4話 堕ちた聖女
(今でも、よくわからない。どうしてただの村娘のあたしが緋の聖女に選ばれたのか)
豪奢な緋色のドレスを纏い、鞭を振り回してリヒト達と戦いながらアスセナはこれまでのことを思い出す。 その中には自分が出会って以来、憎み続けて来た女の姿もあった。
アルヒェ。大陽聖堂で女神ミトラと共に最高精霊とされるフェニックスが宿るヒンメルファルトを持つ存在。 自分とは正反対の優しくて美しくて、そして気高い女。
「アスセナ様、退いて下さい。今ならまだ間に合います!」
「何を馬鹿なことを!」
力任せに振るった鞭の一撃は、炎の盾に簡単に弾かれた。
「ちっ」
――本当に愚かで、純粋。だからこそあたしは簡単にこの女を消せると思った。
しかし、銀月の騎士のひとりであるコーアを送りこんだものの彼女はアルヒェと親友になり、「心喰らい」の時に彼女を庇った。 このことで彼女がコーアを事実上殺したことで彼女を罪に問うことはできるようになった。 そしてノナと手を組んでこうして公開処刑までこぎつけたものの、結局は。
「がら空きだな」
「っ!」
フェニックスを宿した男に助けられ、契約を結び、フェニックスも民衆も彼女こそ真の「緋の聖女」だと確信している。 本当にあの女は正反対だ。あたしにないもの全てを持っている……
<縛れ!黒翼鳥籠!>
<其は凍てつく氷の檻……永久に眠れ!コフィンリオート!>
フィンスの闇属性スペルとニミュエの氷属性スペルが発動し、舞い散る黒い羽と地面から伸びた氷がアスセナの動きを完全に封じた。
「降参して下さい。アスセナ様」
その瞳に少しだけ寂しげな色をたたえて、アルヒェはアスセナを見据える。
「……わかってたわ。初めからわかってたわよ!あたしなんて聖女の器じゃないってことぐらい!あんたの方が聖女の器よ! 敵に情けなんてかけられるぐらいだもの。優しくて綺麗で、人を惹き付ける……でも、だからこそ……絶対にあんたの言葉になんて従わない!」
アスセナは吐き捨てるようにそういうとポケットから小さな針を取り出し、自らの腕に刺した。
「……ふふ……くくく……あはははははははははは!」
その様子を見ていたイーサがぼそっと呟く。
「……毒の……匂い……」
「貴方の勝ちよ……さようなら……アルヒェ……さようなら……大嫌いだったこの世界……」
アスセナは歌うようにそう言って両手を天に翳す。するとその背から毒々しい色の蝶の羽根が生え、黒い百合の冠を頂く異形へと姿を変えた。
「人為的な心喰らい……つまりあれはノナの毒だ!」
「アスセナ……様……」
呆然としてその様子を見つめるアルヒェの肩にシュネルの手がそっと触れる。
「アルヒェ……あいつを、救ってやろう」
「アルヒェ。大丈夫。今度は僕もいる……ひとりで抱え込まなくていいんだよ」
クノスペも彼女を守るようにシュネルの反対側に立った。
「はい……!」
アルヒェもヒンメルファルトをその手でしっかり握り直し、構えた。
「フェニックス!聞こえるよな。どうすればいい?」
<私の浄化の炎を使うのだ。三人で精霊歌を紡げ!>
「精霊歌?だけど僕、そんなものを聞いた覚えは」
フェニックスの言葉にクノスペは戸惑った様子で問い返す。
<大丈夫だ。今なら自然に溢れ出してくるだろう。さあ、謳え!>
「よくわかんねーけど……やってみる!」
シュネルは大きく息を吸い込むと始めの旋律を紡いだ。
<Ew An Epoh Nwad 我ら黎明を願う者>
<Ew An Epoh Terger Gniw 我ら気高き翼を願う者>
続いてクノスペが旋律を紡ぐ。
<En An Epoh Wonk OM Erif 燃え上がれ 白の炎!>
最後にアルヒェがふたりに加わった。 同時に白い炎がどこからか立ちのぼり、異形と化したアスセナの身体を包み込む。 白の炎に灼かれて、毒々しい色の羽根が燃え落ちて行く。
<Wonk OM Erif Uoy OM Ediug 白の炎よ 導きとなり>
<Luos Pool Sisohcyspmetem 魂巡る輪廻の果てへ>
<Wen Dlrow Thgil OW Evil 新たな世界で光を生きよ!>
白の炎が天高く燃え上がり、そして消えた。後には何一つ残ってはいなかった。
「アスセナ様……どうか新たな世界では笑っていてください……」
アルヒェは炎が消えた後の地面に向けて、そう小さく呟き祈りを捧げた。
**
少しして民衆が再び広場に戻ってくると、シュネルの姿をしたフェニックスが民衆に向けてこう宣言した。
「民よ。我が名はフェニックス。訳あって今はこの青年の身体に宿っている。偽りの緋の聖女、アスセナは天へ還った。 ここにいるアルヒェこそが真の緋の聖女だ」
この言葉に、民衆は彼の隣に佇むアルヒェを見た。緋色のドレスが彼女の銀色の髪をより美しく見せている。
「しかし、我が宿っているこの青年も、そしてアルヒェも残念ながらこの大陽聖堂に留まっていることはできない。 精霊戦争が始まったことはこの世界の民も知っているだろう。我らはそれを終わらせるべく旅をしなければならないのだ」
フェニックスの言葉に民衆から不安そうな声が漏れる。
「……そこで、私は新たなる神子を決めようと思う。元々大陽聖堂の緋鳥の神子は女子であるという決まりはない。 ……クノスペ。こちらへ」
フェニックスに手招きされ、驚いた様子でクノスペが広場の中央へ進み出る。
「この者はクノスペという。長年自らの身を犠牲にしてまでもこの青年、緋の騎士シュネルと緋の聖女アルヒェを護り続けた者だ。 強くて誰よりも優しい子。そして私の声を聞くことも出来る。彼を暁の緋鳥の名において、大陽聖堂の神子とする!」
わあっと歓声が起こり、温かい声援がクノスペに向けられた。
「クノスペ様!」
「新たなる神子の誕生だ!」
「早く記者を呼べ!号外だー!」
「……僕は神子としてはまだ未熟で正直何もわかりません。ですが、これより多くを学び民のために出来る限りのことをすると誓いましょう」
クノスペはそう力強く言って、アルヒェとフェニックスを振り返る。
「大丈夫。大陽聖堂は僕が引き継ぐから。だからシュネルとアルヒェはやるべきことを果たして。そして無事に帰って来てね」
「はい。お願いしますね。クノスペ」
「では、クノスペ様、こちらへ」
うやうやしく手を引かれながら、クノスペは大陽聖堂の中へ消えて行く。 民衆も広場を後にして、それぞれの家へ戻って行く。
それを見届けた後、
「シュネル!?」
どさっと音がして、シュネルはその場に倒れた。
**
「ニミュエ、シュネルの様子は?」
リヒトの問いにニミュエは首を横に振る。
「……シュネルちゃんはちょっと無理しすぎちゃったようね……本来は人は精霊と同化なんてできないのに……マナの消耗が酷いわ」
「そんな……!」
やっと、巡り会えたというのに。やっと思いが通じたというのに。 彼を失う恐怖と不安でアルヒェの顔は青ざめ、肩がかたかたと震えだす。
「……なーんてね。方法があるから大丈夫よ。でもマナの消耗が酷いのは本当。急がないとまずいわね」
「方法?そ、それを早く教えて下さい」
急かすようなアルヒェをそっと抱き寄せて、ニミュエは耳元で囁いた。
「ふふ、そんなに焦るってことは本当に彼のことが好きなのね。じゃあ、目覚めのキスを彼にしてあげなさいな」
「は、はい!」
方法がわかったアルヒェはぱたぱたとシュネルの寝ている部屋へと駆けて行った。
「ふふ。青春っていいわねえ」
そんな姿を見ながら心底嬉しそうに、優しい眼差しでニミュエは微笑んだ。
**
月明かりが差し込む部屋。そのベッドの上でシュネルはその瞳を閉じていた。 時折胸が上下するので、彼が呼吸をしているのだとかろうじてわかる。 顔色はいつもよりかなり青ざめており、いつもの彼からは想像もできないぐらいに弱々しく見えた。
「シュネル……」
アルヒェはいつもよりひんやりとした彼の右手を両手で包み込むようにして握る。
「貴方は本当に無茶ばかりするんだから……」
呆れたように、でも優しい声でそう呟いてからアルヒェはシュネルの顔に自らの顔をゆっくりと近づけていく。
「物語では目覚めのキスをされるのはお姫様なんですけどね」
そしてその唇が、シュネルの唇にそっと触れた。
(柔らかくて……温かい……)
シュネルはアルヒェの唇が触れた時、その感触と、それとは別に温かいものが自分の中に流れ込んで来るのを感じていた。
(そして優しい何かが流れ込んでくる……身体の奥が熱くて、力が湧いてくる……)
「ん……」
やがて目を覚ましたシュネルは、その目をゆっくりと開き、身体を起こして
「!?」
声にならない叫びを上げた。
シュネルが目を覚ましたことを確認したアルヒェはゆっくりと唇を離し、代わりに彼の胸に顔をうずめた。
「あ……アルヒェ?」
「良かった……本当にっ……」
アルヒェの目から大粒の涙が落ちる。
「……ごめん」
シュネルはそんな彼女の泣き顔を見ないように、彼女の身体をそっと抱きしめた。
「……怖かった。貴方がいなくなったらってすごく怖くて……あたし……」
「大丈夫だよ。もう、どこにもいかないから」
シュネルはそう言ってアルヒェに短いキスを落とす。
「ほら、今のが約束の証。それに、俺は約束破ったことなんてないだろ?」
シュネルの言葉にアルヒェはこくん、と小さく頷く。
「……本当言うとさ、まだ実感湧かないし、怖くもある。フェニックスは敵じゃないけどさ、いつか俺という存在が喰われてしまうような気もする。 今だってよくわからなくなる時があるから。自分はどっちなんだろう、って」
「シュネル……」
「精霊同化っていうのは本来人にはできないはずのことだってニミュエからは聞かされていた。クルクにも危険だって言われたよ」
シュネルはそういうと少しだけ寂しげに睫毛を伏せる。
「だけど」
彼は顔を上げるとまっすぐにアルヒェを見つめる。
「俺は後悔なんかしていない。そのせいで……これから先自分がどうなったとしても。だってアルヒェを守れたんだからな」
「……あたしもシュネルを支えますから。だから手を繋ぎ合って生きて行きましょう?」
アルヒェがそう言って差し出す手と、シュネルの手がそっと重なる。
「……ああ」
シュネルはそう頷くと、疲れたのかまた小さな寝息を立て始める。
アルヒェはとても優しい眼差しでそんな彼を見つめていた。




