14話 もう一度、蒼月の下(完)
ーー世界は、夜明けを迎えた。
精霊戦争が終わった世界では、鉱石船がまず実用化された。
人間界にも十分なマナが循環するようになったことで魔法もいずれ一般的になっていくのかもしれない。
「兄さん」
「お疲れ様、フィンス。ソアが昼食できたって言ってたから休憩だよ」
リヒトとフィンスは蒼月の島に戻り、ソアと共にナハトの組織である【月の揺籃】の一員として過ごしていた。今取り組んでいるのは【蒼月薔薇】の安定供給だ。
結界が消えたことで、昼夜は巡るようになったがこの地方の夜は不思議と深く、長い。そのため、この場所の【蒼月薔薇】の品質の高さにナハトが目をつけたのだった。
「【蒼月薔薇】綺麗に咲くといいな。【花宿鳥】もいるみたいだし」
「【蒼月薔薇】のお茶やタブレットが一般的になれば、月の子どもたちは他者を傷つけずに食糧を得られるようになる。そうすればいつか月の子どもと人間が共存できる日が来るかもしれない」
まだ蕾の薔薇に願いを託す。
「はいはい。休憩中は仕事のことは忘れましょう。全くリヒトもフィンスも真面目なんだから。ソアの特製焼きチーズトマーテグラタンが冷めてしまいますよ?」
ソアは焼きたてのグラタンとパンをテーブルに置く。
いただきます、と手を合わせてリヒトたちは和やかに食べ始めた。
息を吹いてスプーンで掬ったひとくち分を少し冷まして、とろとろのチーズと熱を加えて甘くなったトマーテ、マカロニを口へ。
「おいしい。本当ソアは料理が上手いよね」
「僕もソアの腕前には感激しているよ。ある程度自炊もできるけれど、凝ったものはなかなか作れなかったしね」
グラタン皿が空になると、ソアはリヒトに手紙を差し出した。
「そういえばリヒト様、フィンス様宛に手紙が。差出人が書かれていないのですが敵意や魔術の類いは感じませんでしたので」
「ふうん?」
フィンスはソアからペーパーナイフを受け取り手早く封を切る。
ーー最果ての島に住む月の子どもたちへ。
世界をめぐる吟遊詩人から、君の仲間たちの近況を届けよう。
まずはシュネルとアルヒェ。彼らは聖都イグレシアで、クノスペ様の護衛騎士になった。毎日忙しそうだけど、人助けが好きなふたりのことだ。多分仕事とはあんまり思っていないんじゃないかな。
クノスペ様も笑顔を見せることが多くなったと街の人たちが言っていた。
もう少し仕事が落ち着いたらふたりは正式に結婚するそうだ。
幸せそうでなによりだね。
マトリとクルク。彼らとは旅の途中で偶然出会った。
クルクは無事にサヴィドゥリーア大学を主席卒業して、今はふたりで世界を巡りながら綺麗なものを見たり、おいしいものを食べたり、薬草を調べたりしているらしい。ひと通り回ったら、薬局を開くらしい。楽しみだね。
鉱石船の特許料とともに船をもらって免許も取ったらしいから移動は快適らしいよ。
ナハトは【月の揺籃】本部で引き取ったメリュジーヌとともに月の子どもたちを育てている。またフルイドの研究所の跡地を買い取って【蒼月薔薇】の研究もしていて忙しそうだ。月の子どもたちへの迫害はまだ根深いけれど、僕も月の子どもだったから、いつか共存できる未来が来るって信じたいな。
クラージュ女王は立派にネージュフィオーレを治めている。
復興もだいぶ進んで、雪ひよこのたまごなどの特産品の輸出も再開されるとか。
雪ひよこのたまごプリンは本当に美味しいんだ。高いけど……食べてみて。
ついでに各地の【門】も見てきたけれど、もうあれはただの遺跡でしかない。
精霊界への道が絶たれた今、人間たちは人間たちや、人間界に残った精霊たちと生きていくんだ。
マナの総量は安定している。
東方アキツの【龍】はしばらく幻竜郷に引きこもって失われた里を再建するらしい。
精霊組のその後はさすがにわからないと思ったけれど、バルドルとルシアの墓参りに来ていたディアンとグロアから少し聞くことができた。
ニミュエ、マーリン、ロキ、イーサは幻竜郷に渡ったそうだ。
プロミネは森に戻って常葉と穏やかに暮らしている。
シュリ女王は立派に精霊界を治めているらしい。【白き者】と【黒き者】の居住地域の制限を撤廃し、部下にも両方を登用した。また【黒き者】への差別を禁止。白氷牢塔は取り壊されたそうだよ。
精霊戦争が終わって二年が経って、みな、元気にそれぞれの道を歩んでいる。
僕は永遠を生きることになりそうだから年に1度はこうして定期報告を送ることにしよう。
そうだ。精霊界への道は閉ざされたけど、どうしても壁が薄くなる日があるんだ。
ーー夏至の日の夜。薔薇の咲き乱れる庭。月の下でもしかしたら……【彼女】にまた会えるかもしれないよ。
では、お元気で。
**
夏至の夜。リヒトはひとり薔薇の咲き乱れる中庭に立っていた。
月はどこまでも蒼く、まるで【彼女】と出会った日のように。
一陣の風が吹き、花びらが舞う。むせかえるような花の香りがたちのぼる。
雲が一瞬月を隠し、世界は刹那、夜色に染まる。
再び月が光を取り戻した時、そこには【彼女】が立っていた。
「……今日なら会える気がしたんだ。シュリと出会ったあの夜と同じこんなに綺麗な月の夜だから……」
「……うん。久しぶり。リヒト……」
精霊の女王は月の子どもの青年の腕の中で、喜びの涙を零す。
青年の瞳から溢れた一雫は、咲き乱れる薔薇を静かに濡らした。
AnfangSage 完




