2話 散花
「この辺りのはずですが……」
ナハトたちがたどり着いたその人物の家はすでに廃墟となっていた。朽ちた壁、埃だらけのベッド。玄関の扉の鍵もかかってはいない。
「……花?」
人の気配の代わりに室内を満たすのは蔓とそこに咲いた花たち。
「……弱りましたね。これでは探しようがありません……」
ナハトがため息をついた時、クルクの瞳は一羽の【花宿鳥】を捉えた。
「……待って。この子に聞いてみるわ」
「……ますたーを、探しにきましたか?」
「ええ、そうよ。太陽聖堂の神子様のために解毒薬が必要で……そのために【カショウ】という人を探しているのーー」
「……ミコトさまの予言通りですね。……ねもふぃらです。みなさま、こちらへどうぞ」
ネモフィラの【花宿鳥】はそういうとナハトたちを導くように家の裏手の森へと向かった。
**
「……え、この樹は……」
家の裏手の森には天を衝くかのような巨大樹が聳えている。家から森を見た時には影も形もなかったはずなのに……
「……【源命樹】。聞いたことはあるかな?」
柔らかい声とともにひとりの男性が樹の前に現れる。
「……あなたは……精霊……?」
「……今の僕はまだ人間と精霊の半分といったところです。はじめまして。僕は花生。【源命樹】の種子を宿す、楔となった者です。あなたたちが来ることはミコトから聞いています。ですから、解毒薬も準備してありますよ」
花生はそう言うと緑色の瓶をナハトに渡す。
「ありがとう。……しかし、拍子抜けだな。あの【毒花】の弟だというからもっと、こう……」
ナハトの言葉に花生は少しだけ寂しげに笑った。
「……姉が。【毒花】ノナがどれだけの罪を犯してきたのか。今の僕はもう知っています。役立たずと一族に虐待を受けた僕を守ってくれた優しかった姉はもうどこにもいないし、彼女の罪は裁かれなくてはならない。姉の宿していた種子は……【源毒樹】に反転して、まもなく彼女を喰らい尽くす。それでも、少しだけ願ってしまいます。僕のことを最期に思い出してくれたらと」
花生の目を覆っている花からひらり、と一枚の淡く輝く花びらが落ちる。
「……クルクさん。あなたにこれを託します。できたらでいいので、どうか姉に渡してください。……僕の人間としての記憶はまもなく消えます。だから、これは本当にただのわがままです」
「……わかったわ。急ぎましょう。この森はおそらく閉じかけている。別の層に移る前に抜けないと出られなくなるわ」
クルクを先頭に四人が森を出ると、森があったはずの場所には空き地が広がっていた。廃墟を覆う枯れた蔓と花の残骸が静かに風に揺れている。
「……これで神子の解毒はできる。あとはリヒトたちが上手く神子を助け出せているかどうかだが……」
「あら、簡単には行かせませんわ。スカアハ様からあなたたちの足止めをするようにと言われました。マトリ、クルク。ふたりに会うのは久しぶりです。他の皆様ははじめまして。【花乙女】ブロダイウェズ。戦いは苦手ですが、この場所なら……」
ブロダイウェズはそう言うとくるり、とターンをする。
彼女の動きに合わせるように地面から蔓が現れ、4人に巻きつこうとした。
「邪魔だ」
マトリは聖剣で全ての蔓を斬り払う。
「こちらも想定内です。足元に気をつけてくださいね?」
ブロダイウェズが舞う。同時に地面から一気に蔓が伸びてマトリの体を締め上げる。
「ぐ……!なんだ?力が……抜ける……」
「……喰らえ!」
ナハトの放った無数の矢がブロダイウェズに向けて降り注ぐ。
「きゃあ!……なーんて」
蔓が緩んだ隙をついてマトリは拘束を抜け出し、着地した。
「花人形ならいくらでも作れます」
ブロダイウェズの姿が花人形に変わり、矢で撃ち抜いた場所には花びらだけが残った。
「だったら、まとめて!」
クルクが栞を掲げて呼び出すのは水晶の乙女クリスタリア。
「クリスタリア!みんなまとめて【結晶化】して!」
空から降り注ぐ結晶の雨が、花人形全てを結晶化させて動きを止める。
「マトリ!」
「わかった。……聖剣術……浄焔閃!」
浄化の炎を纏った斬撃が花人形たちを切り裂き、花人形のふりをしていたブロダイウェズに燃え移る。
「あ、あああ!熱い……スカアハ様……」
浄化の焔に焼き尽くされてブロダイウェズは燃え尽きた。
「……【源命樹】の一族の初めの罪をもたらした【花】はこれで散った。あとはクノスペを助けて……【毒花】を散らすわ」
**
時は少し遡る。
リヒト達はナハトに渡された地図の地点に到着し、周囲を調べていた。
「地図に書いてあったのってここだよね……森の中の廃墟にしか見えないけど」
「……ん?この廃墟、変だな?」
シュネルはおもむろに立ち並ぶ廃墟のひとつに近づき、壁を調べ始める。
「変って?」
「いや、他の廃墟は草伸び放題だし、床も泥だらけだったり、破片が落ちてたりしてるだろ?でもここの床は綺麗すぎるんだよな……ん?この壁だけ色が違うような?」
シュネルの指が色の違う壁に触れた瞬間、床が開き地下へと続く階段が現れた。
「よし、行こうぜ!」
「シュネルすごいです。よくあんな仕掛けがあるってわかりましたね?」
「あー……まあ、勘だな」
「……勘なんだ……まあ、それも才能だけどね」
リヒトたちが薄暗い階段を降りると、視界が急に開けた。
「……クノスペ!」
「……おや。いらっしゃいましたね」
広い部屋の中央の培養槽の中で眠るクノスペ。その前に剣を構えて立ち塞がる男がひとり。
「私は銀月の騎士の【葬月】の長、イリュウ。穢らわしい月の子どもたちよ。ここで断罪しよう!」
「銀月の騎士は太陽聖堂の直属の騎士でしょう。神子に手を出すなど言語道断です!」
アルヒェは静かにヒンメルファルトを構える。
「銀月の騎士の一員であるコーアを手にかけたお前がそれを言うか。アルヒェ」
「……あたしは。あたしは親友として罪を背負う覚悟であの子の苦しみを終わらせました。盲目的にアスセナやノナに付き従うだけのあなたとは違う!」
ヒンメルファルトの一振りがイリュウの肌を薄く裂いた。
「貴様……この私の顔に……傷を!」
(……顔?)
このセリフを聞いたナギは首を傾げる。何故ならば彼の目に映るイリュウの姿は――
(……骸骨と……そこから生えた毒々しい色のキノコの群生にしか……見えないのに……どうなっている?僕以外には……あれが人間の姿に見えていると言うの?)
「うるせえ!この一撃はクノスペの分だ!」
「シュネル!そいつに触ったらダメ!そいつはーー!」
シュネルの拳が焔を纏い、イリュウは吹き飛ばされて壁に激突した。
「はっ!それぐらい造作も……」
立ちあがろうとしたイリュウは全身に激痛を感じてのたうちまわる。
おかしい。まるで、全身の骨が折れたような。
「……?」
イリュウの様子に戸惑ったシュネルは攻撃を止めてアルヒェを庇うように前に立つ。
「……ひっ!」
何かに気づいた様子のリヒトを庇うようにフィンスが前に出た。
「……なんだ?何を怯えている?ぐ!なんだ……この、激痛は……」
「よかった……シュネルの緋鳥の焔はこの毒キノコの胞子を焼き尽くしたみたい……ねえ、イリュウさん、気づいてないの……?」
ナギがじっとイリュウを見つめて問う。
「気づく?さっきから何を怯えている?そしてこの痛みは」
「だって、あなたはーー」
「はい。イリュウちゃんの答え合わせだけはノナがやるから邪魔しないで。……だってこれは、ノナの【復讐】なんだもの」
急に現れたノナはリヒトたちには目もくれず、まっすぐイリュウの目の前に歩いて行き、イリュウの体を思いっきり蹴り上げた。
「ぐあああああ!」
「……痛い?痛いわよね。だって貴方、もう死んでるもの。痛覚だけは残したままにしておいたんだけど。あと強力な術を仕込んであげたから、普通の人には貴方はただの男にしか見えなかったでしょうね。今の蹴りで全部の術を解きました。ノナにはもう時間がないけど、どうしてもお前だけは許せなかった!」
「……花生の……復讐か……」
ノナは低い声で「そうよ」と呟くと、毒キノコの生えた骸骨に炎を放つ。術の解けた骸は何も言わずに燃え尽きた。
「……見苦しいもの、見せちゃった。クノスペちゃんが眠っててよかったかも。……【綺麗】だもの。あの子は。時間がないから……本当のことを言うね。もしかしたらどこかで……花生に会うかもしれないでしょ……ノナは間違えたの。花生を、大切なあの子の【樹喰病】を治したくて、そのために色んな種族の血を集めて、投薬用の被検体もたくさん欲しくて、たくさんたくさん殺したの。だからノナに無理矢理埋め込まれた【源命樹】の種子は【源毒樹】に反転した。ノナは化け物になる。もうわかってるし、相応しい終わり方だって受け入れてるから、謝罪も言い逃れもしない。だけど、クノスペちゃんの助け方だけは……伝える、よ」
ノナの腕が蔓に変わる。毒の花になっていく。
「……か……しょうを……あのこは……いきて、る……だから……みつ、けて……」
それがノナの最後の言葉。異形の毒花と化した彼女にもう言葉は届かない。
「シュネル!アルヒェ!培養槽を壊してクノスペをお願い。こいつは僕たちが食い止める!」
「そうだね。僕と兄さんは殺されかけたんだ。復讐する……いや、戦う理由としては十分だよ」
リヒトはウェスペルを、フィンスは薔薇のレイピアを構える。
「ーーーー!」
毒花が声にならない声をあげ、戦いが始まった。
**
その頃ナハトたちは解毒薬を取り戻し、目標地点に一番近い転移門から地図の地点へと駆けていた。地下から聴こえる剣戟に気づいたナハトたちが部屋にたどり着くと同時に、シュネルの緋鳥拳とアルヒェのメサフェニーチェが異形と化したノナにとどめを刺す。
クルクはそれをみて燃え尽きていく毒花に駆け寄り、花生から渡された花びらを降らせた。
刹那、毒花は言葉と記憶を取り戻す。
「……さいごに、おもいだせて、よかった……か、しょう……ごめん、な、さい……あい、している。あなたは、いきて、しあわせ、に」
毒花は灰になって散る。こうして【源毒樹】の種子はこの世界から消滅した。
同時に解毒薬が効いたクノスペは再び意識を取り戻す。
「……クノスペ!良かった……お前を失わずに済んで……っ……」
「シュネル……また、助けられたね……」
シュネルはクノスペの細い体を強く抱きしめて、ポロポロと涙をこぼす。
「……なあ。クノスペ。この旅が終わったら俺とアルヒェにお前を守らせてほしいんだ。護衛騎士にしてくれ。どのみち俺やアルヒェ、お前の故郷はもうないんだろ?俺さ、腕っぷしだけは強いけど就職先に悩んでたところだし……」
「そうだね。僕の一存では難しいけれども流石に警備は考え直す必要がある。シュネルとアルヒェなら腕は確かだ。魔物も精霊戦争後すぐにいなくなることはないだろうし。話してみるよ」
シュネルは涙を拭って微笑んだ。
「そうですね。あたしも元シスターですし聖都イグレシアで暮らしていけるならそうしたいです。それに、今はあたしもあなたを守りたいし力になりたい。必ず旅を終わらせてイグレシアに戻ってきますね」
「ありがとう、ふたりとも」
その日の夕方、神子クノスペは無事太陽聖堂に帰還し、イグレシアの封鎖は解かれた。銀月の騎士は全員一度任を解かれ、遠い北の街で取り調べや適正試験、訓練を行ったのち合格者のみ再配備される予定だという。また、新たに人員の募集も行われ、募集要項が街に配られた。
「……では、試験を受けに行かなくてはな」
「ええ。それがいいですわ、ネロ。貴方の理想を貴方の夢を追いなさい」
「世話になった」
暮れかけた街をひとり桃色の髪の女が歩いていく。手には銀月の騎士の募集要項。
「……神子クノスペ様。銀月の騎士の元幹部として。この剣をあなたに捧げましょう」
まだ、合格してもいないのに我ながら気が早いなと苦笑しながら女は予約した宿へと消えていった。




