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AnfangSage  作者: 上月琴葉
第四部 終章
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4話 竜とひとの物語(一)

 かつてこの世界には竜がいた。


 ある竜はひとを喰らった。ある竜は国を滅ぼした。


 ある竜はひとを守った。ある竜はひとを、愛した。


 竜がいかにして生まれたのか、伝える伝説はない。


 世界の外から流れ着いてきたのか、世界の中から成ったのかも霧の中。


 確かなことはひとつだけ。


 ーーかつて、この世界には竜がいた。


**


「……」


 太陽聖堂襲撃事件から一週間が経ち、リヒト達は聖都イグレシアの片付けを手伝いつつ、少しの間休息をとっていた。精霊界側からの指示も特になく、スカアハ側の動きも特にはみられない。スヴァンフフィードの見立てでは「重要な部下を何人も喪ったから、混乱しているのだろう」とのことだった。


「……そんなに簡単な理由ではないと思うけどね。とはいえ動けないのも事実だからまたあなたに会いにきたのよ、マーリン」


 ニミュエは静かな湖を見つめて呟く。


「それに、相談したいこともあるの……幻竜郷に渡ったあなたに……届くことはないとは思うのだけど」


 その時、湖が揺らいだ。


「……うそ、でしょう……」


 漣が収まるとそこには、彼女の恋人が優しく微笑んで立っていた。


「……久しぶり、ニミュエ。声だけは夢を通じて届けることができていたけど……こうして会うのはどれぐらいぶりかな。向こうとこっちでは時の流れが違うからね」


「……マーリン……どうして……」


「……この世界の根本に関わる大事なことだからちゃんと話すよ。でも、まずは……」


 おいで、と囁かれたニミュエは彼の胸に体を預けた。


「……触れられる……それに……温かい……」


 彼女が抱き続けたもう二度と叶わないはずの願いは、叶った。


 ニミュエの瞳からこぼれ落ちる涙は、きらきらとした飴色のかけらに変わる。


「……ただいま、ニミュエ」


「……おかえりなさい……マーリン」


**


 ニミュエが落ち着くのを待って、ふたりは湖畔のカフェに向かった。


「うう……甘くて美味しい……ふわふわのケーキ……」


「大袈裟ね。でも、あなたは昔から甘いものが好きだったから、仕方ないか」


 店内に流れる穏やかな音楽。ニミュエは苦いコーヒーをひとくち飲んだ。


「しかし、ニミュエはすっかり大人になったね。僕たちが分かれた時、君にはまだあどけなさが残っていた。それだけの時間が経ったということか」


 マーリンはそう言うと少しだけ寂しそうに目を細めた。


「ええ。でも、今の私とあなたならちゃんと恋人同士に見えるはずよ……向こうでなにがあったのか教えてもらえる?」


 窓の外では陽が沈み、空は星を纏おうとしている。カフェに残る客はまばらだった。


「そうだね。場所を変えよう。少しだけ酔いたいんだ」


「そうね。じゃあ一緒に聖都イグレシアに戻りましょう。いいバーがあるのよ」


**


 ニミュエがマーリンを連れてきたのは花に囲まれた森の中のバーだった。


 店名は 妖精の隠れ家。昔、店主が花宿鳥に出会ったことが由来だと言う。


 ちなみにニミュエやマーリンには花のそばに寄り添う彼らの姿が見えている。


 一羽の花宿鳥がカウンターに置いてあるメニューを開いた。


「おや。メニューがひとりでに開いてる。ニミュエと、そっちはみない顔だね?とはいえ、別に客の詮索はしないさ。いらっしゃい。ここは花をテーマにした創作カクテルの店だ。ニミュエはいつものだね?お兄さんにはワタシのイメージでウェルカムドリンクを奢ることにするよ」


「ええ、お願いするわ」


「自分のイメージの花の創作カクテル。面白いものが見られそうだ」


 店主は手早く瓶を選び、シェイカーを操り、グラスに注いでいく。


「ニミュエ、ローレライ・ティアだ」


 ローレライ・ティアと名付けられた店主の創作カクテルは紫玉葡萄のワインの紫色をベースに、空芙蓉の青と滑らかな雪牛ミルクが美しいグラデーションを作っている。少し苦めな味が特徴。


「ありがとう」


「お兄さんにはこっち。カクテル名は白の魔法使いね」


「ありがとう。素敵な名前だ」


 マーリンが一口飲むと、甘くとろりとした味のあと、何かがぱちり、と口の中で弾けた。


「……鳳仙花飴?」


「そうだ。通称弾け飴。細かく砕いて粉にして雪牛ミルクと雪ひよこの卵を混ぜ、蜂蜜を加えたあまーいドリンクにバニラブランデーを垂らしてそこに加えたのさ。なんとなく甘いのが好きなんじゃないかって思って」


「ご明察。甘いものは大好きさ。とてもほっとする」


「……幻竜郷には甘いものってないの?」


「そうだね。ほとんど果物をそのまま食べているから。ただ、最近は食べ物にこだわる個体も出てきたし、何より……そういえば、半竜の子がひとり保護されたんだけど」


「あなたも知ってるでしょうけど、半竜の子は私の仲間にもいるわ。マトリのことよ」


「そうだね。ただ保護された彼女は、彼とは地域が違うし、あの地域は竜を龍と呼んで崇めている。幻竜郷の竜たちとは色々考えが違うんだ。母龍である鏡龍とともに今は少し離れた層に住んでいるんだけど、幻竜郷の竜でも好奇心旺盛な個体は積極的に交流しているみたい。そして、その結果、街の建設が始まったんだ」


「……街の?」


マーリンは頷く。


「鏡龍は特殊な龍で、「鏡」を通じて世界を自由に行き来できる。そして気に入ったものをその力で幻竜郷の領層に具現化するんだ。鏡龍はひとに友好的な龍だから特に危険視はしていない。それに竜の力は他の領層には及ばないルールだからね。街づくりは自由にさせてる。その結果ひとの文化や暮らしに興味を持つ竜も出てきたんだよ。料理に挑んでる竜とかね。いずれは料理店とかできるかも。それにね、僕が今ここにいるのはその力のおかげなんだ。鏡龍が視た【予言】を止めるために来たんだよ」


「……その龍は未来まで見れるの?」


 半信半疑といった様子でニミュエは聞き返す。


「ああ。鏡に映るのはあくまでも虚像だけど、大元の真実がなければそもそも映ることはない。って」


彼女は氷が溶けて薄くなったカクテルの残りを飲み干した。


「そうね。鏡に映る花がなければ花は鏡に映らない」


「そもそも鏡龍は精霊戦争を、落日を予知していたらしい。そして【予言】はこうだ。これを蒼薔薇の子――リヒトに伝えてくれと頼まれた」


 白と黒は相克をなす すなわち凪と争乱なり


 闇の巫女と獣は目覚め やがて世界に牙を向く


 秘されし楽園は暴かれて 世界は夢へ沈むだろう


 終焉に抗うは女王 黄昏を超えて黎明は来る


「……私だけの知識での解読は難しいわね」


 予言を聞いたニミュエは少し考え込む。


「鏡龍もそう思ったらしいんだよ。そして僕だけでも無理だって言ったら、じゃあここから出て協力者を探せばいい。幻竜郷には楔を打ったからって」


 マーリンが少し舌ったらずな声で答えた。どうやら少し酔っているらしい。


「そろそろ宿屋に戻りましょう。予言のことはクルクやスヴァンフフィードにも協力してもらうわ。マスター、お代は置いていくわね」


「そうだね。頭がふわふわする。眠くなってきたよ……美味しかった……」


 足取りがおぼつかないマーリンを肩で支えるようにしてニミュエはバーを後にする。その後ろから一羽の花宿鳥がついてきたことには気づかずに。


(……そう、秘されし楽園のことは、この世界では隠されている。それは、世界の源を守るため。夢に世界が沈まないように。本当はもう夢守さまですら知らないはずのこと。だけど私たちは知っている。世界の外から流れ着いたから知っている……だから彼らに伝えなくては。この世界を守りたいから)


 花宿鳥は決意を胸にぴょん、と跳ねて、マーリンの背中にぺたりと張り付いた。



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