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AnfangSage  作者: 上月琴葉
第四部 終章
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11話 或る恋人たちのよくある悲劇

ーーこれはある恋人たちのよくある【悲劇】。


 言葉にすればたったそれだけで終わる物語。


 眠る者、取り残される者。あの夜に終われなかった者たちの結末だ。


**


 闇の巫女は何かに引き寄せられるように、湖の畔へと舞い降りた。


「……?」


 見たこともないはずなのに、懐かしい風景。


 霧に閉ざされた世界の中に浮かび上がる澄んだ青。そしてその畔に建つ巨大な屋敷。


 扉には鍵がかかっていなかった。引き寄せられるかのように彼女は扉の中へ進む。


「……なんとなくここに戻ってくるような気がしたよ……リアン」


 屋敷の中にいた人物に、闇の巫女は警戒体制を取る。


「あなたは……恋人と名乗っていた人ですね。何故こんな場所に?」


「杖を下ろしてくれ。あと僕の名前はクロワ。君は世界を憎んでいるんだろうけど僕だってこの世界に恨みがないかって聞かれたら、あるって答えるからね。少し話をしないかい」


「……不思議だ。この場所に来ると、胸の奥がムズムズする。だから、話すのも……悪くない」


「よかった。じゃ、座って」


 クロワはそっと彼女のために椅子を引く。


「……ここは、君の……リアンの家。そして雨宿りをした僕が君に出会った思い出の場所。君はいつもこの椅子に座っていたんだ」


「……そうか」


「……そして、せっかくだから君の大好物も作っておいたんだ」


 クロワが運んできたのはなんの変哲もないプリンだった。


 だが、それを見た闇の巫女は言葉を失う。


「……雪ひよこの……たまご……プリン……」


 クロワは静かに頷く。


「覚えててくれたんだ。そう。リアンは自らの死期を知っていたから、誕生日が来るたびにひどく怯えていた。だけど僕は、リアンと一緒に過ごす日が積み重なっていくのが嬉しくて、君を笑顔にしたくてさ……」


**


「とろける雪ひよこのたまごプリン!食べたら笑顔間違いなし。新鮮な雪ひよこのたまごSランクが味の決め手!」


 そんなチラシが偶然師匠の机に置いてあった。


 手に取って値段を見てみるが、Sランクはともかく、Bランクでもかなりの高額。


 薬師とはいえ見習いの身では溜め込めるほどの給料はない。


 それでも、「食べたら笑顔間違いなし」のフレーズが当時のクロワの心を捉えた。


「……リアンも笑顔になってくれるかなあ……」


 リアンは綺麗だ。だけど彼女の笑顔をクロワはまだ見たことがなかった。


 恋は盲目とはよく言ったもので、クロワは少しずつお金を貯め、ついに雪ひよこのたまごBランクを入手した。


 そしてリアンの誕生日。


 彼女の家の台所、震える手で全身全霊を込めた雪ひよこのたまごプリンを作り、「プレゼントだよ。リアン」とテーブルに置いた。


 リアンは戸惑いながらプリンをひとくち。


 その瞬間彼女の顔がぱあっと明るくなったのを今でもはっきり覚えている。


「お、美味しい……!すごく……これはなんという料理かしら」


「雪ひよこのたまごプリン」


「……ありがとう、リアン。雪ひよこのたまごは高いと聞くし……そうね。一年に一回でいいわ。わたしの誕生日に……毎年作ってくれる?」


「うん」


 その時クロワは確かに見た。彼女は、笑っていた。


**


「……クロワ……」


 闇の巫女はそっとプリンをひとくち。


 甘く懐かしい思い出の味は、やがて抑圧されていた本来の人格を呼び覚ます。


「……リアン、僕がわかる?」


「ええ。……だけど、長く持たない。激しい怒りと憎しみに飲まれてしまいそうになるの……私が東方アキツで何をしようとしたかはわかっている。だからね、最期にこのプリンを食べることができて……本当に幸せよ」


 リアンは立ち上がると全てを受け入れるように両手を広げた。


「クロワ。私はあなたを愛している。だから、あなたの手で終わらせて。あなたの腕の中で……眠らせて……」


「……リアン……愛してる……」


 抱き寄せて、クロワは剣でリアンの胸を突いた。


「……ありがとう……そして……ごめん……なさい……」


 闇の巫女は、クロワの愛したリアンは、恋人の胸の中で静かに眠りについた。


「……幸せだったよ。僕も」


 クロワはリアンをスカアハから渡された特別な棺に横たえて、最後に別れのキスを落とし、封印の呪文を唱えた。


 同時に洋館が世界から切り離される。何も無くなった空き地に座り、クロワは独り慟哭する。そして涙が枯れた頃、彼は人知れず旅に出た。


 屋敷から事前に持ち出しておいた彼女のお気に入りの雪ひよこのぬいぐるみを友として。


「……僕はきっと永遠に近い時をこの世界で生きるだろう。ならば世界を巡り、物語を歌にする吟遊詩人となろう。君が見られなかった世界をこの目で見て、いつか君に巡り会えたなら、その歌を伝えよう。それまでは雪ひよこのぬいぐるみが君のかわりだけど、我慢して」


 静かに降り出した雨は彼の新たな旅路を祝福するように。


 


「わたしに……外の世界を見せて欲しいの。綺麗なものを見てみたい。世界が好きだったって思えるように」


 ――[[rb:彼女>きみ]]の抱き続けた願いを、かわりに僕が叶えよう。



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