10話 半竜
気まぐれだったのか、竜の血が流れている私にも愛情があったのか今となってはもうわからない。
半分の竜でしかない私は、戦い続けた私は奪うことしか出来ない。
だから奪うことで、【救った】。
そのことが生き残った彼の傷になるとしても、いずれ仇として討たれようとも。
それでも、【半竜】である彼を生かしたかった。短い間だけでも、そばにいてやりたかった。
ーー最初から最後までエゴまみれだが、叶うなら。いつかお前の手で、私をーー
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「くしゅん!」
くしゃみをひとつして、マトリは目を覚ました。誰かが噂しているのか、冷え切った部屋のせいなのか。もぞもぞと布団を被ったまま鉱石暖炉に備え付けの鉱石を投げ込むと、部屋は少しずつ暖まっていく。六花の国を目指すため北に向かうにつれて気温はどんどん下がってきていた。
「もう傷は治ったみたいだけど、聖剣をどうにかしないと……ニミュエさんは聖剣を作り直すって言っていたけど……できるのかなあ」
聖剣術士の里にいた頃の記憶はもうほとんど残っていないけれど、「聖剣は聖剣術士の魂が形をとったもの」と父親に言われた記憶はある。
だとすれば魂の一部を砕かれた今の自分はどこか虚ろなのだろう。
クルクを助けたことも、彼女を愛することにも迷いはない。彼女がエルフであることもどうだっていい。
「……そもそも俺は、どういう存在なのか……よくわからないし……」
マトリ自身は自分のことを「聖剣術が使えるだけの人間」と思っていた。それは今でも変わらないが、シェイルは「変わった味がする」と言っていたことを思い出す。
彼は月の子どもゆえ、生きるためにマナが必要だった。そのために血を飲むことはシェイルにとっては人間がいうところの食事でしかない。
「変わった味?」
「なんというか、【人間】のマナの味ではないんだ。【何か】が混ざっているんだがではその何かが何なのかと言われると全くわからない」
「……俺ってなんなんだろう」
「さあな。だけどマトリはマトリだ。それだけでいいじゃないか?」
「それもそうか」
その時はそもそも確かめる手段もないから流してしまったけれど。
「人間と何かの混ざりか。別に俺は自分がなんでもいいけれど、そのことでクルクやリヒトたちに迷惑をかけるような存在だとちょっと困るしなあ。ニミュエなら知ってるんだろうか?」
マトリがそう呟いたその時、ドアがノックされた。
「起きてるかしら、マトリ。少し話があるの」
「起きてます。入ってください、ニミュエさん」
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「単刀直入に言うわね。あなたは、過去を知る必要があるわ。あなたが何者かを知る必要があるの」
「俺もちょうど考えていました。昔、シェイルに【何か】が混ざっている人間のマナの味がすると言われたことを思い出したんです」
ニミュエは長い睫毛を伏せて、頷く。
「ええ。あなたのマナは、明らかに人間のものではない。かといってリヒトやフィンスのような【月の子ども】でも、【精霊】でも、クルクのような【妖精】でもないわ。だから、お姉さんにも、わからない。けれど、正体によっては聖剣の錬成方法が変わってくる可能性があるから知る必要があるの」
「俺も、知りたいです。もし世界に迷惑をかけるような存在なら……リヒトたちやクルクのそばにいない方がいいかもしれませんし……その意味でも知っておきたい。……意図的に記憶が改ざんされていたり、欠けているような気もするんです」
ニミュエは小さくため息をつく。
「……らしくないわね。そもそもこっちにはロキやイーサがいるのよ。世界に迷惑をかける種族や存在であろうと、力の使い方は選べるでしょう?それに、またクルクを泣かせるの?あなただって本気で彼女のことを大切に思っているのに」
「……聖剣は聖剣術士の魂らしいです。砕けてしまった今、俺には戦える力もないし……今の俺はどこか虚ろなんです。空っぽな感じが……して。いい大人がこう言うこと言っちゃダメだと思うんですけど、不安で、怖いんです」
マトリの声は震えていた。ニミュエはそっと、ティーポットとカップをどこかから呼び出し、温かい紅茶を注ぐ。
「大人だって、不安になることも怖いこともあるわ。それでいいのよ。だけど、今まであなたは不安や恐怖をあまり感じたことがなかったと言うこと?里が滅びていて唯一の生き残りと聞いたけれど……」
マトリは少し考え込む。
「……里が滅びた日のことは覚えているんです。だけど思えば怒りや悲しみの感情がついてきていない気がします。むしろ……【救われた】ような気さえするような?でも、それっておかしいですよね?目の前で里が滅びて自分が唯一生き残って【救われた】だなんて。だから、記憶が欠けたり改竄されてるのかもって思ってるんです」
「【救われた】……?聖剣術士の里であなたが酷い仕打ちを受けていたとするならありえない話ではないけれど……え、マーリン?クルクを呼んで欲しい……?彼女ならわかるかもしれない?……わかったわ。ちょっと待っていて」
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「マトリの正体?……そうね、今の半エルフとして覚醒した私ならわかるわ」
「そ、そんなあっさりわかるんだ?」
ニミュエに呼ばれてきたクルクはマトリの手をぎゅっと握るなり、「わかる」と言った。マトリは信じられないといった様子で彼女を見つめている。
「……【竜】よ。あなたは半分の竜なの」
「……【竜】って神話の中の存在じゃ……」
「……【妖精】だってそうだわ。私たちは神話の中の存在の血を半分引く同士ってこと。【妖精】は【竜】のことをよく知っている。この世界から姿を消した理由もね」
睫毛を伏せるクルクはいつもよりひどく大人びて見えた。
「……【竜】は人間より強く、彼らを見下していた。だから悪とされる竜は無差別に人を襲っていたわ。だけど、そんな【竜】ばかりではない。人間や妖精を守りたいと願った優しい【竜】もいた。その【竜】はね、人間に悪竜に対抗する力を与えたいと願い、そして人間の女性を心から愛していたの。ふたりは結ばれて、【半竜】が生まれた。【妖精】は悪【竜】を殺すための武器を作り上げた。【半竜】はそれを用いてこの世界にいた悪【竜】を狩り尽くした。【竜】は人間の世界に干渉しないように、別の世界に去ったと言われているわ。その時に【半竜】も【竜殺しの聖剣】もこの世界に残った。おそらくそれが……」
「聖剣術士の一族……ってことだね。聖剣は本来、【竜】を倒すためのものだったんだ……そっか……【半竜】……なんだ……。あれ、でも……そのはじめの【半竜】の子孫が【聖剣術士】の一族として、本当に悪【竜】が狩り尽くされたのなら」
ーー聖剣術士はその聖剣で何を狩っていた?
声が、聴こえる。
ーー竜は悪だ!優しい竜などいない。全ての竜はことごとく滅びよ!
ーーすまない、必ず、迎えにいく……
ーー子どもの血で武器の量産には成功した。用無しでも生贄にはなるだろう。それにおそらくおびき出せるはずだ。原初の【半竜】を……
「っあ……!」
痛い。頭が痛い。体が痛い。記憶がこじ開けられて、溢れ出す。
「やめて……嫌だ……助けて……父様……」
「マトリ?まさか、記憶が……」
「嫌だ……ぼくがいるから、父様が……殺される……嫌だ……終わりにして、ぼくを……」
ーーころ、して。
「大丈夫よ。そんなことさせないわ」
クルクは震えているマトリを優しく抱きしめる。
「……人間は、嫌いだ。酷いことと痛いことばかりする……」
「私は【妖精】よ。安心して。ねえ、あなたの本当の名前を教えて。お父様からもらった大切な名前を……私も本当の名前を教えるから、ふたりで悪いやつをやっつけてやりましょう?」
「……アルスヴィド」
「私はファグルリミ」
空間が揺れ、ふたりの頭上に淡い光が集まっていく。やがてそれは一本の剣の形をとった。
「……嘘……聖剣ってこうやって生まれるの……?マーリンから聞いた方法とも伝承とも全く違う……」
澄んだ青の刀身に、竜の翼。柔らかく絡まるエルフの象徴である花と蔓。
「……大切な名前を預けてくれた君を守るよ。竜の血と誇りにかけて」
「……大切な名前を預けてくれたあなたの力になるわ。妖精の血と大星樹にかけて」
マトリはそっとクルクに誓いの証にキスを落とす。
誓いは聖剣の形をとって、ふわふわとマトリのそばに舞い降りた。
「……全部、思い出した。あの里で受けていた仕打ちも自分が【半竜】であることも、そしてあの日に里から連れ出してある時まで一緒にいてくれた【父様】のことも……」
顔は思い出せない。だけど、独りで旅をする前に里から連れ出してくれた男がいた。
どうしてその記憶が封じられていたのかはわからないけれど。
正気を取り戻したマトリはそっと聖剣を手に取る。
「ありがとう、クルク。記憶が急に戻ったから取り乱してごめん。もう大丈夫だから……その、心配ばかりかけてごめん……」
クルクは首を横に振る。
「謝らなくていいわ。それより本当の名前で呼ばなくていいの?今の名前、聖剣術士の里の長につけられたんでしょ?嫌じゃない?」
マトリは少し考えて、
「嫌じゃないよ。この名前で生きてきた方が長いし。だけど、ふたりっきりの時だけは本当の名前で呼び合おうか」
「……賛成。いいわね、秘密の名前。特別な感じがして」
マトリとクルクは笑い合う。この日にふたりは正式に魂の結びついたパートナーになった。そう、わかりやすく人間の言い方でたとえるならば【結婚】したのだった。
「クルクが大人になったら結婚式はもちろん、世界旅行に行こうか。俺が見てきた素敵な景色を二人で見たいんだ」
「それは素敵ね。ついでにその地域の薬草とかも探せたらいいわね」
「あとは各地のスイーツめぐりだね。そんな未来を見れるように頑張らないと」
マトリは聖剣を腰につける。馴染んでくれば必要な時にだけ形を取れるようになるらしい。
「そういえば、聖剣が作られた時に、この指輪も同時に作られたみたいね。マトリの薬指にも嵌ってるみたい。人間でいうところの……け、結婚指輪ってとこかしら」
少し顔を赤くするクルクを見て、マトリはそっと頭を撫でる。
そんなふたりをニミュエは優しい目で見つめていた。




