9話 少女の願い
ーーずっと、ずっと思っていた。
私は人とはどこかが違う。
「飛び級の才女だって」「大学始まって以来の快挙だって」
「クルク、貴方の研究により鉱石魔術の精度や強度は飛躍的に高まりました」
渡された勲章。認められたという気持ちも、嬉しいという気持ちも湧いては来ない。私はただ私が求めるもののために研究をしているだけ。評価も名誉もただの副産物。
ーーそれに。
誰ひとり私は。救いたかった人を救えなかった。
だから、探し続ける。いつか、手が届くように。
もしも、また大切な人に出会ったなら今度こそ私は……
**
「クルクちゃん、ちょっといいかしら」
「ニミュエ」
習慣である朝の読書の最中に声をかけられて、クルクは栞を挟んで本を読む手を止めた。
「読書の邪魔をしたならごめんなさいね。でも、これはとても大事な話なの」
「……マトリの剣に関わる話?」
ニミュエは少し考えて、
「そうでもあるし、そうでもないわね。単刀直入に言うわ。クルク、あなたの両親について教えてもらえるかしら」
「……私は母親の顔を知らないわ。大学に入るまでは……ずっと父とふたりで生きてきたの」
物心がついた頃には既に母はいなかった。父親からは「とても綺麗な人だった」とだけ聞いている。母は優しく、でもひどく病弱で私を産んですぐ亡くなったらしい。だから私は母の顔を知らないし、母の記憶は何もない。
「父親は植物学者だったわ」
幼い頃から父のフィールドワークに付き合って色々な場所を巡り、植物について知識を得た。しかし、あるフィールドワークの後で父親は体調を崩して旅を続けられなくなった。クルクは父の知り合いの助けも借りて、小さな薬草店を開いた。
「本当はもっと父のそばにいてあげたかったけれど、治療に使う薬草は毎日取りに行く必要があったのよ」
ある日、クルクが森に行くと、不思議な生き物に出会った。
猫の着ぐるみのようなフードに、大きくてもふもふのしっぽ。それでいて、フードに包まれている姿は鳥。二足歩行の、鳥。
「あんたは……?」
その鳥のような何かはくえ、と鳴いてクルクについてくるように促す。
森を抜けると海岸沿いに小高い丘があり、そこには美しく青い花が咲いていた。
「……見たことない、花。でもすごく綺麗だし薬にも使えるかもしれない」
「……ロスマリヌス」
急に声がして驚いたクルクは花の下の地面に目をやる。そこには青い体にベールを身に纏ったやはり鳥のような不思議な生き物がいた。
「この花はロスマリヌスっていうの?」
「ええ、そうです。あなたには私たちが見えるのですね。私たちは大星樹の瞳。人間に寄り添い、人間を愛するもの。この世界でいうならば【花精霊】」
「……【花精霊】……そんな存在がいるのね……」
この世界、人間界ジェンティアと精霊界ソウル・エームは基本的には隔たれているが、事故や、境目が揺らぐときにソウル・エームの存在がこちらに降ってくることがあるとは神話で言い伝えられている。
「厳密に言えば私たちは精霊界由来の存在ではありません。この世界が分かれる前から私たちはこの世界で生きてきた。雪ひよこも似たようなものです。こちらの世界には二足歩行の鳥はいますか?」
クルクは少し考えて、
「見たことないわね。世界は広いしどこか北の方にはいるかも。雪ひよこの卵は高級品で有名だから名前だけは。とりあえずあなたたちは鳥の【花精霊】なのね?」
ロスマリヌスの花に宿る精霊はぺこっと頷く。
「言いづらいわ。【花宿鳥】とかでいいかしら。あなたたちは植物には詳しい?」
「もちろんです。あなたは薬師でしょう?でしたらとりあえずロスマリヌスを折って持って帰りなさい。ロスマリヌスを花瓶に刺して水を入れて根が出たら土に植えて。そこからあなたのおともが生まれるでしょう。ネコヤナギはあなたに懐いたようですね」
「ぺにゃー」
ネコヤナギの【花宿鳥】は不思議な声で鳴いた。
「【花宿鳥】はいつもあなたたちのそばにいます。すべての人が見えるわけではないですが、それでも。どうか忘れないで。私たちは人と共に笑い、泣き、怒り、喜ぶのです……クルク、あなたに加護と祝福を。決してひとりではありませんよ……」
ロスマリヌスの【花宿鳥】はそう言い残して消えた。
「名前が必要ね。プシアでいいかしら。よろしくね」
「ぺにゃん!」
肩にプシアを乗せ、ロスマリヌスの枝を持って家に帰った。
「おや、クルクも会ったんだね」
「父さんも会ったの?あの不思議な鳥に」
「ああ、一度だけだけどね。母さんはよく会っていたらしい。彼らは人を愛した神さまの瞳だと。人知れずずっとそばに寄り添ってくれていて、植物を育てたりもしてくれる。薬草を育て、薬を作るにはとても心強いパートナーだ。仲良く……するんだよ」
クルクの父の言葉はそこで途絶え、代わりに穏やかな寝息が聞こえる。
「……おやすみなさい」
クルクは静かに部屋を出て自室へ戻る。
最近、父が起きている時間は減り続けている。原因不明の未知の病。
「私は諦めないわ。薬を作ってみせるんだから……プシア、力を貸して」
「ぺにゃっ!」
ロスマリヌスの枝はすぐに根付き、クルクの家の中庭にもロスマリヌスの【花宿鳥】が住み着いた。
【花宿鳥】はクルクに協力的で、薬草と毒草について、薬としての使い方、料理する方法、育て方など全てを教えてくれた。彼女はそれらを書き残し、たくさんの薬を作った。
だが、父の病を治せる薬は、結局作れなかった。
穏やかな春の日に、眠るようにクルクの父は逝った。
夜にはクルクの心を映したように雨が降り出す。彼女はこの夜独りになった。それでも彼女にはプシアや【花宿鳥】たちが寄り添い続け、薬師として頑張るクルクを父の知り合いも、街の人も応援してくれた。
そして、一年が経った頃、クルクに一通の手紙が届く。
クルク様
あなたの薬によって多くの人が救われたと聞いています。
サヴィドゥリーア大学は貴方の才能を必要としています。
つきましては無償での入学試験の機会を提供します。
どうぞ、ご検討くださいますようよろしくお願いします
「サヴィドゥリーア大学……」
サヴィドゥリーア大学には世界最高峰の設備と蔵書が揃っていると聞く。
「どのみち、ここにいても何も変わらないわ。サヴィドゥリーアを拠点に各地に足を伸ばせばまだ見ぬ薬草も手に入るでしょう」
クルクは迷わずに試験を受け、サヴィドゥリーアに移り住み、やがてリヒトたちと出会い、今ここにいる。
「……これが私の生い立ち」
ニミュエは何かを確信したように頷く。
「クルク。あなたには人間ではないものの血が流れているわ」
「……そうね。きっとそうだと思うわ。【花宿鳥】に会った人なんて出会ったことないから。だけど、なんの種族だというの?ドライアードのプロミネとは違う感じがしたわ」
「……【妖精】エルフよ。あなたの母親はおそらく、【華妖精】フローラ」
「……エルフ?神話やお伽話でしか聞いたことがないわ。ソウル・エームでも見なかったし……」
「……私の恋人。マーリンは【妖精】エルフたちと親しかった。私はそもそも【湖の妖精】だしね……ただ、今は妖精王様が代替わりの後、行方不明だと聞くけれど」
「……なるほどね。魔法に長けて賢く、植物に由来する。そんな存在なら【花宿鳥】も精霊契約もできるでしょうね。そう。私、半分エルフだったんだ」
クルクはどこか腑に落ちたように頷く。
「驚かないのね」
「昔からずっと周りと違うって思ってたわ。だから私は、マトリの聖剣を作り直せるんでしょ?だけど、そうだとしたら私は嫌われちゃうかしら。……伝承によれば私は……とてつもなく長い時間を生きることになる」
「……厳密にいうと半妖精は前例がないの。だから長いのか極端に短いのかお姉さんにはわからない。だけどね、どうか大切な人のそばにいることを諦めてしまわないで。長く生きられる同士でも……喪ってしまうことはあるの。たとえ同じ時間を生きられないとしても、あなたが覚えている限り、その人はそばにいるのよ」
「……そうね。プシアも……いるわ。初めの子ではないけれど、何度も種から孵ってずっと……出てきていいよ、プシア」
「ぺにゃっ!」
クルクはぎゅっとプシアを抱きしめた。
「ごめんね。あなたは私から離れないから、ずっと姿を隠してもらってたけど。もう大丈夫。プシア、私、大切な人に大切なことを伝えに行くから、そばにいて」
「ぺにゃん」
**
「そっか。クルクは半分エルフなんだ」
「ず、ずいぶんあっさりね」
マトリはそっとクルクの頭を撫でる。
「だって、クルクはクルクだし。何にも変わらないよ。大切なのも、そばにいたい、離れたくないって思いも。クルクの長い人生の一ページにでもなれたらいいな」
「……うん。私は私。それは死ぬまで変わらないわ。……心配して損した。まあ、私はマトリのそういう部分に惹かれたんだけど」
「はは。クルクが大人になったら一緒に薬屋を開くんだ。たくさんの人を笑顔にして、それを見て笑顔になる。それって絶対幸せで素敵で楽しいよ」
「そうね。そうしましょう。私、やっぱり植物が好き。【花宿鳥】たちが好き」
「【花宿鳥】ってその肩に乗ってる猫みたいな鳥?」
マトリの言葉にクルクは息を呑む。
「見えるの……?この子が見えるの?」
「うん。見える。可愛くて、優しい感じだね。名前は?」
「プシアよ」
「よろしく、プシア」
「ぺにゃ!」
プシアはマトリの頭に飛び乗り、一声鳴いた。
「……今まで見える人、いなかったの。だから、自分以外で初めてなの。【花宿鳥】が見える人……それがマトリでよかった」
「こら、尻尾がくすぐったいって……ははっ」
私は願う。
彼とともに生きる未来を。
だから、必ず彼のためだけの聖剣を造る。
あなたが私を助けてくれたから、今度は私があなたの光になる。




