13話 そして夜は明ける
蛇は静かに鎌首をもたげる。
「……ラン。よく頑張ったね。大丈夫だよ。ちゃんと鎮めてあげるから」
呑界蛇ヨルムンガンド。それはいわば世界の終末装置。
本来なら界砂が尽きた時に目覚めるはずの終焉の蛇は、少女の憎しみと落日竜の魂に呑まれた【黒の夢守】の【終焉をもたらすもの】としての姿。
「リヒト、みんな力を貸して。マナ・ルーンなら鎮められる!」
「いくぜ!」
蛇の懐目掛けて駆けていくのはシュネル。
司るマナ・ルーンを拳にまとわせてみぞおちに叩きこむ。
「燃え上がれ!紅焔のソウェルっ!」
解き放たれた焔のマナがヨルムンガンドの全身に広がり、焼き尽くす。
蛇は身をよじると、毒のブレスを放った。
「させません!護って!悠久のイェーラ!」
アルヒェの解き放った地のマナ・ルーンが絶対防御の盾を生み出し毒のブレスを無効化する。
「よし……攻勢に出るぞ!」
マトリはそういうと自ら腕を傷つけ、【竜血】を流す。
「……【竜血】よ。葬竜の剣となれ!そして……纏え!蒼流のラグズ!」
竜血を剣に変えたマトリはさらにその剣に水のマナ・ルーンを纏わせ、ヨルムンガンドの心臓をめがけて勢いよく解き放つ。
蛇の悲鳴にも似た咆哮が、【界秘幻郷】を揺らす。
「兄さん!」「わかってる!」
リヒトとフィンスは互いの手をそっと合わせる。
「闇を切り裂き」
「未来を拓け!」
「吹き荒れろ!天翔のヘゲル!」
風のマナ・ルーンは淡く輝く風の刃となってヨルムンガンドを切り裂く。
最後に、ナギが弱り切った蛇にそっと手を翳す。
「……はらいたまえ きよめたまえ。負は正へ。いとしきかたわれよ ねむりたまえ……光輝なるザカズ!」
白い光が、炸裂した。
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「……ナギ」
「ラン。大丈夫だよ。ちゃんと鎮めた。あとは結晶樹を植えなおして……ひとりでも【界秘幻郷】を守っていくから……」
ランはそっとナギの頭を撫でて首を横に振る。
「いいや。結晶樹を植えなおしたらお前はここを出ろ。お前は寂しがり屋だから……孤独になんて耐えられないさ」
「でも……だったらランは?ランはずっとずっとひとりで……」
「……ああ。オレも耐えられないよ。だから、この場所に通じる道を閉ざすことにした。ナギ。今の俺はたましいだけの状態だ。だけどいつか戻るから。俺の魂だけ、受け入れてくれないか」
「いいに決まってるでしょ。全てを忘れても。【夢守】じゃなくなっても。一緒に生きよう」
ナギはそっと淡く輝くランの魂を受け入れた。
白い光が消えると、リヒト達の目の前には植えなおされた【結晶樹】が静かに煌めき、花々が静かに風に揺れていた。
「ありがとう。これで、この世界の危機は去りました。【界秘幻郷】への扉はまもなく永遠に閉ざされます。世界はもう夢に沈むことはありません」
ぱちん、とナギが指を鳴らすとリヒト達は東方アキツの海岸に戻ってきていた。
空はわずかに白み始めている。
まもなく、夜が明けるのだ。
「……リヒト。少し話さない?」
「……いいよ」
シュリに手を引かれ、リヒトは海岸をゆっくりと歩く。
「本当にありがとう。そして巻き込んでしまってごめんね。だけど大丈夫。あと数か月で、精霊界への道は閉ざされる。もちろん変わらずに人間界へのマナは供給されるから安心して。だけど、【扉守】を喪った今、もう道を保つことはできないの」
「……そっか。夜が明けたらお別れなんだね。シュリは精霊の女王だから。でも、やっぱり少し、寂しいな」
シュリは急に立ち止まると、リヒトを軽く抱き寄せて――
「……これは私がシュリとしてあなたに残す、精霊の加護。リヒトが幸せになれるように。たとえあなたがどこにいても、精霊の導きがあるように……」
「……ありがとう。僕も願ってる。シュリが、願いを叶えられるように」
――静かに夜が明ける。
月の子どもと精霊の女王は繋いだ手を静かに離す。
「「さよなら」」
ふたりの声が重なって、次の瞬間そこにシュリはいなかった。
――物語は静かに幕を閉じる。
海から昇る太陽が、夜の終わりを告げていた。




