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AnfangSage  作者: 上月琴葉
第三部 二つの世界編
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3話 約束

 美しい場所だった。 洞窟の天井や床から生えるルビーとガーネットの赤い光が周囲を満たしている。


「ここが緋鳥祭壇だよ」


 シュネルとクノスペのふたりは今は緋鳥祭壇と呼ばれている、あの日迷いこんだ洞窟の奥に立っていた。


「暁の緋鳥様。クノスペ、今、真の緋鳥の神子シュネルを連れて戻りました」


<待っていた。シュネル、クノスペ>


「この声は……あの時の……」


 かつてノナの毒によって獣化した際に聞こえた声。緋色の炎で浄化してくれた存在。


「そっか……暁の緋鳥、あの時助けてくれたのはあんただったんだな」


<いかにも。今の私には実体はない。ただ、力を振るうことはできるのでな>


「暁の緋鳥様。ひとつお聞きしたいことがあります。あなたは何故アルヒェを守っているのですか?」


<簡単に言えば、私は彼女の、戦乙女ヒルドのパートナーだった精霊だからだ>


「ちょっと待て。戦乙女?それとアルヒェの関係って」


<そうか、お前達は知らないのだったな。もう遠い昔のことだが、少し話すことにしよう>



**


 かつて精霊界ソウル・エームで戦乱が起きた。


 首謀者は黒き者であるスカアハの両親。実質的には『黒き者』と『白き者』との戦いであった。 その時『白き者』の先頭として戦ったのが死せる英雄達の魂<エインフェリア>、そして戦乙女<ヴァルキリー>たちだった。


 今は精霊フェニックスとなった彼は、元々は『不死鳥』の名を持つエインフェリアのひとりで、戦いの中でひとりのヴァルキリーのパートナーとなった。


 彼女の名はヒルド。美しい銀色の髪と碧色の瞳を持った気高く美しく凛々しい戦乙女。その武功により与えられたヒンメルファルトを自在に操っていた。


 対して劣勢に追い込まれた『黒き者』たちの切り札となったのが真闇のマナの塊『邪竜ファーブニル』だった。 ドゥエルグ達から奪った宝物や知識を操り、同時に竜としての身体能力の高さを併せ持つ。 しかし何よりも厄介だったのは真闇のマナのブレスと、傷口からそれらを注入する能力だった。 この能力によりたくさんのヴァルキリーやエインフェリアがその身を穢され人に堕ちていった。やがて彼らは人として生まれ変わるのだろうな。


 戦力が減っていく中、事態を打開するためにヒルドは自ら志願し、私とともにふたりだけでファーブニルの元へ乗り込んだ。 我らは懸命に戦ったが、傷口から入り込んだ真闇のマナには勝てず、動きが鈍くなった所でヒルドは私の目の前で白い両翼を裂かれ、そして見せしめのように彼女は身体の自由を奪われ、真闇のマナに身体を穢されながら私にヒンメルファルトを投げるように念話で頼んだ。 私はそれを聞き届け、宙に浮かんだその剣は彼女の最期の意志に従ってファーブニルを葬った。   


必死で彼女を助け出したが、私の腕の中で彼女はその瞳を永久に閉じた。


 この後不思議なことが起こった。ヒンメルファルトが輝いて彼女の魂を呑み込み、そして私に問うた。


代わりにこの剣に宿る精霊となり、彼女の魂を永久に見守る覚悟はあるか、と。


 そして私はそれを受け入れて、暁の緋鳥ー精霊フェニックスとなったのだ。 癒しの力は恐らくヒルドの持っていたものが受け継がれたのだろうな。


<そして私はあの洞窟でずっと彼女を守っていた。そこにお前達が現れた。 傷付いた姿を見た彼女の魂は『助けたい』と強く望んだ。私は彼女の望むまま、その魂に人としての形を与えたのだ>


「そしてそれがアルヒェ……なんだな」


<そうだ。しかし今の彼女に精霊としての能力はない。唯一ヒンメルファルトを使いこなせることだけはできているが…… 殺されればそれまでだ。復活できたとしても記憶は失われるだろうな>


「そんなことさせるかよ。暁の緋鳥、俺は昔アルヒェに言ったんだ。 俺は受けた恩は忘れないから。だからな、いつかアルヒェがピンチになったら絶対俺が助けてやるよって。そう約束したんだ。だから」


 シュネルはそう言うと一歩前に進みでて、姿なき声へと両手を伸ばした。


「今度は俺があの子を助ける。暁の緋鳥、俺はあんたを受け入れる。かわりに全てをあんたに捧げる。緋鳥の神子としての使命を果たしたいからじゃない。 守りたい人を守れなかったあんたにならわかるだろ。俺の本心。……頼む!力を貸してくれ!」


<……本当にお前は真っ直ぐなまま育ったなシュネル。ずっと見守っていた。そしてクノスペもおいで>


「でもボクはあくまで偽物の……」


<クノスペ、お前は偽物の神子などではない。誰よりも気高く優しい子だ。アルヒェとシュネルを守ってくれてありがとう。お前は心も身体も穢れたとよく言っていたが お前の心は純粋なままだ。穢れてなどいない。気になるのなら浄化してあげよう>


「あ……」「っ……」


 洞窟を満たすように緋色の光の羽根が降り注ぐ。 全てを浄化する白の炎。気高き穢れなき光が優しくふたりを包み込む。 光がおさまった後、目を開いたふたりの前にはただがらんとした祭壇だけがあった。


「……感じる。俺の中に……いるんだな。よろしく、フェニックス」


「大丈夫?シュネル」


「大丈夫だよ。それにこれからが本番だ。クノスペ、やっぱお前の服は昔みたいな方が似合ってるよ」


「え?あ……そうだね。そういうシュネルも服変わってるけど。」


「あ、本当だ。なんかタキシードっぽいな微妙に。さて、お姫様を助けに行きますか。クノスペも来いよ」


 そう言って差し出された手をクノスペは戸惑いながらも、とった。


「そうだね。王子様には従者が必要だし。シュネルだけだと無茶しそうだしね」


 こうしてシュネルとクノスペのふたりは緋鳥祭壇を後にしたのだった。


**


 時は少し遡る。


「彼らは罪人です。よって火刑を命じます」


「月のこどもは存在自体が禁忌。それこそが罪なのよ」


 (アスセナ様は変わってしまわれたのね……)


 とある建物の一室でネロは物陰から盗み見た捕縛時のことを思い出して長い睫毛を伏せた。


「……滅茶苦茶だ!生まれて来ることを侮辱するなんて……最高権力者でも口にすべきことじゃない……!」


 青髪の青年が言った言葉が頭から離れない。


(私自身望まれて生まれた子ではない……だからこそ余計に刺さって抜けない言葉)


 ネロは元銀月の騎士だ。今となってはアスセナに破門された存在。それ故ある別の組織に身を置いていた。


「あーイライラしますわ!このアスセナという女!高飛車でわがままで!」


「ソルベ様……貴方にそれを言う資格はないと思いますが」


「聞こえていましてよ?この毒舌執事。ところで本日の氷鳥グッズは届いていますの?」


「ええ。氷鳥チョコレートが4つほど。ちっちゃいのと巨大フィギュアタイプがありますね。一度に食べるのはおやめください」


「あら、ソルベったらまた氷鳥グッズ?子どもっぽいわね」


「ミディア。貴方こそまた大量の男の子同士のラブラブ本を……破廉恥ですわ」


「うるさいわね!いいでしょ人の趣味は!それに精霊って恋愛時に性別を気にしないって聞くわよ!その発言は彼らへの侮辱じゃないの? 寝てる間に妖精にいたずらされても知らないわよ」


(……と、とても物思いに耽れない!)


 ネロは溜め息をついてその場を離れる。


「ネロさん、気にしちゃ駄目ですよ。あのふたりはいつもああなのです。ところでお暇でしたら私のシノビ談義にお付き合い頂けると」


「すみませんスプラさん……少し気分が優れなくて」


「……アスセナの発言を思い出していたのですか。気に病むのもわかりますが、貴方は間違ってると思ったからロストエデンに身を寄せたのでしょう?」


「はい。止めなければと……」


「……すみません。貴方の気持ちも考えるべきでしたね。物思いに耽るには図書室がいいですよ。では僕はこれで」


「ロストエデン……アスセナに対するレジスタンス……か……」


 ネロはそうひとり呟くと、図書室へ向かった。


**


「いや……やめてっ……」


「悪く思うなよ。アスセナ様から『魔女の印』を探せとのご命令だからな」


「しかし本当綺麗だな。スタイルも抜群だ……」


「や……っ……」


 地下牢の一室で、アルヒェはアスセナ配下の騎士達にセクハラ紛いの取り調べを受けていた。 彼らの目的はどうやらアルヒェの身体にある『魔女の印』とやらを探し出すことらしい。 両手両足を縛られた彼女は抵抗もできずに上着を脱がされ、薄いキャミソール一枚の姿にされている。


「お、あったあった、これじゃないか?翼の痣!」


 形としては翼。傷というよりは刻印のような印象を受ける痣。傷がある位置は胸元。


「こんな位置にあるとか完全に魔女だな」


 騎士達は印を見つけた後も立ち去る様子はなく、じろじろと舐めるような目をアルヒェに向けてくる。


「なあ、アスセナ様は好きにしろっていってたよな?」


「っ!?」


 その言葉の意味する所を感じ取り、アルヒェは身を震わせる。


「ああ、そうだ。じゃあ早速、」


 そう言って近付いて来た騎士たちは次の瞬間全員気を失っていた。


「……ったく穢らわしい騎士達だね。大丈夫?アルヒェ」


「フィンス?」


「平気……なわけないよね。アルヒェは女の子だし、ああいうことにも慣れてないよね」


 フィンスはそう言うと彼女の身体に持って来た毛布をかけた。


「フィンスも上着……もしかして何か?」


「ああ、月のこどもの『刻印』とやらを探されただけ。兄さんと僕はこういうことに備えて護りの証を事前に刻んでおいたから大丈夫」


 フィンスはそう言って微苦笑する。


「護りの証はもうすぐ君にも刻まれるよ。けど今の君には何もできないから……ヒンメルファルトも奪われてるし。様子を見に来てみて正解だったね」


「ありがとう……フィンス」


「……手、震えてるね」


 フィンスはそう言うと彼女の両手をそっと自分の両手で包み込んだ。


「大丈夫だよ。君を誰よりも救いたいと願って、動いてる人がいる。そして彼は約束を破るような人じゃないよね」


「ふふ」


 アルヒェはその言葉を聞いて嬉しそうに笑う。


「何だか嬉しいです。フィンスがリヒト以外の誰かのことを信頼してるみたいに話すなんて。感化されました?」


「……そうだね。感化はされてるかも。じゃあ僕は怪しまれないように戻るよ。お互いもう少しだけ頑張ろうね」


「はい」


**


 そして公開処刑当日。


「ではこれから行いましょう。まずは罪人アルヒェを前に」


 晴れ渡った空の下、大陽聖堂の広場はたくさんの野次馬で賑わっていた。それに混じってマトリ達の姿、ロストエデンの面々の姿も見える。クノスペとシュネルは大陽聖堂の影で突入タイミングを伺っていた。 純白の服を纏ったアルヒェが身体を縄で縛られたままアスセナの前に引き出され、そしてそのまま火刑台の柱へと架けられる。


「点火」


 アスセナの指示で薪に火がつけられ、炎はその大きさを増して行く。 やがて彼女の視界は火の海に変わった。


(……あたしは……信じていますから……息絶えるまでずっと……)


<アルヒェ、もう大丈夫だから>


「え?」


 優しい声が聞こえたと同時に炎に変化が起こった。辺りの炎が吸い寄せられるように一点に集まり、そして人の形を取る。 それ以外の炎は全て消えていた。


「な、何?何なの?」


 狼狽したようなアスセナの目の前で炎はひとりの青年の姿へと変わり、そしてアルヒェの手を取ると恭しく口づけた。


「もう大丈夫だ。アルヒェ」


「シュネ……ル?」


 目の前にいるのは確かにシュネルなのに、身に纏う雰囲気が違う。だから彼女は少し戸惑ったように尋ねる。


「聞け、人の子らよ!炎は全て我に従う。我は黎明の鳥フェニックス。ヒンメルファルトに宿りし者」


「フェニックス!?」


「大陽聖堂の最高精霊が何故罪人を助けるんだ?」


 この言葉に観衆がざわめきだす。


「決まっている。この少女は罪人などではない。彼女こそ真なる『緋の聖女』。ヒンメルファルトの資格者だ」


「なんだって?」


「じゃあアスセナ様は」


「アルヒェ。これを」


 フェニックスはそういうとアルヒェの首にペンダントをかける。


「これは?」


「緋の聖女と緋鳥の神子の契約の証だ。心配しなくても私はシュネル本人だ。彼はアルヒェを守るために私に全てを捧げた。今は私が表に出ているからこうなっているが。契約を交わすのなら、その証を」


「シュネル……」


「アルヒェ……いいのか?俺で」


「はい。すっと……ずっとシュネル、貴方のことが好きでした」


「俺も。やっと……約束が果たせる……好きだよ。アルヒェ」


 シュネルはそう言うとアルヒェの身体を引き寄せ、その唇にキスをした。そしてこれが、契約の証。 緋色の炎がふたりを包み、柔らかく透明なマナがお互いの中に流れ込む。炎が消えた時アルヒェは美しい緋色のドレスを身に纏っていた。 その姿を見た観衆から歓声が上がる。


「あのお姉ちゃんすっごく綺麗!」


「美男美女って感じだねえ」


「いやー青春ですな」


「リヒト、フィンス大丈夫?」


「うん、大丈夫」


「フェニックスが僕らの縄も焼き切ってくれたみたいだね」


「く……」


 アスセナは唇を噛み締め、その場から立ち去ろうとするが地面から生じた氷が動きを封じた。


「あらあら往生際が悪いわよ?お姉さん今機嫌が悪いのー」


「あんたは個人的に一発殴ってやんなきゃ気が済まないわ!今までの倍返しってやつよ」


 それを合図にリヒトの仲間達が次々に広場に突入していく。 最後に男装したクノスペが大剣を構えてアスセナの前に立った。


「クノスペやアルヒェを侮辱し、シュネルを消そうとしたこと償ってもらいます」


「だ、誰よあんた?庶民風情が……いいわ、叩きのめして跪かせてあげる」


 アスセナは自暴自棄の様子で鞭を構える。こうして戦いが始まった。



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