5話 聖夜祭
「すごい、街中がきらきらしてる」
「これが、聖夜祭っていうものなんだね。綺麗。それにすごくみんな楽しそう」
クノスペが新たな太陽聖堂の神子となって、三日後。
ジェンティアは聖夜祭を迎えていた。聖夜祭は大陽の女神ミトラと暁の緋鳥<フェニックス>の生誕を祝う太陽聖堂の最大の祭りで世界から総ての争いがなくなる日だと言われている。例え争っていてもこの日だけは停戦する習わしだ。スカアハもシュリも人間界ジェンティアのこの風習を受け入れたため、精霊戦争の最中ではあるが世界は束の間の平和を享受していた。
「そうか、兄さんは初めてなんだね聖夜祭」
「フィンスは違うの?」
きょとんとした顔でリヒトがフィンスに聞き返す。
「うん。月の揺籃でも聖夜祭はごちそうが食べられて、プレゼントを貰える日だったから」
そういうフィンスは珍しく少し嬉しそうだった。
「特級トマーテジュースが美味しくてね。今でもあの味は忘れられない」
「特級トマーテジュースか…………どんな味がするんだろ」
そう言うリヒトに、
「今日はプレゼントを贈り合う日だから誰かから貰えるかもしれないよ?」
「本当!?」
リヒトの瞳はきらきらと輝き、普段より明らかにはしゃいでいる。
そんなふたりを少し離れた場所からシュネルとアルヒェが優しい瞳で見つめていた。
「ふふ、リヒトもフィンスもなんだかとても嬉しそう」
「よく笑うようになったよな。ふたりとも」
「それはそうとアルヒェ、そろそろ出番だったか?」
アルヒェははい、と答えて羽織っていたケープを外す。ケープの下から現れたのは緋鳥の羽を模した飾りのついた紅白のドレス。 胸元は大きく開いているがいやらしさはない。胸元にはシュネルから贈られた契約の印のネックレスが輝いている。
「似合いますか?」
「ああ、とっても。しっかし、何で俺まで式典に出るハメに」
堅っ苦しいのは苦手なんだよな、とシュネルは小さくぼやく。
「シュネルも似合ってます。それにあたし、知ってるんですよ?シュネルが実は歌、上手だって」
アルヒェはにっこり笑うと手を差し出す。
「さあ、行きましょう」
「仕方ない、俺も男だ。腹くくるか」
シュネルはそう言うとアルヒェの手を取る。ふたりは手を繋いだままで、式典の会場へと歩いて行った。
「うーん。聖夜祭限定のお菓子はどれも美味しいね、クルク」
「そうね。シュトーレン、パネトーネ、ジンジャーマンクッキー、サンタソフト、サンタパフェ…………」
式典が見えるカフェの屋外テーブルに座り、マトリとクルクは街中から買い集めてきたお菓子を食べていた。
聖夜祭はジェンティア最大の祭りだけあり、出店の数も多い。更にこの時期だけの各地の伝統菓子が存在していて、太陽聖堂のある聖都イグレシアにはそれらが大集合、というわけだ。
「聖夜祭ってことはもうすぐ新年か」
「そういえばそうね。色々バタバタしててすっかり忘れてたけど」
ジェンティアの新年は現実世界でいう1月1日であり、その日に「書初め」を行う地方もあるらしい。基本的には家族でのんびり過ごす日という認識で、騒ぐ事は無い。聖都イグレシアでは「年迎えの儀」が行われ、神子が新年の初まりを告げて、太陽聖堂の聖鐘を鳴らす。その鐘の音を聞き、または昇ってくる朝日に祈りを捧げ、ジェンティアではまた新たな一年が始まる。
「来年はいい年に、というのも無理だろうけどね」
マトリはそう言って溜め息をつく。
「精霊戦争は恐らく激化する…………だからこそ頑張るしかないわけだけど。早いとこ戦争なんて終わらせてのんびりしたいわ」
クルクの言葉にマトリは頷く。
「そうだね、頑張らないと。でもとりあえず今は」
「!?」
マトリはそう言うとクルクの口の中にチョコをぽいっと放り込む。
「今だけは、思いっきり聖夜祭を楽しみたいかな」
「うーん落ち着かない。人多すぎ!」
「ボクも。こんなにたくさん人間見たの久しぶりだし」
「まあな。似たようなもんだ」
「でも本当カップルが多いわねーあ、お姉さん少し席を外すわね。大丈夫、アルヒェちゃんたちの出番には帰ってくるから!」
ニミュエはそう言うと代金を置いて、プロミネ、イーサ、ロキを置いてカフェを後にする。
「とりあえず何か頼むか」
「あたし、ベリーパフェの聖夜祭スペシャル!」
「ボクはシュトーレンとパネトーネとフォンダンショコラと、」
「待て!ニミュエの置いていった料金を考えて頼め!」
**
その頃ソウルエームのニミュエの家の近くの湖に、彼女はひとり佇んでいた。その手に白い花環、ソウルエームで死者への手向けとされる花で作られたもの、を携えて。
「聖夜祭はカップルばかりで寂しくなってしまったから、逢いに来ちゃった」
ニミュエが小さく呪文を唱えると湖が割れ、水底に置かれた水晶の棺がその姿を現した。その中には銀色の髪を持つ青年がただ、眠っていた。ニミュエは小さく呪文を唱え、水晶の棺の蓋をすり抜けたその腕で白い花環を彼に贈った。
「久しぶりね、マーリン。世界は、貴方の危惧していた通りになってしまったわ…………」
ニミュエは悲しそうに呟き、そして彼に全てを告げた。
精霊の女王の崩御、闇の女王の復活、そして新たな女王の即位と精霊戦争の開戦を。
「わたしはシュリを、リヒトたちを信じている。そして貴方を。だから貴方も夢を通じて力を貸して」
(わかったよ、ニミュエ。大丈夫、私はずっと君の傍にいるから)
「え?」
ニミュエは優しい声を聞いた気がして、もう一度彼を見る。
「…………空耳よね。貴方がもう目を覚ます事はないのだから…………だって…………わたしが」
ニミュエはそう悲しげに呟くと棺に踵を返す。
魔法の解けた湖は何事もなかったかのようにただ、静かに暮れゆく空を映していた。
**
世界は静かに暮れていく。とはいっても聖夜祭は夜になってからが本番だ。街中の樹につけられた鉱石を利用した電飾が色とりどりの光を放ち柔らかな蝋燭の光に彩られた道は、昼間とはうって変わって幻想的な雰囲気を漂わせている。人々は賑やかに聖夜祭を祝い、歌声と笑い声が街中で響いている。式典の会場の中心には聖炎が灯され、広場を柔らかい光で満たしていた。
「只今より、聖夜祭の式典を開催致します。神子様、こちらへ」
「はい」
小さく返事をして、太陽聖堂の最高精霊フェニックスを模した緋色の法衣に身を包んだクノスペが舞台の中心に進み出る。
その姿を見た観衆からはわあっ と歓声が上がった。
「ジェンティアの皆さんこんばんは。この度新たな神子となりました、クノスペと申します。まだ新米で色々と未熟な点も 多いかとは思いますが、精一杯この世界のために尽くしていこうと思います。皆さんに緋鳥の加護のあらん事を」
「それでは、式典の始まりです!」
クノスペの合図で後ろに控えた楽団が一斉に演奏を始める。賑やかな音楽が流れ始め、広場にいた子供たちの顔がぱあっと明るくなった。
「みんな、すっごく楽しそう!」
曲の演奏が三曲目に移り、曲調が静かなものに変わる。すると舞台の中心にアルヒェとシュネルが手を繋いで現れた。
「すべての人へ、歌声に乗せて光を」
「すべての人へ、歌声に乗せて愛を」
アルヒェの唇から澄んだ歌が紡がれる。それを追いかけるようにシュネルも歌う。
世界が輝くこんな夜には 貴方の傍で優しい歌を
世界が煌めくこんな夜には 愛する人へと想いを贈ろう
ほら、世界が煌めきだす
みんなの笑顔で 貴方の笑顔で
白い雪は 空からの祝福
世界から あなたへ贈る奇跡
さあ、おやすみ 貴方が眠るまで
紡ぎ続けるわ 優しい歌を
願うことはただひとつ 明日も君のいる世界が続きますように
**
「聖夜祭……まさかこの目で見れるなんて思わなかったわ」
「そうだね。綺麗な歌だった。そして、リアン。君が傍にいてくれるのも嬉しいよ」
公園から少し離れた場所で、聖夜祭限定スイーツを片手に夜に溶けてしまいそうな髪の女と夜と雪が混ざった髪の男が寄り添っていた。
「もう、クロワったら」
「今日は世界中が愛に包まれる日らしいからね……今日ぐらいは精霊も人間も敵も味方も……つかの間の平和な時を過ごしても、いいと思うんだ」
「そうね。この夜が明ければまた争いは始まる。だけど、今日だけは」
リアンはそう言うとクロワを引き寄せ、唇を重ねる。
(温かい……クロワは……本当に生きている)
リアンの瞳から一筋の涙がこぼれた。本来なら彼はもうこの世にはいない。こうして聖夜祭を見ることは、本来なら決してできなかったことだ。
(世界の理に背いたことが……悲劇を呼ぶのかもしれないけれど……それでも……)
「クロワ。私は幸せよ。今、とても幸せ……こうして貴方の体温を感じていられるのだから……」
「リアン。僕もだよ……外は冷えてしまう。宿に戻ろう?僕ももっと……君を感じたいから」
(これが所詮仮初の幸せだとしても。だとしたら尚更、幸せな思い出を苦しみ続けてきた……今も苦しんでいるだろう君へ遺そう)
ふたりの手がそっと繋がり、優しい鎖へと変わる。
ふたりの歩いていく道を、世界はただ優しく照らしていた。
その頃、華やかな街の片隅にひとりの少女が疲れ果てたように座り込んだ。
紫の髪は乱れ、服はあちこち薄く避け、あちこちに傷があった。その姿は聖夜祭の雰囲気には全くそぐわなかった。
「……どうされましたか?」
たまたま休憩中だったクノスぺが少女を見つけて声をかける。
「……その姿……緋鳥の神子殿か……私はクラージュという……」
クラージュと名乗った少女は立ち上がろうとして大きくよろめく。
「無理はしないで。訳ありのようですが、とりあえずまずは傷を治療いたしましょう。腕につかまってください」
「し、しかし私はこのように傷だらけで、法衣を汚してしまうのは……」
「洗えば大丈夫ですよ。お気遣いありがとうございます。だけど、貴方の方が心配です」
「すまない……」
クラージュは心底申し訳なさそうに謝ると、クノスぺの腕を掴んだ。
「話したくないことは話さなくて構いません。僕もこう見えて、話せない過去の持ち主ですから」
「……ありがとうございます」
クノスぺはクラージュを太陽聖堂内の医務室に送り届けた後、再び式典の会場へ戻っていった。
「はい、これで大丈夫ですよ」
「ありがとうございます。しかし、私には今は何も払えるものが……」
クノスぺの言葉に、医務室の女性は笑って答える。
「そんなものはいりませんよ。怪我をした人がいるなら助ける。それが私たちの役目ですから。先代の神子様の時代からそうでしたが、クノスぺ様が神子になってから、更にその役目を果たしやすくなりました」
「本当にお優しい方なのだな」
「ええ。本当に。過去にはいろいろ苦労され、人に言えないようなこともあったと風の噂で聞きましたが、だからこそ、人の痛みがわかるのでしょうね。私たちは皆、あの方を誇りに思っています。そして、少しでも支えになれればと思うのですよ」
(私は……どうだったのだろうか……)
クノスぺはぎゅっと拳を握る。
「あなたもそんな悲しい顔をしていてはダメよ。今日は聖夜祭だから特にね。あなたが訳ありなのはわかるわ。だけどね、今日だけは笑いましょう?」
世界は今、精霊戦争の渦中にある。それが休戦されるのは、今日だけだから。
「そして世界に、『祝福の雪』にお願いするの。聖夜祭のお願いはかなりの確率で実現するって言われてるわ」
「そうか。では、私も笑って、願いをかけるとしよう」
クラージュはそう言うと窓の外の雪に願いをかける。
(どうか、ルゥマ……生きている彼と再び再会できますように……)
窓の外で、「祝福の雪」は降り続く。
たくさんの名も無き者の願いを乗せて、ただ優しく、そして残酷に夜は更けてゆく。




