13話 いつか遠い世界で
ーーその日の夜明けは、悲しいほどに綺麗だった。
六花の国ネージュフィオーレ。私の、故郷。
王宮は落ち、国王の安否はわからない。
それでも、今は亡国となった王国の王女はここにいる。だからまだ国は滅びていない。研いだ剣を携えて、私は全てを取り戻しにきた。
ーーその日の夜明けは、悲しいほどに綺麗だった。
六花の国ネージュフィオーレ。ルゥマとして暮らした故郷。
僕のはじまりと終わりの場所。千の眠りにつきながら、目覚めたのちに妖精王として見守り続けていく国。
城が落ち、国王が討たれようと、王女であるクラージュがいるならばこの国は滅びていない。いつか君はきっと全てを取り戻す。
だから僕は。【ルゥマ】として君の進む未来を切り拓こう。
ーーそしていつか輪廻の先の遠い世界で、今度こそ、ふたりで。
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「クラージュ」
六花の国ネージュフィオーレが見える小さな村の宿屋のベランダ。
凍えるような朝の空気の中、明けていく世界を見つめていた。
声に振り返ると、銀色の髪を揺らしながらアルヒェが立っていた。
「アルヒェか。おはよう。長かったが……ようやく私は故郷を取り戻せるのだな」
「おはようございます、クラージュ。みんなあんまり眠れなかったみたいで、出発は早まりそうです。朝ごはんを食べて最後の作戦会議をしたら、あなたの国を取り戻しに行きましょう」
「ああ」
クラージュは頷いて拳を握り締め、食堂へ向かう。
その瞳にはもう迷いはなかった。
「じゃあ作戦の最終確認だ。クルクの召喚精霊に少し様子を見てきてもらったんだけど」
マトリは地図を広げた。
「六花の国は現在猛吹雪よ。ただ、これは精霊による国を守る一種の結界だから王女であるクラージュが六花の国に着けば解かれると思うわ」
「氷の……精霊……そういえば去り際に美しい歌声を聴いた気がする」
クルクは頷いて進める。
召喚精霊は結界を抜けられたので空から見たところ、氷属性の狼型の魔物ガルムが無数にうろついている。だが、この魔物が何かを襲う様子はない。氷漬けの城のてっぺんに氷の剣を持つ男が立っている。国王の安否は不明。
「クラージュの国を襲った奴でしょうけど、よくわからないわ。王宮を落として国を滅ぼしておき、配下にスカアハからもらったであろう魔物まで従えながら、国民を傷つける気がないみたい。クラージュは粗暴な印象と言っていたし、見た目は確かにそうなのだけど……目的は国を滅ぼすことじゃないのかも」
まあ、敵の事情なんて考えても仕方ないんだけど、とクルクは言葉を切る。
「敵の目的がわからないからやりづらくはあるのだけど、お姉さんたちの目的は明白よ。氷壁から六花の国に乗り込んで、魔物を倒しながらまっすぐ王宮へ向かい襲撃者を討つ。リヒト、王宮に乗り込むのは少数精鋭でいいわ。クラージュと貴方以外の人選は……そうね……イーシェ【真闇】の匂いを感じたからフィンスを連れて行きなさい。他のメンバーは全員で氷狼の処理を」
全員が目配せのち頷いて、氷壁へ向かった。
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六花の国ネージュフィオーレを守るように聳え立つ城。
氷壁――正式な名を氷城イエロ跡。かつての氷の王国で贄姫が捧げられた場所。
最奥の転移門から城内を進み、首都へ向かう地下道へ入る。氷壁の地下道は冷たく、暗く不気味なほどに静かだった。
「魔物がいるかと思っていたけど」
「なんか拍子抜けだよな。ま、体力を温存できると思うならいっか」
靴音だけを残して通り抜けると、荒れ狂っていた吹雪が止んだ。
「……おかえり、クラージュ」
穏やかな声にクラージュは目を見開く。
「……ルゥマ……?だがその姿は……」
目の前にいるのは見慣れない男だった。薄い薄氷の色の髪に、太陽と夜の色の瞳。
雪の結晶の刺繍の入った純白の服を身にまとい、氷の花が巻き付いた槍を手にしている。
「……今は何も聞かないで。クラージュ。君がこの王国を取り戻し、ダインを眠らせた時に全てわかるよ。だから、その時までは【ルゥマ】でいさせて」
彼の声は、震えていた。
「……ああ。共に行こう。王宮へ」
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「……待っていたぜ。王女様。そしてデスイエロの子」
焼け焦げ、崩れ落ちた王国の玉座にダインはひとり、座っていた。
「騎士団長であるあなたがなぜこのようなことを……」
クラージュは剣を抜き、その先をダインに突きつける。
ダインは口元を歪めて、笑う。
「そうだな。あえて言うなら俺はもう疲れちまったのさ。騎士団長として生きることも
国王に忠誠を誓うのにも魔物狩りの日々にも……国王は始末した。これでお前やルゥマが俺を殺す理由としては十分なはずだ」
「……ダイン!」
激昂したクラージュの渾身の突きをダインはひらりと躱す。
「おお、いい突きだ。そうじゃねえと戦いが楽しくないからな。ただ、まあその前に。王女クラージュ。いや、女王クラージュ。そして氷の精霊の子よ。お前たちにこの王国の過去を……氷の王国グレミハの真実を教えよう。お前たちに罪はない。だが、この国の民を守るお前たちは知らなければならない。忘れてはいけないんだ」
「……」
その瞳があまりにも静かで、深い影を背負い、強かったから。気圧されてクラージュは剣を下ろす。
「……感謝する。まず、前提条件だ。六花の国ネージュフィオーレは氷の神デスイエロをかつての故郷を滅ぼした悪だと思っている。これは間違いないよな」
クラージュは頷く。
「ああ。国民の大半がそう思っているだろう。氷の王国グレミハは氷の神の怒りに触れたから滅ぼされた。しかしその怒りの理由が詳しく伝わっていないため、氷の神デスイエロは気まぐれで王国を滅ぼした恐ろしい神であり、氷の精霊は子どものしつけに使われる。眷属とされるバーグはネージュフィオーレに降りてこないように【保護区】に押し込められている」
ダインはそこで言葉を切り、少し悲しそうに睫毛を伏せた。
「……結論から言おう。氷の王国グレミハは……この国で伝承として伝わってきたような楽園なんかじゃない。あそこは……暴君が支配する地獄だった。その暴君を氷の神デスイエロの協力で手に入れた氷想武器で倒したのは俺なんだよ。俺は、グレミハの眠りそこないだ。クラージュには不快かもしれないが……暴君が歴代の王女にしてきた仕打ちは――」
ダインはクラージュとルゥマに全てを告げた。
氷の王国で行われてきた罪と、なぜ氷の神デスイエロが氷の精霊になってまで国を凍らせたかを。
「……そんな……」
倒れそうになるクラージュをそっと支えるルゥマもまた、震えていた。
「……重ねていうがお前たちに罪はない。だが、ただ覚えておいて伝えていってもらいたいんだよ。そして、女王クラージュと次代の妖精王よ。こんな悲劇は二度と繰り返すな。姫は……人間は……道具なんかじゃねえんだ……ルゥマ、氷の神は確かに国を滅ぼした。国民も俺以外みんな眠りについた。だから【罪】がないとはいえない。だが、この国に伝わるような悪じゃない。それだけは、知っとけ」
「……ダインさん、あなたは……」
ダインは静かに大剣を構える。持ち主の意志によって形を変える武器の、破壊に特化した姿。
「……伝えたいことは伝えた。じゃあ殺ろうぜ。女王と妖精王」
「……ああ。六花の国を返してもらおう!ルゥマ!」
「行こう、クラージュ!」
<……煌めけ……凍てつけ……凍葬の雨を!ダイアモンドダスト!>
きらきらと輝く絶対零度の氷の雨がダインに向けて降り注ぐ。ほんの僅か動きが鈍る相手にクラージュは果敢に突きを繰り出す。
「氷煌華!」
氷を纏った剣の切っ先が、ダインの頬を薄く裂いた。
「砕氷閃」
ダインは巨大な大剣を振り回し、床にたたきつける。砕けた床の破片がクラージュの足に刺さる。
「その程度で私は止められない!ルゥマ!」
「…僕のすべての力を君に捧げよう!」
時が止まる。全てを凍てつかせる氷の力は、刹那、時さえも凍らせる。
「……フィオーレ・ネージュ!」
絶対零度の剣先が、動きを止めたダインの心臓を穿った。
「……これで、やっと……眠れる……」
再び時が動き出し全てを悟ったダインは口元に笑みを浮かべていた。
「……女王クラージュ。罪を背負わぬ王……どうか、しあわせ、に……」
「……これで、終わった」
クラージュは玉座に踵を返し、徐々に体が透き通っていくルゥマへ向けて歩いていく。
「……ありがとう、ルゥマ。……最後だから。王女でいられるのはこの時が最後だから……」
ルゥマは何も言わずに優しくクラージュを抱きしめる。
「……クラージュ。この言葉はきっと君に深い傷を残すだろう。だけど、千の眠りについて忘れてしまう前に。そして世界が僕を忘れ去る前に、伝えたい」
――愛しています。いつか遠い世界で出会えたなら。今度は共に。
「……愛している。ルゥマ。私も同じ気持ちだ。だから、傷になるとしても忘れないよ。私は生きている限り、喜んでその傷を背負うだろう」
クラージュの答えに満足したように、約束の証だけを残して、ルゥマは消える。
この瞬間、氷の王国グレミハに縁を持つものは世界から消え去った。
静かに夜が明ける。
暁の光に照らされた玉座に横たわる騎士団長に、クラージュは誓う。
「女王として、氷の王国のような悲劇は繰り返さない。私はネージュフィオーレを民の笑顔が咲く楽園にして見せる」
**
数日後、六花の国ネージュフィオーレの広場で、クラージュ女王の戴冠式が執り行われた。
ダインの持っていた氷想武器は、クラージュを主と認めたらしく共にあることを選んだ。
民たちの笑顔が溢れる中、新たなる女王はふと空を仰ぐ。
ひらりと舞い落ちた花弁は、春の訪れを告げていた。
氷に閉ざされた森の奥。次代の妖精王が眠る大樹の幹から静かに新芽は萌え出でて。
やがて訪れる雪解けの時を待ちわびる。




