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AnfangSage  作者: 上月琴葉
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第六話 蝕む蔦

 今まで味わったことのない奇妙な感覚だった。


 俺はいつものように日課である朝の訓練を終えて、いつものように村に帰るはずだったのに。


 何故かはわからない。ただ体が酷く、熱い。朧な意識を辿って何があったのかを考えてみようとする。ただ、それだけの余裕はなさそうだった。足取りがふらついているのもはっきりとわかる。けれど、こんな砂漠の真ん中で倒れるわけにもいかない。


 倒れるにしても場所を選ばなければ。助かる可能性は完全にゼロになってしまう。


 自分でも不思議だが、意識は朦朧としているのに思考は驚くほど冷静で。なんとかオアシスにたどり着いた俺はそこに倒れ込み、意識を手放した――


 **


「……暑い……」


「だ、大丈夫ですか?リヒトさん?」


「私はなんともないんだけど……大丈夫?」


「た……多分……慣れてないだけだから」


 聖都イグレシアの西、果ての森を抜けた先に広がるセロ流砂にリヒト、シュリ、アルヒェの三人はいた。


 セロ流砂は聖都イグレシアと学術研究都市サヴィドゥリーアを擁するベラーノ大陸のほぼ中央を縦断する広大な砂漠。オアシスに沿って小さな村が点在する他は荒涼とした風景が広がっているだけだ。


 ただ最近は癒しの効果を持つ泉の存在が話題になり、その力を求めて全土からある村を目指す人々が増えて来てはいるらしい。


 だが、基本的には道なき道を行くしかなく、モンスターも多いため一般の人々の砂漠越えは難しい。そのため船賃があれば聖都イグレシアと学術研究都市サヴィドゥリーアの行き来は定期船での行き来が一般的だ。


 だが三人とも船賃を払う余裕もなく、アルヒェに至っては目立てない理由もあった。


 その理由というのは「銀月の騎士」の追っ手にあった。


「大陽聖堂が公式にあたし達を指名手配したというわけじゃないですけど 遅かれ早かれ果ての森の一件は彼らの耳に入ります。そうなれば事情を知るあたし達を捕らえ問いつめるはず。だけどあたしは……あたし達は今捕まる訳にはいきません。この大陸の南にある学術都市サヴィドゥリーアの大図書館には古今東西あらゆる知識が収められているって聞きます。もしかしたら『心喰らい』について何かわかるかもしれません。そして、もし誰かを救えるのなら救う。それがあたしの決意であり、償いです」


 アルヒェのこの一言で学術研究都市サヴィドゥリーアを目指すことと同時に砂漠越えが決定して今に至る。


 強い日差しが容赦なく照りつけ、乾いた風は砂煙を巻き上げて去って行く。まだ砂漠に入ってから一時間くらいだが、こまめに水分をとっても三人は明らかに体力を消耗していた。特に長年常夜の島で暮らしていたリヒトの消耗具合は半端ではない。


「……あ、水のマナを感じる!」


 不意にシュリがそう呟き、前方を指差す。そこにはオアシスがあった。


 **


「わあ。砂漠なのに水があって花も咲いてるんだ。ひゃっ、冷たい。生き返る!」


 オアシスに着いたシュリは靴を脱いで泉に素足を浸した。ひんやりとした感覚が心地良い。


「……シュリは元気だね」


「……精霊だから耐性があるんでしょうか?」


 元気なシュリとは対照的にリヒトとアルヒェは疲れきった様子でオアシスの畔に腰を下ろした。


「リヒトさん、靴脱いで泉に足浸けてみてください。気持ちいいですよ?」


「あ、うん」


 リヒトも同じようにした。


 そのまましばらく疲れを癒していたふたりだったが、


「ね、ねえふたりとも大変!」


 シュリが慌てた様子でばしゃばしゃと水を跳ね飛ばしながらふたりを呼びに来た。


「大変って何が?」


「追っ手ですか?」


「ううん。でもね、とりあえず来て!」


 シュリに引っ張られるようにしてリヒトとアルヒェも彼女の後を追った。


 **


 オアシスの畔の草むらの影に青年がひとり倒れていた。火を思わせる様な紅い髪。着ている服はかなり軽装で腹部や片腕、足が露出している。そして酷く顔色が悪かった。


「だ、大丈夫ですか?」


 アルヒェが呼びかけると、


「……ん……」


 彼はゆっくりと橙色の瞳を開いた。起き上がろうとする背中をアルヒェがそっと支える。


「無理しないでください。顔色も悪いし……お水飲めますか?」


 アルヒェは泉の水を手で掬うと彼に差し出す。彼はゆっくりとその手から水を飲んだ。


「……ありがとな。……大分楽になったよ」


 彼はそういうと上半身を起こし、弱々しくだが笑ってみせた。


「……何なの?それ?」


「?」


 何かに気付いたリヒトが青年の腕を指差す。


「……な……何なんだこれ?」


 彼が改めて自らの腕を見ると植物の蔓の様な紫の痣とも模様とも取れるものが現れていた。それはまるで何かの呪いのように禍々しくグロテスクなオーラを放っている。


「何なんだ……ってそれは僕が聞きたいことで……」


 呆れたように問うリヒトに、


「……ああ。悪い。けど俺にもまったくわかんねーんだよ。朝の訓練の時にはこんなもんなかったからな」


「……じゃあファッションってわけじゃないんだ、それ」


「当たり前だろ!誰が好き好んでこんな気味悪いもよ……うっ?」


 彼は言い終わらないうちに地面に膝をつく。


「……大丈夫ですか?」


 心配そうに駆け寄るアルヒェに、


「……悪い。なんか何かに意識を持って行かれた様な感じがして。……さっきより蔓が伸びてる……何なんだよこれ……」


 彼はそう答えた後、自らの腕を見て絶句した。模様の蔓が明らかに伸びている。まるで彼の生命力を吸い取るかのように――


「……本当だ……何だろ。すごく嫌な感じがする」


 その様子をみた全員が顔をしかめた。


「これじゃ村には戻れねえな。浄化……そういえば清廉の泉に行ける地下道がこの辺りにっと――」


 そういうと彼はふらつきながら立ち上がり辺りを探し始める。


「お、あったあった。ここだな。」


 そして彼の指差す先に、小さな泉があり洞窟の入り口がぽっかりと口を開けていた。


「濡れるけど手を貸して欲しい。俺ひとりじゃ泉まで辿り着けないだろうから」


 リヒトはふう、と溜め息をついた。


「……確かにこのまま見殺しにするのも気分悪いしね。……僕はリヒト。名前は?」


「まだ名乗ってなかったっけ?ごめんな。俺はシュネル。格闘家の卵だよ」


「あたしはアルヒェです。こっちはシュリさん。よろしくお願いします」


「リヒト、シュリ、アルヒェか。清廉の泉はこの洞窟を抜けた先にあるんだ。よろしくな」


 四人はシュネルを先頭にして洞窟の中へ足を踏み入れた。


 その様子を少し離れたところからひとりの少女が見つめていた。長い柔らかそうな髪の毛にピンク色のワンピースを纏う姿は可愛らしく、そして場違いだ。しかしこの少女は普通の少女とは何かがひどく違っていた。


「くす……くすくすっ」


 少女は四人が洞窟に消えたのを見ると可笑しくてたまらないといったように笑う。


「ちょうど泉の手前くらいで『毒』が上手く回ってあの子『異形化』しちゃうかな?うふふ。あ、一般的には『心喰らい』だっけ?」


 そう言って微笑む少女の目は笑っていない。


「前の異形化は木偶の坊って感じで見た目も美しくなかったけど、今回は……シュネルちゃんはどうかなぁ?」


「今回は狼あたりを目指して毒を作ってみたけど……綺麗だといいなあ。ふふ、楽しみ」


 少女はそう言って微笑むと洞窟の中へと消えた。

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