12話 世界が夢に沈まぬように
本当は、誰にも言わずにいようと思った。
それが彼女との約束だった。
けれど、今のままでは【灰色】は苦しみ続ける。
わらわがロキを産んだのは、リューを選んだのは……未来を望んだから。
そして世界を憎みきれないのは、ロキに手を貸してくれたものたちがいたからだ。
ーーだから、女王シュリ。お前にだけは全てを明かそう。星の闇まで持っていくはずだった秘密を……お前の母の想いを……どうか訊いておくれ……
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「……ここは?」
気がつくとシュリは神座ヴァラスキャルヴの中庭にいた。
暖かな陽射しに不釣り合いな漆黒を纏った女と、輝くような金色の髪の女がお茶を飲んでいる。
「……母様……?え、だけど……隣にいるのは……」
「……久しぶりですね。スカアハ。こんなことを言っても思っても立場上はダメだけど……あなたとこうして話せるのが……とても嬉しいの」
「……私は罪人だ……なのに……お前は昔と変わらないように接してくれるのだな」
スカアハは寂しそうに目を細める。
「……ごめんなさい。あの時の私は……まだ即位したばかりで、大臣たちや【黒き者】の排除派に逆らえなかったの……リューとあなたの子どもは、バルドルが守ってくれているわ。なんの償いにもならないけれど……」
泣き出しそうなミトラに、スカアハは静かに首を横に振る。
「あなたのせいじゃない。だけど、ロキが生きていてくれるのは……本当に嬉しい。私は……あの子が生まれた時に希望を見たんだ……」
ミトラは紅茶をひとくち飲んだ。
「ええ。私も同じ。いつか【白き者】と【黒き者】が手を取り合える未来が来るとあの子を見て思ったの。私たちや、ロキのように。ここは誰も立ち入ることができない私だけの秘密の庭。……本当に話したいことを私に話して。大丈夫。世界はあなたを罪人と呼ぶけれど、あなたが嘘をつかないことは知っている」
「……封印の眠りの間に、【夢守】にあって、【界秘幻郷】を覗き見た。【夢守】は近い将来に訪れる危機について教えてくれた」
ーー世界を支える結晶樹が負の気を浄化しきれなくなっている。
原因はマナの枯渇だ。特に人間界の枯渇がひどい。
人間界と精霊界は鏡合わせだ。人間界のマナが枯渇し、負が満ちれば精霊界も枯れるだろう。
「何かできることはないか、と私は訊いた。【夢守】は静かに答えた」
ーーマナの扉を開いて精霊界と人間界のマナの濃度をあげるしかない。それで一時的に安定するだろう。だが、それでも足りないなら。
【夢守】はスカアハをじっと見つめる。
ーー闇の女王を継ぐ者。そして光の女王を継ぐ者。
世界でふたりだけに伝わる秘術がある。
禁忌歌ーーサクリファイスを用いた魂をマナに変換する術だ。
ただ、ミトラはおそらくその術を使えない。彼女は……本当は純血の【白き者】ではない。だから、その変換を行うには……
「……そう。私が堕ちる必要があるのね。気にしないでスカアハ。いいえ、この際、本当の名前で呼んだ方がいいかしら。スカアハもミトラも……女王に与えられるただの称号だもの」
「……アヌ」
「……ダヌ。私の出自をあなたは知ってるでしょう?女王は託宣によって選ばれるけれど、私は元々あなたと同じ街で育ったただの町娘なのよ。だから、正直今だって精霊界を統べる存在なんて言われてもよくわからないの」
「……そういえば、引き取った子どもの様子はどうだ?」
「シュリのこと?あの子は真っ直ぐに育っているわ。甘えてくれるのが愛おしくてたまらない。ダヌ、危機を伝えてくれてありがとう。私はあなたと【夢守】を信じて計画に乗るわ。だけど、せめてシュリが女王の資格を持つ歳になるまでは待って欲しい。あの子には【白き者】と【黒き者】が争わない未来を作っていって欲しいから……」
「アヌ……わかっているのか?マナの扉を開くのは禁忌だ。そして堕ちるということは……」
ダヌの声は震えていた。
「ええ。どのみちどこかで終止符は打たなければならない。【白き者】も【黒き者】をあれだけ迫害してきたのだもの。しかるべき罰を受けるべきよ。私は白氷牢塔からロキとイーサを解放した。あの片羽の少女も自由にしてみせる。だからこそ私は、どちらでもないシュリに全てを、未来を託したい。だけど、あなたはまた世界の敵と呼ばれるでしょう。それは、いいの?」
「……アヌが全てを賭けるなら私も全てを賭けるのが筋だ。では、計画を始めようか」
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暗転。
「……これはスカアハとミトラの過去だ。この記憶を女王になったシュリに見せることをふたりから頼まれていてね。夢魔の血を引く大魔導士マーリンとボク、時精霊オリフィスの合作というわけだ」
「待って。私は白き者でも黒き者でもないならなんなの……?どういう存在なの?」
シュリの問いに、
「君は……簡単にいえばね。チェンジリングされた【人間】だったんだ。もっとも精霊界で長く育ち、女王となった今、君は【精霊】となったから気にしなくていい。君が元人間であることを危険視する声もあったけど、バルドル辺りが黙らせたよ」
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場面が切り替わる。
真夜中の秘密の庭。柔らかいランプの灯りが儚げに揺れていた。
「……準備が整った」
「そう。だけど、堕ちた私を倒せる相手と封印する場所はちゃんと手配できた?難しそうだけど……」
「……心配するな。……怖くないのか?」
アヌはしばらく無言で月を眺めたあと、
「そうね。死が怖くない精霊も人間もいない。怖くないのかって言われると怖いけど……でも、元々女王なんて似合わないと思ってたし、【扉守】のみんなも……実際、私たちの計画で殺したようなものだし……代償と思えば、ね。マナ・ルーンの継承もうまくいったみたい。あとはよろしくね、ダヌ。シュリには言わないで欲しいけど……きっとあなたは話しちゃうと思うから、そこは気にしないでおきましょう」
「……スカアハ様。ミトラ様」
「……ミーミル。予言に変動は?」
「ありません。本来なら泉の番人である私はそもそも精霊界の運命に介入する気もなかったのですが。おふたりはこの世界の運命を書き換えるのに相応しい代償を払う覚悟を決められました。ならば私は、世界が夢に沈まぬように、最大限の助力をいたしましょう」
「……ありがとう」
ミーミルは静かに首を横に振る。
「私はただ見ることしかできません。そして結末を書き換え、運命に干渉するには代償がいる。誇りなさい。運命を書き換えるのはあなたたちふたりと、シュリ女王の仲間たちです。やがて、夜は明けるでしょう。必ず……」
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そしてシュリは夢から覚める。頬には涙の筋が残っていた。
「……やることは変わらない。スカアハ、あなたを私たちは討ちます。だけど……その剣に憎しみを込めることはしない」
シュリは小さくつぶやく。
「……私は精霊界の女王として、あなたたちの願った未来を実現してみせる」
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「それじゃあ道を開くよ。スカアハは【界秘幻郷】にたどり着いた。ランの反応はほとんどない……だけど大丈夫。彼は僕に任せて。リヒトたちは……スカアハをお願い」
「……行こう。世界を救うために」
【界秘幻郷】は薄暗く、吹き荒れる瘴気に満ちていた。
ナギは淡く光る光の玉を呼び出してリヒトたちを先導する。
「これが……【界秘幻郷】。でも、世界の楔の樹がどこにもないわね?」
クルクの問いに、
「ランが切り離したんです。【界秘幻郷】が危機に陥ったら、一時的に【結晶樹】を切り離すことで世界の消滅を避ける使命と力があるから。もっとも、全部終わったらちゃんと僕が植え直しますから安心してください」
「こういうとこって魔物とかがいそうなもんだけど……道がほとんど見えなくて歩きにくいぐらいで何にもないんだな……」
「……待っておったぞ」
薄暗く不安定な道の奥にスカアハがひとり立っていた。
「シュリ女王。わらわを討て。それで精霊戦争は終わる。そして……世界も救われる」
武器を構えるシュリ達の前に、静かに銃を構えてロキが立った。
「……スカアハ。いいえ、母さん。最期にひとつだけ聞かせてください。あなたは、俺を産んだことを後悔していますか?父さんを奪った俺を……憎んでいますか?」
スカアハは静かに首を横に振る。
「いいや。一度も後悔などしておらんよ。今だってお前は希望であり、証だ。【白き者】と【黒き者】。いがみ合い続けた二精霊でも愛し合えると、わかりあえるのだと。ああ、欲が出てしまう。ロキ、愛しい我が子。背負わせたくなどないのに、散るならば……お前の手で……」
ロキが静かに銃を構え、呪文銃にマナを込める。
「ごめんなさい。シュリ様……ここは譲ってもらいます。母さん、ありがとう……そして……おやすみなさい」
呪文銃から打ち出された呪文弾が祈りのように正確にスカアハの心臓を穿つ。
思えばこの呪文銃は、ロキがリューから託されたもの。
「……リュー」
スカアハは、最期にリューが自らを抱き寄せて、優しくキスをする幻を見た。
「……ロキ。お前はどうか……幸せに。そしてお前が生きる世界を……この命を賭して守ろうぞ……」
スカアハがこと切れると同時に、【界秘幻郷】を覆っていた闇が晴れていく。
同時に精霊界と人間界に、優しい浄化の雨が降り出した。
それは闇の女王と光の女王が、大魔術士の力も借りて組み上げた大魔術。
世界の負のマナを鎮め、安定させ、世界を救うためだけに。
癒されていく世界とは裏腹に、【界秘幻郷】の奥で癒されざる落日竜の魂はついに【黒の夢守】を取り込んだ。
「……」
リヒト達の前に現れるのは世界を飲み込む巨大な蛇。
ーーすなわち呑界蛇 ヨルムンガンド。




