第七話 毒花
「……中はこうなってるんだー」
洞窟に入ったシュリは珍しいものでも見るように辺りをきょろきょろと見回している。
今、リヒト達四人は清廉の泉に続いているらしい鍾乳洞の中にいた。鍾乳洞の中は一年を通じて気温が一定で、外に比べると寒いくらいだ。
「……ひゃっ?」
急にシュリが大声をあげた。
「ん?どうかしたのか?」
「なんだか背中に冷たいものが……」
「ああ、それは水滴だよ」
シュネルは笑って天井を指差す。天井から時折小さな雫が落ちているのが見えた。
「水なんだ。よかった」
それを確認したシュリはほっとしたようにそう言って笑った。
「まったく……人騒がせだな」
リヒトはそう言って小さく溜め息をついた。
「とか言ってリヒトも同じ状況だったら驚いたんじゃないのか?」
「……どうしてそう思うのさ」
「……ってことは図星か。いやなんとなくリヒトって高貴な感じがするんだよな。お坊ちゃんぽいっていうか……」
「…………」
こいつ、見かけによらず鋭いな……リヒトは思わず息を呑んだ。
見た感じはそんなに賢そうに見えない。ただ物事の本質を見極める力は侮れないように思う。間違いなく……敵には回したくない相手だ。
「あ、もしかしてお坊ちゃんとか言われて怒ったか?悪い。他意はないんだよ。昔っから思ったこと全部口にしちゃうもんで」
「……別に怒ってない。そんなくだらないことで怒りたくもないし」
リヒトはそう言うとそっぽを向いた。
「でもどうして洞窟の天井から水なんて落ちてるんだろ?」
「ああ、鍾乳洞っていうのは水が長い年月をかけて石灰岩を削ってできるんだ。ほら天井からぶら下がっている石が見えるだろ?」
シュネルが指差す先には天井から伸びる鍾乳石が確かに見えた。
「あれが鍾乳石。石灰を含む水が気の遠くなる様な時間をかけて再び固まったものだな。今も少しずつ大きくなっているらしい」
「……シュネルって実は物知り?」
「え……いや、その……興味のあることだけな。興味のないことはどうでもいいけど」
物知りと言われたのが意外だったのかシュネルは照れたように頭を掻き、顔を背けた。
「シュネルさん、やたら喋ってますけど大丈夫なんですか?」
心配そうにアルヒェが問う。
「……あまり大丈夫じゃないけど、話すと大分気が紛れるからな。リヒト、ごめんな。うるさくして」
「……どうして僕のことなんて気にするの?」
「え?」
「……そんな状態なんだから自分のことだけ心配してなよ……」
リヒトは単純に聞いてみたかった。どうして自身が一番大変なのに他人のことまで心配するのか。そうできる余裕があるのかと。
「……リヒトは優しいんだな」
シュネルはそう言って微笑むとリヒトの頭をそっと撫でる。
「い、いきなり何するの?そして何言ってるの?僕が優しいとかわけわからないよ!」
「ううん、リヒトは、優しいよ。そうだよねアルヒェ?」
「ええ。とても」
「……あ、ありがと……よく……わからないけど」
リヒトは全く呑み込めなかったがそう言われて悪い気もしなかった。
「ま、優しさなんて優しくされた相手にしかわかんないもんだよ」
シュネルの言うことが結局は真理なのだろうとリヒトは朧げながら理解した。
結局自分がどういう人間かをひとりで考えても答えは出ないのだろう。
**
鍾乳洞を進むこと数時間。どこからともなく水の音が聞こえてきた。どうやら泉から流れ出した水が鍾乳洞の脇に小さな流れを作っているようで、少し先には鍾乳洞の出口が見えた。
「もう少しだ。そしたらシュネルも――」
「リヒト、避けろっ!左だ!」
不意に響いた鋭い声に従ってリヒトは体を右に逸らす。彼が立っていた場所には針のようなものが突き刺さっていた。
「……あーあ外しちゃった。つまんないなあ」
「何?」
いつの間に現れたのだろうか。目の前には長い髪にピンクのワンピースを身に着けた少女が立っていた。
「……初めましてかな。私は断罪の牙の毒花ノナです」
「……断罪の牙?」
聞いたことがない、と言ったようにリヒト達は顔を見合わせる。
「……知らないのなら教えてあげる。断罪の牙は人ならざる者の殲滅を目指す組織。でもそれよりも……お金で何でもする暗殺者集団って言った方がわかりやすいかな?」
「……暗殺者集団……貴方達の狙いは誰ですか?」
アルヒェがヒンメルファルトを構える。
「……狙い?そんなの全員に決まってるじゃない!リヒト、シュリ、アルヒェ、そしてシュネル」
「……俺もか?特に何にもした覚えねーんだけど……」
「………貴方は例外よ?だって私の好みだもの。真っ直ぐで汚れを知らない無垢な魂……それが絶望に染まるのを見るのがね!」
「……ぐっ?」
シュネルはその場に膝をつく。刺す様な痛みが全身に走った。
「そろそろ『異形化』の毒も効いて来た頃かな?じゃあはじめましょうか?遊んであげる」
ノナが指を鳴らした刹那――シュネルの中で何かが蠢き始める。
「ぐ……う……あ……あ……っ……」
次第にその姿が獣へと変わって行く。
「……これって……あの時と同じ!」
「……ぐ……ミンナ……逃げ……グルルルルル!」
美しい鬣を持つ緋色の狼。シュネルだったものがそこに居た。
「……綺麗。やはり彼を選んで正解だった。この前みたいな薄汚い木偶の坊とは違う」
「この前?……まさか……貴方があの子をあんな姿にしたんですか?」
アルヒェは震える手でヒンメルファルトを構えたままノナに問う。
「あら、あの子あなたのお友達だったの。残念だったわ。可愛い子だから綺麗な姿になると思ってたのにあーーんな木偶の坊になるなんて」
ノナは悪びれもせずそう答えた。
「…………」
「やはり魂の質の問題なのかなあ?あの子の魂ドロドロだったもんね。どす黒くて」
「…………コーアを……侮辱するなあっ!」
斬り掛かったアルヒェの剣をノナはひらりとかわす。
「あら怖い。まあいいわ。シュネルちゃん遊んでおやり!」
「きゃあっ!」
狼と化した彼はアルヒェに飛びかかり、その爪で彼女の腕を切り裂いた。
「アルヒェ!」
「……大丈夫ですっ……ふたりとも力を貸して……もう元に戻せないなら……あたしが」
「言わなくていい。もうアルヒェだけには背負わせないから」
リヒトはそう言って剣を構える。
「とりあえず動きを止めるよ!大丈夫。水の瞳なら……マリアさんならきっとシュネルを助けられる」
シュリはそう言うとアルヒェを庇うように剣を構えて立ち塞がった。
「くす……くすくすっ」
その様子を見てノナは可笑しくてたまらないと言った様子で笑う。
「できるものならやってごらんなさい?シュネルちゃんの戦闘能力は高かったからこのコも強力よ」
「……行くぞシュネルっ!」
「ガルルッ!」
狼がどこか哀しげに一声鳴いて、そして戦いが始まった。




