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AnfangSage  作者: 上月琴葉
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第十一話 蒼弾

 リヒト達がサヴィドゥリーア地下に広がる「古代の道」に足を踏み入れていた頃。


 太陽聖堂の最上階でひとりの女性が最高権力者たるアスセナに対峙していた。紫みのピンクの髪にガーネットの瞳を持った凛とした雰囲気の女性。年は二十代半ばといったところだろうか。何よりも印象的だったのは整った容姿もさることながら瞳の光の強さだった。


「アスセナ様、これは一体どういうことですか?」


 彼女はそう言うと一枚の紙切れを差し出す。


 ――太陽聖堂の長、アスセナの命において以上の者達を指名手配とする。


 リヒト、シュリ、アルヒェ、黒髪に紅い瞳の青年


 リヒトは我らを脅かす「月の子ども」、シュリは精霊の女王を騙る少女、アルヒェはコーア殺害の容疑。


 黒髪に紅い瞳の青年は「心喰らい」の現場でたびたび目撃されており、犯人ではないかと思われる。


 見つけた者はすぐに報告すること。相応の褒美を取らせましょう――


 ――サヴィドゥリーア図書館へ通達


 数日以内に「異端狩り」に関する記述のある全文書、新聞記事を大陽聖堂に提出せよ。それらの文書はその後焚書にする。


 命令に逆らうものは司書資格その他を剥奪し指名手配とする。


「何か不満でもありますの?四彩の「蒼弾」ネロ・フィルクレーテ」


 アスセナは何が悪いのか理解出来ないといった様子でそう答える。


「まず指名手配についてです。証拠を示さないままというのはいささか性急かと。リヒト、シュリ、アルヒェ、そして紅い瞳の青年。 彼らがアスセナ様や我が国に対して何らかの損害を与えたのですか?」


 ネロは強い調子で更に続ける。


「焚書についても唐突すぎます。それに歴史書にはこうあります。『本を焼く者はいずれ人を焼くようになる』と」


「……」


「『心喰らい』が各地で頻発する中、大陽聖堂や銀月の騎士に対する民の不満は大きくなる一方です。これ以上不満が大きくなれば暴動が起きるかも知れません。どうかお考え直しを――」


 アスセナは何も言わずに手にしていた鞭でネロの肩を激しく打つ。


「く……!」


「くどいわ。銀月の騎士風情が最高権力者の私に楯突くの?まあ、私はどうせ『偽物』の聖女だけどね。あの剣はあの子を選んだのだもの!」


 アスセナはネロに覆いかさぶるようにして耳元で冷たく囁く。


「だけどね……偽物でも本物でも私は最高権力者なのよ……誰も私のことなんて止められないの。逆らう者はみーんな消してしまえばいい。銀月の騎士は精鋭揃いだものねえ。中身は騎士の風上にもおけない者たちが多いけど」


「……」


「気分を害したわ。下がって頂戴。そして二度と私にその顔を見せないで。見せたら……殺してやるから」


「……御意」


 ネロは痛む肩を庇うようにしてその場を立ち去った。


 誰もいなくなった部屋で、聖女の衣服を脱ぎ捨てて彼女は嗤う。


「ふふ……あははははっ!誰も私には逆らえないのよ!ずっとずっと甘んじてきたわ。でも聖女はひとりでいいの……だから」


「あの子には消えてもらわなくちゃね……」


「全くその通りですわ。アスセナ様」


 誰もいなかったはずの薄暗い室内にいつの間にか人影が現れていた。暗くて顔はよく見えない。


「あら、――……少し待っていて。美味しいお茶をいれるから」


 **


 部屋に下がったネロ・フィルクレーテはシャワーを浴びながらアスセナの言葉を考えていた。


「だけどね……偽物でも本物でも私は最高権力者なのよ……誰も私のことなんて止められないの。逆らう者はみーんな消してしまえばいい」


「アスセナ様はあんなことを口にするような方ではなかったのに……」


 水で流れて行く泡のようにこの気持ちも流れてくれればいいのに。


 それとも今までが偽りの姿で本当のアスセナ様はあのような方なのか――


「……とりあえず私は彼らに話を聞いてみたい。彼らが白か黒かどちらでもないのかを判断してからでも戦うのは遅くはないわ」


 彼女は着替えを済ませると飛鳥にのって飛び立った。


 **


「ううなんかジメジメしてて気持ち悪い……」


 リヒト達は途中でコウモリ型やスライムやアンデッド系のモンスターと戦いつつ古代の道をひたすら進んでいた。


「マナ濃度も薄いし……」


 元々マナに敏感であるリヒトとシュリは明らかに疲れた様子で、足取りにも元気がない。シュネルやアルヒェ、そしてクルクも薄暗さと高い湿気で必要以上に体力を消耗していた。


「もうすぐよ。ほら、あそこが出口」


 クルクが指差す先には眩しい光に満たされた高原が見えた。


「よし、あともう少しだ!頑張ろうぜ!」


 そしてその数分後、彼らはクリスタッロ丘陵の地を踏んだ。


「空気がおいしい!マナもすごく綺麗だよ!」


 シュリは心底嬉しそうに伸びをして深呼吸をする。他のメンバーも湿気と薄暗さから解放されてほっとしていた――空から巨大な飛鳥が舞い降りてくるまでは。


「飛鳥?……まさか銀月の騎士の追っ手がもう?」


 クルクの声に全員が緊張した様子で武器を構える。


「……武器を降ろして。私は戦いにきたわけではない。貴方達を捕らえにきたわけでもないわ」


 飛鳥から降りて来たのは紫みのピンクの髪とガーネットの瞳を持つ美女だった。纏う雰囲気は凛としている。


「え……?」


「私は銀月の騎士の「四彩」のひとり。「蒼弾」の名を持つ者、ネロ・フィルクレーテです」


「し、四彩が直々に出向いてくるなんて……た、戦う気がないとか油断させて捕まえようっていうんでしょ?あたしはだまされないわよ!」


 クルクは栞を構えたまま降ろそうとはしない。


「……そう思われても仕方はないでしょうね。だけど私は武器を持っていないわ。ほら」


 ネロはそう言うと両手をひらひらさせる。確かに彼女は武器を持ってはいないようだ。


「……本当だ。ねえ、みんな話だけならいいんじゃないかな?この人のマナ歪んでないの。嘘をついてるなら精霊にはすぐわかるよ、でも」


 シュリの提案に結局は全員が折れた。


「ご協力感謝するわ。私が聞きたいことはただひとつ。貴方達は指名手配されるほどのことを本当にしたの?」


「僕は……何もしてない。僕はただシュリ達と一緒に旅をしているだけだ。『心喰らい』の解決策を探して。僕は確かに……「月の子ども」だけど、人に危害を加えたりなんてしてないよ。逆に石は投げられたけど……」


「私は本当に精霊なんだよ!女王なんて大層なものじゃないけれど……証拠って言っても……信じてくれ、としか言えないんだけどね」


「あたしは……確かに『心喰らい』によって異形化したコーアを……この手で……このヒンメルファルトで……斬りました。それがあの子を救うただひとつの方法だったから……あたしはこの罪から逃げる気はありません。事実は事実で変えられないことだから」


「俺が口出しするのもなんだけどさ、リヒト達は異形化した俺を元に戻してくれたんだ。そしてな、こいつらは嘘をつくような奴らじゃない」


 ネロはしばらく四人の話に黙って耳を傾けていた。


「……なるほど。よくわかりました」


「『蒼弾』さん。貴方が直々にきたのはアスセナ様のやり方に疑問を感じてるからでしょ?だったら、どうにかなさいよ!」


 ネロはクルクの言葉に、悲しそうに睫毛を伏せた。


「あの方のしていることが間違いなのはよくわかりました。ですが、もうあの方には私の声は届かないようです」


「……それって……どういう……」


「……推測でよければ教えてあげられるけど?ねえ、知りたい?「蒼弾」さん、そして兄さん達」


 涼しい声に振り向くと黒い髪に緋色の瞳を持つ青年がそこに立っていた。


「フィンスさん!」


「……推測って……貴方、何か知っているの?」


 フィンスはその言葉に一瞬目を細める。


「どうやら……君はアスセナにただ従うだけの低能な騎士どもとは違うようだから教えてあげるよ。アスセナはろくでもない連中と組んでる。相手が誰かは想像に任せるよ」


 その言葉に、ネロとアルヒェは言葉を失う。


「ろくでもない連中って……どうして……あの方がそんな……」


「アスセナにはどうしても叶えたい何かがある。内容まではわからないけどね。最後にひとつ。僕は『心喰らい』の犯人なんかじゃないよ。ま、『月の子ども』の言葉なんて君たちにとってはゴミ以下……だろうけどね」


「あ、フィンスさんっ!」


 フィンスはそう言うとその場から姿を消した。


「……」


 ネロはしばらくその場に立ち尽くしていたが、やがて飛鳥の方へ踵を返した。


「……ゴミ以下……ね。銀月の騎士の大部分が恐らくそう思っているのでしょうね……月の子どもなど狩られて当然とでも……悲しいことだわ。リヒト、シュリ、アルヒェ、シュネル、クルク。私は貴方達の言葉を信じましょう。だからひとつだけお願いします」


 ネロは願いを口にすると飛鳥に乗って飛び去った。残されたリヒト達を傾いた大陽が赤く染める。吹いてくる風は優しいのに、何故だかとても肌寒く感じられた。


「……とりあえず水晶の村クルストールに行きましょう。ここから歩いてすぐの小さな村よ」


 クルクに急かされるようにしてリヒト達はクルストールへと急いだ。

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