9話 それでも花は咲く
「守備はどうですか……?ディアンさま。」
「これはグロア様。大丈夫ですか?顔色があまりよくないようですが」
「それは貴方もです。ここ、一週間あまり寝ていらっしゃらないのでしょう?」
アルスキールの神座ヴァラスキャルヴ。精霊の女王ミトラの居城である壮麗なる城。 その地下に広がる医務室も兼ねた巨大な研究室で、ディアンとグロアのふたりは懸命に治療を続けていた。 目の前には水槽のような装置があり、その中にふたりの青年が一糸纏わぬ姿で入れられていた。体に受けた外傷は跡形もなく消えているが、まだ目を覚ます様子はない。
ただ、リソスフェアからの鉱石の提供量が増えたことにより、少しずつ肌に赤みが戻って来ていた。
「しかし、リヒトにフィンスか。本当に酷い状態だったけどここまで回復するとはね。まだ目を覚ます気配はないけれど、体内の石素濃度は平常値に近いぐらいまで回復しつつある。ま、あのバルドルの子だ。簡単にくたばるとは思えなかったけどね」
ディアンの軽口にグロアは微苦笑する。
「ふふ。それは間違いありませんわ。バルドル様はジェンティアで精霊の翼を片方失ってしまい、酷い怪我の状態でここに戻ってこられたのに3日で回復してしまうんですもの」
「ふたりとも綺麗だよな……顔も、体も……目を覚ましたらぜひ……」
そう言って水槽の中のふたりをじっと見つめるディアンをグロアは軽くこづいた。
「患者に対して何考えてるんですか!変態ですね」
ディアンは軽く涙目になりながら、両手をひらひらさせる。
「僕が変態なのに今気付いたんです?俺は研究と医学に対しては間違いなく変態レベルでしょうね。相当色んな噂が流れてるでしょうから、グロア様でも聞いたことはあるでしょう」
グロアは噂を思い出して顔を真っ赤にする。
「あります、ありますけど!あまりに破廉恥というか……と、とても私の口からは!」
「え?その方向なんですか?ちょっと待って下さい。一体どういう噂が……」
グロアのあまりの狼狽えように、ディアンの方が困惑してしまった。
(……本当に……どんな噂が流れてるっていうんだ……)
**
(……けて)
(あつい……たすけて……)
(ぷろみね……ぼくを……みんなを……たすけて……もえて……しまう……)
「っ!」
プロミネは何かに弾かれるように飛び起きた。
「あ……ゆ、夢?」
そのわりにはやけにリアルな夢だった。体中汗でぐっしょりだ。
「行かなきゃ……シュリ達、ごめんね。地図は置いて行くから!」
プロミネはまだ眠っているシュリ達を起こさないように支度を済ませると、ドライアードの里へ向かって駆けた。
(あれは木の声だ……正確に言えば気に宿ってる樹霊の声。お願い、間に合って!)
プロミネがひとりドライアードの里へ向かってから1時間後。
いつもの朝のトレーニングのために目を覚ましたシュネルが机の上に置かれた地図と書き置きに気付いた。
書き置きにはこう書かれていた。
シュリ達へ
何も言わずに飛び出してごめん。
夢を見たんだ。森の木々が燃えてて、彼らがあたしに言うの。
あつい、あついって……そして助けてって。
……時計樹でのこと覚えてるよね?犯人は炎使いだった。けどまだ捕まられていない。
もしかしたらそいつの仕業かも知れない。
とにかく胸騒ぎが消えないからあたしは一足先にドライアードの里へ行きます。
地図は置いてあるから、よかったら追って来て。
プロミネより
「……とりあえず、シュリ達に事情を話した方が良さそうだな」
シュネルは書き置きと地図を手にまずマトリを起こし、その後起きて来たアルヒェに事情を話し他のメンバーも全員起こしてもらった。
「夢……ですか……」
「夢と現実の出来事の関連性ってまだ研究段階よ。逆に言えば研究段階だからはっきり予知夢とかがない、とは言えないけど」
「精霊も夢は見るんだね。シュリはどう?」
「見るよ。ソウル・エームには夢を見せる精霊もいるから。私がよく見るのは黄昏の夢かな。綺麗な夕焼けから夜になっていく夢。でも空には星がないんだよね……」
「そうなの。精霊も夢を見るなんて興味深いわ」
本当は急いで追いかけたいのだが、空腹状態で追いかけても戦えないと判断したシュリ達はいつもより少し手早く朝食をとっていた。
「さ、食べ終わったからそろそろ行こうぜ!」
シュネルに続いて食事を終えた仲間が次々に席を立つ。その10分後にはシュリ達は既に緑と花の街 イーグレーンを出発していた。
**
ドライアードの里はイーグレーンの南、ホッドミミルの森の中にある。森の中心にそびえる時計樹の北に小さな集落が点在していて、それをまとめてドライアードの里と呼ぶのだ。
里長はグローアンディ。緑色の髪と茶色の瞳を持つ美しい女性である。身に纏う雰囲気は柔らかく、木漏れ日を思わせることから「木漏れ日の貴婦人」の名を持つ。
常に温かく柔らかな気に満ちた里の暮らしがプロミネは好きだった。確かにイーグレーンは都会だし、珍しいものも見たことのないものもたくさんあるし、美味しいものも綺麗な洋服もあるけれど、どこか落ち着かない。花の納品を終えて、ドライアードの里に帰ってくると彼女は心からほっとするのだった。柔らかな日射しの元で、お気に入りの木に登って樹霊たちとおしゃべりをする。いつの間にかそのまま眠っていて怒られることもあったけどそんな時間が彼女の宝物だった。
だから、変わり果てた里の姿を見た時にプロミネは言葉が出なかった。
燃えている。もしくは枯れている。元気だった森の木々が、穏やかだった里が。ドライアードの民は逃げ惑い、彼女に気付く者すらいない。
流れ込んでくるのは恨みと嘆きと怒りと、哀しみ。
(アツイ……クルシイ……ニクイ……イタイ……ぷろみね……カタきを……アノアクマに……!)
「あ……ああああああああああ!!!」
負の感情がプロミネの小さな体の中に止めどなく流れ込んでくる。頭の先から指の先までがその色に染まって行く。そして彼女の意識は完全に呑み込まれた。緋色に変わった瞳には冷たい光が宿る。
「そうだよね……大丈夫……あたしに任せて?貴方達の仇は取ってあげるから。だから導いてくれるかな?そいつらのところまで」
**
ホッドミミルの森、ドライアードの里での異変はシュリ達にもすぐにわかった。
彼女達もまた、里の位置で大きな火柱が上がっているのを目にしたからだ。
「里が燃えてる?一体どういう……」
「シュリ様!」
森から逃げ出してきた様子のドライアードがシュリに気付いて声をかける。
「ドライアードさん。……何があったんですか?」
「襲撃ですよ。多分闇の女王の配下です。名前はタルウィとザリチェ……渇きと熱。我らドライアードにはおあつらえむきの能力の持ち主です。里を守っていた樹霊たちは宿る木の大半が熱によって燃え尽きるか、渇きによって枯れ朽ちることによって壊滅状態になりました。グローアンディ様は無事です。ドライアードも大半は無事ですが、樹霊とのマナリンクが切れたことにより錯乱状態や昏睡状態に陥っている者もおります」
「……なあ、覚えてるよな?時計樹のこと」
「そうですね。あの界軸石は表面が『焦げて』いました。同一犯でしょう」
シュネルとアルヒェの言葉に全員が頷くと、シュリ達は制止も聞かずにホッドミミルの森の中へと駆けて行った。
森の中は焦げ臭い匂いに満ちていた。立ち枯れた木、まだ小さな炎が燻っている木。そんな木々を横目に見ながらシュリ達はドライアードの里の中心へと辿り着いた。
道中、プロミネの姿を探し続けたが彼女の姿はどこにもなかった。まだ着いていないのか、それとも。「プロミネはどこにいるんだろう……」
シュリが心配そうに呟く。他の仲間もみな同じ気持ちだった。里があのようなことになっていることから考えてもプロミネが危険なことは間違いない。
その時だ。
<ぷろみねは……ぼくのたいせつなともだちは……こっちにいるよ>
そうか細い声がして、淡く光り輝く少年が姿を現した。黄緑色の髪にフォレストグリーンの瞳。頭からは樹木のような角が生えている。
「え、だ、誰よあんた?」
<だいじょうぶ。てきじゃない。おねえちゃんからはぼくたちやぷろみねとおなじにおいがする。もりの……かおり。ぼくはおねえちゃんにしかみえないよ>
「……そ、そうなの。よく、わからないけど……」
「クルク?さっきからずっと独り言言ってるけど……」
心配そうなマトリに、クルクは説明する。
「とりあえずあんたは私にしか見えないのね。そしてプロミネの友達で案内してくれる……ってことでいい?」
<うん。ぼくはときわ。おねがい、ぷろみねをたすけて。ぷろみねはやさしいから、ぼくらのいかりにのまれてしまってる。こっち……いそいで!>
「わかったわ、ときわ。みんなついて来て!」
シュリ達は促されるまま、クルクの後を追った。
**
「あ……う……」
「馬鹿な娘だ。ドライアードが属性的に我らに勝てるとでも思ったか」
「こわし……ます……」
プロミネは全身に酷い火傷を負い、タルウィの生み出した『渇きの檻』によって体の自由を奪われていた。渇きの檻は彼女からマナを吸い続け、そのマナの放つ光で渇きの檻自体が淡く発光していた。
「っ……あ!」
うずき続ける火傷の痛みだけが皮肉にも彼女の意識を繋ぎ止めていた。彼女の体が動く度に、檻はその締め付けを増す。
(……あたしは……森に……還るのかな……元々ドライアードはそういうものだものね……それも……悪くはー)
プロミネはそっと瞳を閉じる。彼女の中のマナはもはや尽きようとしていた。
<ぷろみね!だめ、あきらめないで……ぼくがたすけるから。かならずたすけるから!>
「そうだぜ!諦めんな!炎鶯旋!」
「な、なに?」
シュネルが熱風を纏った衝撃波を飛ばすと、乾きの檻はその中で燃え尽きた。すかさず彼は気を失ったプロミネを助けだす。
「アルヒェ!回復頼む!」
「わかりました。シュネルさんも気をつけて!」
<彼の者に生命の息吹を……ヒーリングブレス!>
柔らかな光の羽根が降り注ぎ、プロミネの傷を癒して行く。火傷の痕はすっかり消えた。
<きずはなおったけどまなのしょうもうがひどい。でもだいじょうぶ。ぼくがたすけるよ、ぷろみね>
常葉はそういうと気を失ったままの彼女の体をそっと起こした。
「アルヒェはシュネル達に加勢して!ときわは私にしか見えないから」
「はい!」
何となく常葉が何をするつもりか悟ったクルクはその場からアルヒェを遠ざける。
<あのね、おねえちゃんはぼくらのなかまとなかよしなんでしょ?だったら、ぼくとけいやくしてほしい。ぼくのいしきはすべてのまなをぷろみねにあげるから、きっときえちゃうけどぼくらは……もりのじゅれいじたいはきえたりしない。もえてもかれてもきぎはまためぶく。そしてはなはさき、いのちはめぐる。このもりがあるかぎりは、だから>
クルクは小さく頷くとときわの本体の葉っぱを挟んだ栞を取り出す。
<枯れても芽吹く廻り見守る樹の精霊常葉よ……我クルクは汝との契約を望む……ここに力を結ばん!>
<ここにちからはむすばれた……>
契約が済むと常葉はプロミネにキスをして自らの持つマナを全て与えた。
ザリチェとタルウィがシュリ達に倒されたのとほぼ時を同じくして、常葉も緑色の光となって、散った。
その光が降り注いだ場所には鈴蘭によく似た小さな白い花が咲いていた。その花にはキュアノエイデスにおいてのちにこう名前が与えられた。「スノードロップ」と。
そしてその花言葉は「希望」。
――燃えても、枯れてもいずれ緑はまた芽吹く。そして花が咲き、実が落ちて、命は廻る――




