーア大図書館の奥深くに地下書庫はあった。ここには人目に触れるべきではないとされる機密文書や禁書の類が収められている。一般人がここに立ち入ることは基本的にできない閉ざされた空間。閉ざされた図書館という世界の中のもっとも隔離された場所。
「……そう、そういう事情があったのね」
ここでクルクはリヒト達から一部始終を聞いた。いかにして彼らが旅立ち、今も旅を続けているのか。
「今度は僕から聞くよ。あの騎士達が言ってたあの事件ってなんなの?」
リヒトの問いに答える代わりに、クルクは妙に痛んだ一冊の本を渡した。
「それに全部載ってるわ。……あいつらは回収して焼くって言ってたけど、この本だけは私が持って逃げるつもりよ」
「でも、いいんですか?」
心配そうなアルヒェに、クルクは静かに頷く。
「図書館にはこれの写本がたくさんあるの。上手い具合にねじ曲げられた写本がね。だけどこの本に書かれているのは真実よ。だからこそこれだけは渡せないの」
「ちょっと待って。クルク、逃げるってどこへ……」
クルクは答える代わりに一枚の紙切れをリヒト達に見せる。その内容にリヒト達は息を呑んだ。
――太陽聖堂の長、アスセナの命において以上の者達を指名手配とする。
リヒト、シュリ、アルヒェ、黒髪に紅い瞳の青年
リヒトは我らを脅かす「月の子ども」、シュリは精霊の女王を騙る少女、アルヒェはコーア殺害の容疑。
黒髪に紅い瞳の青年は「心喰らい」の現場でたびたび目撃されており、犯人ではないかと思われる。
見つけた者はすぐに報告すること。相応の褒美を取らせましょう――
「な、何これ……」
「私、嘘なんてついてないのに!」
「……アスセナ様……」
俯く三人を横目に、シュネルは固く拳を握りしめている
「……無茶苦茶じゃねえか……!」
「ええ、全くね。そして貴方達を匿って、銀月の騎士に楯突いた私も指名手配は時間の問題よ」
クルクはそう自嘲するように呟き、リヒト達を見る。
「だからね、あたしはあんた達と共に行こうと思ってるのよ。これでも戦えるし、あたしの知識が役に立つかもって思うから」
「……本当?」
クルクの言葉にシュリの顔がぱあっと明るくなる。
「……わかったよ。ここで断ったらマナと心喰らいに関する知識が失われてしまいそうだしね」
「……懸命な判断ね。リヒト、シュリ、アルヒェ、シュネル。あたしのことはクルクでいいわ。敬語使われすぎててうんざりだから」
クルクはそうそっけなく、でも少し嬉しそうに言った。
「じゃあクルク、よろしく」
「よろしく。さて、ここからどう逃げるかだけど、そこの本棚、動かしてみて」
シュネルが言われた通りに本棚を右にずらすと、そこには真っ暗な闇が口を開けていた。
「サヴィドゥリーアの地下には古代に作られた道があるの。ここを通り抜ければ地上に出ずにクリスタッロ丘陵に抜けられるわ」
「わかりました。だけど真っ暗ですよね?」
「……ふふ。あたしにはこれがあるの」
クルクはそういうとムーンストーンが埋め込まれた栞を取り出す。
〈照らして!夜の道標……マーニ!〉
彼女が詠唱すると同時に銀色の光が栞から溢れ出し、兎の形になった。マーニと呼ばれた兎は淡い光を放ち続けている。
「これで大丈夫よ。さ、行きましょ。もう外は囲まれているかもしれない」
クルクはそう言うと地下書庫に鍵をかけてずらした本棚をシュネルに元の場所に戻させた。
「そうだね。あまり長居しない方がよさそうだ」
リヒト達は薄暗い地下道へと足を踏み入れた。




