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AnfangSage  作者: 上月琴葉
第四部 終章
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7話 【あい】とはどんなものかしら

 ーーアタシはカワイイものが好き。


 あまくてキレイなものが好き。


 だけども一番好きなのは蜂蜜みたいな愛の味。


「ふふ。メリュジーヌちゃんは東方アキツにいく気はなく!初めから狙いはひとつなのでしたー」


 聖都イグレシアの太陽聖堂。この世界で一番美しいといわれる場所にメリュジーヌは単身で姿を見せた。


「メリュジーヌ……スカアハ軍の幹部か」


 表情を険しく変えて二丁の銃を構えるのは月の揺籃の長であるナハト。


「そーだよ。だけどね、メリュジーヌはキレイなものやカワイイものが大好き。だから基本的に街中では戦わないって決めてるの。戦うなら果ての森の奥がいいな?だって、入り口付近には人間のお墓がたくさんあるんでしょ?タナトスだったら人間の事どうでもいいし、掘り出してゾンビとかにして操るの好きそうだからそこにすると思うけど、メリュジーヌちゃんは別に人間を憎んだりはしないからね!」


「……人間を憎んでいない?それなのに貴方はなぜスカアハとともに封印までされていたんですか?」


 ソアの問いに、


「わ、イケメン!うーんそれはね……ここではちょっと言えないなあ。ともかく移動しようよ?お兄さん達だって街中で戦うの嫌でしょ?」


「……そうだな。私たちも街中で戦って建物や街に余計な被害を出すのは避けたい。場所を移動しよう」


「そう来なくっちゃ。じゃ、転移させるよー」


 メリュジーヌが指を鳴らすとメリュジーヌ達の姿は街から消えた。


**


「はい。ここなら何も気にせず全力を出せるよね。だけど、戦う前にお兄さんにはメリュジーヌのこと色々教えてあげる。あ、同情誘ってるわけじゃないよ。そのかわりに、お兄さんからも素敵な愛のお話、聞かせてくれないかな」


 転移を終えたメリュジーヌは静かに語りだす。


 彼女は【竜】が人間を支配していた国で生まれた。


【竜】は何人もの人間を生贄として求め、喰らった。その過程でたまたま生まれ、唯一生き残ったのが彼女だった。


 生き残った彼女は【竜】の隙をついて逃げ出して、村に帰った。だが、【竜】の報復を恐れた村人によって捕らえられ、高い塔に幽閉された。


 長い幽閉生活の中で、彼女は一匹の蛇に出会う。


「……驚いた。あの【竜】から逃げ出したものがいるなんて」


「……うん。だけど、逃げ出してこない方が良かったのかもって思ってる……見てよこの足……」


 メリュジーヌの足は竜のような鱗に覆われている。醜い、と彼女はこぼした。


「……【竜】の血が君には流れているんだね」


「うん……アタシ、ママの最期は見てないの。どうやって生まれたのかも本当はよくわからない。枝分かれした洞窟の奥で何もわからないまま息を潜めていたから。【竜】はすぐに新たな生贄に意識が向いたみたい」


 蛇は慰めるように彼女の首に巻きつき、ぺろぺろと頬を舐めた。


「メリュジーヌ。【竜】は【竜】の血に弱いといわれているのを知っているかい?」


「初耳だわ。あなたの言いたいことはわかったけどアタシは武器も使えない……」


「ボクが力を貸そう。水を……君の場合は竜血を操る呪文を君に教える。あの【竜】を一緒に倒そう」


 無力な少女はその誘惑に抗えなかった。それに、母の仇も取りたかったのだ。


「……うん。貴方の名前を教えて」


「ありがとうメリュジーヌ。ボクはーー」


 少女は蛇と契約して、【竜】を葬った。


 しかし【竜】の骸から溢れ出た毒と瘴気は土地を満たし、骸の残る場所は不毛の地となった。


 その地は今は、【果ての地】と呼ばれる。【果ての森】の奥深く、隠された洞窟から繋がっていると言われているーー


「ここが、【果ての地】だよ。ここには何にもない。長い長い年月を経て瘴気はほとんど消えたけど、土は……何年かかるかわかんないみたい。ここが、メリュジーヌの生まれた場所。だけど別にここはメリュジーヌちゃんに有利ってわけじゃないんだ。マナがほとんどないから」


 一面に広がる荒野を寂しそうにメリュジーヌは見渡す。


「マナがないから、雨も降らない、風も吹かない。マナの扉が開かれた今でもここにはその恵みはない。だからこそ、メリュジーヌちゃんは……ここで終わりにしたいんだ……」


 それを聞いたイーサが一歩前に進み出る。


「終わりにするってどうして?キミは……スカアハに仕えているんだろう?」


「……代わりに答えよう。メリュジーヌは……自分の信念に反することをした責任を取ろうとしているのだ。全く精霊戦争など始めた時点でそのぐらいは飲み込めと言いたいのだが」


 しゅるり、とメリュジーヌの肩から蛇が降りて、人間の姿をとる。


「メリュジーヌは、【あい】がわからない。だから彼女はそれを知りたくて他者を傷つけるより、【愛】の話を集めることを選んだ。だが、そのことが裏目に出たのが……リューの処刑だ」


 メリュジーヌはただ知りたかっただけだ。


 少女らしいただの好奇心でスカアハに【恋】の話をねだり、心から素晴らしいと思ったからこそ友人に話した。


 だが、【半竜】であるメリュジーヌはそもそもはじめから【白き者】たちに利用されていた。


 情報を得た【白き者】は【灰色】の誕生を良しとせず、リューを裏切り者として異例の速さで処刑した。


「……メリュジーヌが知りたいって言わなければ、話さなければってずっと思ってたの。でも、スカアハ様は気にしなくていいよって言ってくれたの……だからこのことはメリュジーヌも少しだけ……忘れていられた。だけど……クロワとリアンが……あんなことになるなんて。メリュジーヌはキレイなものが好き。素敵な恋や愛のお話が好き。そんなふうに思い合える精霊も人間も大好き。なのに……また壊しちゃった……」


「……壊したってどういうことだ?……あと一応スカアハの息子としていうが別にお前を恨む気はない。恨むのは【白き者】だけだ」


 ロキは戸惑いを隠さずに問う。


「……タナトスの口車に乗ったメリュジーヌが悪いの……スカアハ様はメリュジーヌには主に諜報のお仕事を頼んでたからメリュジーヌは……アタシを産んだママと、あのすごく悪い【竜】以外は殺してない。精霊戦争が始まってからも、アタシは戦わずにある場所の手がかりと【竜】について探してただけ」


 だが、タナトスは積極的に戦争を仕掛けないスカアハをぬるいと言い放ち、メリュジーヌにも協力を求めた。


「……メリュジーヌは、【白き者】たちが何をしたかは知ってるし、タナトスやスカアハ様がすごく苦しめられたのも知ってたから……スカアハ様のためと言われたら断れなくて、【竜血】を少しだけ提供したの……」


 おそらく落日事変の【竜化毒】はそこから作られたのだろうと彼女は言った。


「……あのね。少し前のこと。タナトスにフルイドの研究所に呼ばれたの。そこにはクロワと……リアンがいて……それだけなら良かったけど……見ちゃったんだ……あのふたり用の薬に……【竜血】が混ぜられてた。それも数倍の濃度で」


「……メリュジーヌ、あなたの【竜血】は【竜】を殺す。そうですね」


 ナハトの問いに、メリュジーヌは頷く。


「それだけじゃない……【竜血】は確かに【竜】を殺すけれど、それ以外の生き物には別の効果があるの……それは体内のマナバランスを激しく崩す【異形化】で、おぞましい化け物が生まれる可能性があるの……だけど……」


「……お前が死ねば、少なくともこれ以上の【竜血】は生まれないと考えたのか……何故だ?メリュジーヌ、お前は【竜】の横暴により生まれた子。その後も人間に酷い仕打ちを受けた。なぜお前は憎まない?復讐しない?」


 ロキはそっと呪文銃をメリュジーヌに向ける。


「……そうだね。なんでなんだろうね。アタシ、ママの愛どころか顔も知らない。でももしもママが生きていたって、娘がこんな姿じゃ多分ママを苦しめたんだろうなってことはなんとなくわかるんだ。それに、アタシは今のアタシの一番好きな人の……大切な人を間接的にでも奪ってしまった。【竜血】が量産されてしまったら……大切な人を奪われる人も精霊も増えちゃうよ……アタシ、そんなのは嫌だ……」


 彼女の告白で訪れた沈黙を破るのは、


「……よくわかった。俺と戦え、メリュジーヌ!」


「ロキ!?あんた急に何言い出すの?」


 戸惑いを隠せないプロミネとは対照的に、イーサは何かを察したように頷く。


「……イーサ、ナハトさん達を頼む」


「……うん」


「……メリュジーヌ。ボクがいる。戦うんだ」


「ケルヌまでなんでそんなこと言うの?アタシは……アタシは生きてちゃダメなんだよ……」


「……っ!」


 ロキの放った弾丸が、メリュジーヌの髪を一房散らした。


「来ないならこっちから行くぞ。……本当、お前は……昔の俺を見てるみたいで……イラつくんだよッ!」


「ああ、もう!わかったよ!けど、大怪我したって知らないからね!血護陣!」


 ロキの打ち出した無数の弾丸を竜血の檻が防ぎ切る。


「代わりに……捕らえよ!竜血縛!」


「遅い!」


 射出される無数の血の縄をロキは全て飛び退いて避ける。


 そして空中からお返しとばかりに大量の闇のマナの銃弾の雨を降らせる。


「弾雨【バレットフォール】」


「くっ……!」


 メリュジーヌは陣を展開するが、いくつか防ぎきれなかった呪文弾が彼女の体を撃ち抜いた。


「……これで決める。望み通りに……終わらせてやる」


「……嫌だ……アタシは……」


 ロキが真っ直ぐに呪文銃を構え、力を貯める。次に放たれるのは必殺の一撃。


 ーーこれを望んでいたはずなのに。終わりを望んでいたはずなのに。


「【あい】もわからないのに……消えたく……ない!!!」


「な?」


 それは人を傷つけたくないと願った少女の放つ、最初で最後の攻撃スペル。


 血が集って生まれるのは全てを穿つ、緋色の龍血槍。


「生きるために……敵を貫けえええっ!」


 地面に突き刺さった槍は激しい爆風を巻き起こし、大地は崩れ、視界は土煙に覆われた。


**


 煙が晴れる。メリュジーヌは満身創痍で、それでもそこに立っていた。


「……ってて……今のは流石に……効いたな……」


「ロキくん!すぐ治療してもらおう……酷い怪我だよ……」


 今は消えた槍の刃先は真っ直ぐにロキの足を穿ち、彼はもう立ち上がる気力もないようだった。


「悪い。立てない……メリュジーヌ」


「あ、ご、ごめんなさい……アタシ……」


 心配して駆け寄ったメリュジーヌはすぐに強力な回復呪文をかける。


 泣きそうな彼女の頭をロキはそっと撫でた。


「やるじゃないか。……俺もお前とおんなじだから、柄でもないことしちまったな……俺は知ってると思うがスカアハとリューの息子だ。そして、今こうして白氷牢塔から出れたのは……リヒト達のおかげで、そもそも生きてるのはバルドルさんのおかげだ。でも……父さんもバルドルさんも……もういない」


「だったら、どうしてアタシを助けたの……?こんな大怪我までして」


「言っただろ。おんなじだって。俺も、死のうとしたことがあるんだよ。バルドルさんに迷惑かけたくなくてさ。だけど、結局無理だった。バルドルさんを悲しませるだけだったんだよ。メリュジーヌ。確かにお前の【竜血】は危ないもんなんだろう。だけど、【愛】を知ってるお前ならきっと間違ったようには使わない。それに、スカアハはきっと、泣くだろう」


「……【愛】なんて私は知らない……よ?」


「いや、お前はちゃんと愛を知ってるよ。まあ、定義は人それぞれだけどさ。あくまで俺は、【大切にしたい】って気持ちを【愛】と呼ぶんだと思ってる。俺もメリュジーヌも、母親からの愛情は確かに知らない。けどお前にはその蛇がいただろ?」


「……私にはケルヌという名があるが、まあ知らない名は呼べぬだろうから許してやろう。……感謝する、ロキ。この子を失いたくは……ないのだ」


 ケルヌは言い残して蛇に戻り、メリュジーヌの首に巻きついた。


「どーも。さて、俺たちも東方アキツへ向かうぞ。ついてくるよな、メリュジーヌ」


 ロキの言葉にメリュジーヌは頷く。


「うん。アタシの【竜血】が原因なんだもの。タナトス、クロワ、リアンを止めるのなら、力を貸すよ」


 こうしてメリュジーヌがそっとロキの手を取った時。


 ぽつり。


 天から、雫が落ちた。


 それはこの渇きの大地を癒す雨。


「……いつかまたこの場所にも緑は戻るのかもしれないな」


「うん、きっとね」


 降り出した優しい雨の中、新しい仲間と共にメリュジーヌはかつての故郷に背を向けた。



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