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AnfangSage  作者: 上月琴葉
第四部 終章
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4部1話 囚われし者たち

――覚えている。


 あの日、小さな森の中の村は蹂躙された。焼け焦げた廃墟だけがその事実を今も世界に刻んでいる。


「あなたたちはとても綺麗で、愚かで残酷なとても罪深い一族です」


 ぼくたちが、何をしたの。森の中で【樹】を崇めて静かに暮らしているだけなのに。


「だから、滅ぼしました。ああ、だけど私は綺麗なものが好きだから、あなただけは……とびきり残酷な方法で、生かしてあげるね?」


**


「……っ……くそっ……」


 イリュウは森の中の廃墟で目を覚ました。目の前には不似合いな培養槽が置かれ、その中には桃色の髪の青年が身体中に蔓を巻きつけられて眠っていた。


「てめえのせいで夢見が悪いんだよ。……クノスペ。ノナ様の毒花にこれだけ巻き付かれて、毒を注がれ続けてるのに……効いちゃいねえ。ノナ様の目を盗んで剣で軽く斬ってみたが、次の瞬間には傷が塞がってる……」


**


 イグレシアの太陽聖堂襲撃号外が出る少し前。


「イリュウちゃん。ノナは気分が悪いの。……フルイドが殺されたわ。ノナの大事なパートナーだったのに。あのひとがいたから研究用の素体にも事欠かなかったのにね……残念ながらノナは実験体の錬成とかは難しくてできないの。ノナが出来るのはカラダから毒を作り出すことだけ」


 銀月の騎士本部の地下にある断罪の檻に現れたノナは銀月の騎士の執行部隊【葬月】の隊長であるイリュウに告げた。


「それは存じています。あなたが【毒花】と呼ばれる【断罪の牙】の長であることも。フルイド様の妻であることも。して、任務は?」


 跪くイリュウにノナは告げる。


「そんなに畏まらなくていいのに。だって【断罪の牙】の長は実質はフルイドだったんだから……まあ、そこが生真面目なイリュウちゃんの良いところだよね。任務はひとつだよ。『太陽聖堂の神子クノスペ』を攫ってきて。護衛と武器としてこの『毒狼シェン』を与えます。攫ってきたら地図の場所に連れてきて。あとはノナが壊すから」


「……クノスペ……あの穢らわしい男ですか」


 イリュウは腰につけた剣に手をやろうとして、気づいたように引っ込める。


「イリュウちゃんがあの子を嫌ってるのは知ってるよ。生真面目なイリュウちゃんからしたら女装も、体をお金にしてたことも信じられないよね。その上にあの子はシュネルちゃんのこと愛してたし。でも世の中は綺麗なものばっかじゃないし、ノナはね、愛の形は別に色々あっていいと思うんだ。性別なんて本気で好きならどうでも良いと思うよ?ノナはむしろ、無理矢理綺麗なものばっかり見せられて、そういう快楽や異端からは遠ざけられてきたから、フルイドに見せてもらった色々は……新鮮だったなあ」


 ノナはうっとりするように手を組んでため息を漏らす。


「……失礼ですがノナ様はなぜそういうものから遠ざけられていたのですか?特別なお方だとは存じているのですが」


「ああ、イリュウちゃんには言ってないよね。でも、もうノナの部下はイリュウちゃんだけだし、もしかしたらこの任務であなたと会うのは最後かもしれないからノナのぜんぶ、教えてあげるね」


 ノナはそう言うと首につけているチョーカーを外した。


「……その首の模様は?」


「これはね、【源命樹】の一族の証。体も心も【源命樹】に捧げられる。【源命樹】のモノだっていう【所有印】だよ。烙印みたいな……モノ。死ぬまで……絶対に逃れられないの」


 一族に伝わる伝説をノナは静かに語り始める。


 遠い遠い昔。


【箱庭宇宙】の或る星に、【大星樹】と呼ばれる世界樹がありました。


【大星樹】に宿った【管理者】は【瞳】を作り出して、人々を見守っていたのです。


 やがて【界砂】が尽き、星がしずかに滅びた後。


【大星樹】の【瞳】は新たな世界へ渡っていき、【種】は宇宙へ流れていきました。


 そして【大星樹】の本体はふたつに分かれたといわれています。


 ひとつは生命の源である【源命樹】。


 もうひとつは毒の源である【源毒樹】。


【源命樹】の一族は、その樹に触れた蝶が土に還り、そこから芽吹いた花を喰らった一族の末裔。


 神聖な花を喰らった罪を背負い、贖うために選ばれた【花】を【源命樹】に捧げ、世界を守り続けているのです。


「……ノナ様は【花】に選ばれたのですね?」


「……そうなの。本当はね……もう名前が思い出せないし、生まれた時から【樹喰病】に冒されてた弟が……【花】にされる予定だったけど……長老や一族はみんな……【樹喰病】のあの子を……醜いって……だから……わたしが……」


 ノナの頭が鈍く痛む。頭を抱えるノナをイリュウは不安そうに見つめていた。


「ノナ様!顔色が」


「……ううん。大丈夫……あの子は……きっともう……生きていないから……あのね、イリュウちゃん……私は……そんな一族を……あの子以外を……全員……消した、の……方法はよく覚えて、いないけど。その後から、この痣はね真っ黒になって……私を喰らうようになった。きっと、あの子の名前も……喰われたんだよ……【源命樹】と【源毒樹】は……本当は……同じ……」


 ノナは頭痛を堪えるように深く息を吐く。


「……まあノナのことはこれぐらい。いい、イリュウちゃん。どのみち暁の緋鳥の眷属になったクノスペには刃物は効かないとは思うけど……殺さないでね。生きたままちゃんと、地図の場所に……連れてきて」


「……御意」


 イリュウが去るのを見てノナは壁にもたれかかる。


「……ふふ。イリュウちゃんは本当に愚かで生真面目。本当のことを知ったらどう思うのかな」


「……イリュウ。ううん、兄さん。あの子を……弟を……傷つけたから……いけないんだよ?あの子が……寝たきりになったのは……お前のせいなんだから」


**


「……どうして……銀月の騎士まで……ノナと通じていたのか……」


 太陽聖堂の屋上。神子しか入れない部屋で力無くクノスペは膝をついた。両手は拘束され、身につけていた聖衣は引き裂かれている。


「……クノスペ。ノナ様の命により拘束する。俺はお前が死ぬほど嫌いだ。今すぐ八つ裂きにして、太陽聖堂の広場に晒してやりたいほどに。だが」


 イリュウはクノスペの傷ひとつない肌を見下ろして忌々しげに、


「フェニックスの加護か傷ひとつつかない。それに、任務は任務だ」


「……イリュウ。君は気づいていないんだね」


 そう言って哀しげに睫毛を伏せたクノスペをイリュウは乱暴に抱え上げた。


「……気づく?俺はノナ様の忠実な部下だ。あの方の人外種族を滅ぼすという理想に共鳴し、そして麗しい外見を慕っている。見た目を女と偽り、特に役にも立たん癖にあの方の側にいたお前が憎くて憎くて仕方ない」


「……そう」


 クノスペは抵抗を諦め、イリュウとともに姿を消した。


「ノナ様。任務完了しました。あとはお好きになさってください。こんな男の顔など見たくもない。斬り捨ててててしまいそうだ」


「ご苦労様、イリュウちゃん。今からノナの特別調合の毒を流し込むけど効くまでに時間がかかるから、終わったら培養槽を見張ってくれるかな?それにね、多分リヒトちゃんたちが取り戻しに来ると思うから、シェンちゃんと一緒に頑張って?ノナは少し準備があるから待っててね」


「……御意」


 イリュウが去った後の部屋で、ノナは生み出した【毒花】でクノスペの体を拘束し、同時に特別に調合した毒を、蔓の棘を通じて流し込む。そしてそのまま眠り続けるクノスペを培養槽に沈めた。


「……【黒の夢守】様の血を混ぜた特別製の【異形毒】。裏切り者には相応しい制裁よね。でも、クノスペちゃん。あなたはやっぱりとても【綺麗】よ。身体も心も。……少なくとも【源命樹の一族】やフルイドや……ノナよりはずっと。だから、とびきり残酷に壊してあげる。イリュウちゃんとともに消えて。これが、ノナの【愛】だよ」


**


「来ると思っていたよ。リヒト、フィンス。シュリ女王」


「待っていました。坊ちゃん」


 黄悠の門を使って聖都イグレシア近辺に転移したリヒトたちをふたりの人物が待ち受けていた。リヒトとフィンスはその顔を見て思わず息を呑む。


「その声、ソ、ア……なの?ソア……なの?」


「ナハト様?何故……こちらに……」


「……シュリ女王。そしてリヒト。お初にお目にかかります。我が名はナハト。月の子どもたちの組織【月の揺籃】の長です。この度は太陽聖堂襲撃に際して貴方達と手を組みたいと思い、こうして参上いたしました。この青髪の青年は私の懐刀。ソアです。リヒト、貴方とは面識があるでしょう」


 ナハトは一礼して手を差し出す。


「……えっと、その。ソアです。……リヒト。この姿で会うのは初めてですね。ナハト様の協力や、マナの扉が開かれたことで人の姿を取り戻しました。これからはリヒト、そしてフィンスの力となります」


「ソア……もう、会えないかと思った……」


 リヒトの瞳から溢れた涙を、ソアの指がそっと拭った。


「心配をかけましたね。大丈夫。もうどこにもいきませんから。今回の任務が終わったら……あなたの大好物を作りますから。フィンスにもきっと気に入ってもらえると思います」


「……ソア。バルドルや……ルシアさんは……」


「……存じております。そしてルシア様の【嘘】のことも。ですが、僕もフィンス……ゾンネのことはちゃんと【双子】と思っていますよ。僕はふたりの執事です」


「……ありがとう、ソア」


 ナハトはふたりが落ち着くのを待って話を切り出した。


「さて、めでたく再会が叶ったところで本題に入ろう。太陽聖堂襲撃の実行犯は【銀月の騎士】の【葬月】部隊。手引きしたのは【イリュウ】という騎士団長だ。この男は【断罪の牙】の【毒花】との関係性が疑われていたが、証拠がなくて太陽教会も動けなかった。今回の襲撃は間違いなく【毒花】の手引きだ。そのため、クノスペ様はおそらく最悪の毒を流し込まれている」


「毒だって……!最悪の毒っていうのは一体?」


 シュネルは拳を握りしめる。


「……【毒花】は自らの体液から毒を精製することができるが、そんなことができる存在は多くない。だから部下をフルイドの研究所跡に送り込んでデータベースを漁ってもらった。すると、【毒花】の出自について面白い仮説が得られたんだ」


 ナハトはクルクに書面を手渡す。


【花乙女計画】


 精霊界ソウル・エームの花から花の乙女を作り出す計画。


 オーク、エニシダ、シモツケソウの3種の花に魔術処理を施し素体とする樹に植え付ける。


 研究者コードネーム【マース】、錬成に成功。


「ブロダイウェズ」と命名。研究所近くの庭園にて調整、管理。


 緊急報告


 素体が逃亡。ビフロストを渡り、人間界に降りた可能性。


 追跡不能。研究凍結、素体破棄決定。


【源命樹】と【源毒樹】と【樹喰病】


 いつかあの子の病気が治りますように……


【源命樹】と【源毒樹】はおそらく同一で、【花】の性質により能力が変わる。


【樹喰病】はきっと【花】に選ばれた印。私の首にある痣はおそらく【偽】。


【花】とは【源命樹】への捧げもの。【贄】のしるし。


 ああ、あの子は、選ばれている。


 長老達は身体から樹木や花を生やしたあの子を醜いといい、兄はあの子に毒を盛った……あの子はそれから寝たきりになった。許さない。


 そもそも【花】を喰らった罪を関係のない私やあの子が何故償うの?


 自分の体液が毒や薬になるとフルイドから聞いて何度も試行錯誤をしてついに出来上がった。これで、わたしは一族を終わらせる。


 終わった。終わったわ!でも、もうあの子の名前が思い出せない。あの子って誰かしら?忘れちゃった。でもいいわ。姉のことなんて忘れなさい。私もあなたのことなんか忘れちゃった。


「……これ、まさか……」


 読み終わったクルクは書類をナハトに返す。


「……ええ。【毒花】は【源命樹】の一族です。さらに言えばその性質が反転した【源毒樹】の【花】――まさしく【毒花】。これにより特別製の毒の危険性は跳ね上がりますが、重要なのは別の記述です」


「……【あの子】ね」


「ええ。私達は今からその人物に会いにいき、解毒薬を入手します。リヒト達はこちらの地図に記された場所にいき、神子クノスペを救出してください。そのあとは【月満ちる塔】で落ち合いましょう。場所はソアが。クルク、プロミネは念の為に私についてきてください。マトリはクルクとプロミネ、その人物の護衛を。クラージュ様は太陽聖堂に向かってください」


「わかりました……俺はクノスペを助けたい。頼むよ」


「あたしからもお願いします。クノスペは……大事な幼馴染なんです!」


 アルヒェとシュネルに「必ず」と言い残してナハト達はどこかへ転移する。


「……行こう」


 リヒト達は地図に示された場所へ向かった。



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