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AnfangSage  作者: 上月琴葉
第二部 精霊界編
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8話 命を刻む聖樹

「これが……時計樹……」


 あれから一夜が明け、シュリ達はドライアードの聖地といわれる時計樹の前に立っていた。とは言ってもここから時計樹の内部へ入るにはもう少し歩く必要がある。


「ふわあ……」


 辞書を片手に徹夜で解読作業を行っていたクルクはさすがに眠いのか、あくびを漏らした。


「クルク、大丈夫?ごめんね、無理させちゃったから」


 そんなクルクの様子にプロミネは心配そうに言う。


「あ、大丈夫よ。多分時計樹に着いたらスイッチが入るから。それまでは省電力モードなだけで……」


 クルクはそう言うが足取りはどう考えてもふらついている。


「きゃ?」


 地面のでこぼこに足を取られてこけそうになる彼女の体を、横から伸びて来た腕が咄嗟に支える。


「大丈夫?」


「あ、ありがとう。マトリ」


 彼が動いた瞬間ふわっと爽やかなペパーミントの香りが舞った。


「あ、これよかったら」


 マトリはクルクの掌にペパーミントのキャンディーをそっと握らせるとぱっとその場を離れた。ペパーミントは確かに気分をすっきりさせ、眠気覚ましにも用いられるハーブだ。クルクは迷いなくそのうちの一粒を口の中に放り込んだ。口の中にほのかな甘さと爽やかな香りが広がる。


「確かに目が覚めそう。ふたつの意味で」


 クルクは誰にも聞こえないような声で小さく呟いた。


 その様子を遠目で見ていたプロミネがシュネルに尋ねる。


「ねえ、マトリとクルクってデキてるの?」


「へ?で、できるって何が?」


 というか何で俺に振るんだよ、という顔でシュネルは答える。


「何って、ど、どういう想像してるのよ?」


「だから俺はそもそも恋愛関係わかんねーんだよ!」


 プロミネとシュネルの不毛なやり取りをアルヒェは遠目に眺めていたが、やがて口を開いた。


「プロミネさん。あたしもあのふたりは怪しいと思うんですよね」


「へ?」


 このアルヒェの発言にシュネルは全力で耳を疑った。


「でしょ!アルヒェもそう思うよね。あのふたりって……えーと、もうつきあってるのかな?」


「さ、さあ……あたしもそこまでは……でもいい感じですよね。ツンデレなクルクさんと爽やか青年のマトリさん」


(アルヒェ、どこでツンデレなんて言葉を覚えたんだ?)


「だよね。あーあたしも早いとこ素敵な人に巡り会いたいなー」


 シュネルの中でアルヒェのイメージが音をたてて崩れていく。


「え、なになに?楽しそうに話してるけど。ねえ、シュネル。ふたりは何話してるの?」


 気になる、と言ったようにシュリが身を乗り出したが、シュネルは適当に誤魔化すと歩く速度を速めて先に行ってしまった。


「ねえってば?」


 シュリは不満そうに彼の後ろ姿を見つめていた。


**


 シュリ達が時計樹の内部へ向かって歩を進めている頃、世界のどこかでひとりの少年が思いっきりしかめ面をしていた。


「時が、おかしい。綺麗な時の旋律が、流れるものが刻むハーモニーが、なんというか下手くそな楽団の演奏みたいになってる」


 赤い髪に同じ色の瞳。くすんだ緑色のシルクハットを被り、同じ色のコートを纏っている。そのコートには歯車を模した装飾が施されている。年齢は13、4才といったところか。


 部屋の中には巨大な歯車や書物、時計の修理に使うらしい工具が無造作に置かれていて雑然としていた。


「まったく。誰の仕業だか知らないけど時の精霊としての僕の仕事を増やさないで欲しいな。ドウェルグ達の作品をいじられること自体、すごく腹が立つけど」


 少年はそう言って立ち上がると、転移呪文の詠唱を始める。


<我はオリフィス。歪んだ時の旋律の調律者。されば歪んだその場所へ>


**


「これが時計樹の内部なんだ……」


 時計樹の内部は外観とは似ても似つかない様子だった。


 外部は砂時計をその幹に抱く大樹、といった様子で自然物にしか見えないのだが、内部には不可思議な機械やケーブルのようなものが無数に張り巡らされていて何かの工場のようだ。プロミネいわく、異変を感じる場所は地下ということでシュリ達は時計樹の内部をひたすら下っているのだが、その間ずっと見えているのが巨大な白い筒状の柱だ。砂時計の中心のような姿をしている。半透明になっていて、時折緑色の光が螺旋状に回転しながら上部へと昇っていくのが見えた。(プロミネいわく、その光こそ緑<シカイ>のマナらしい)その光は地下へ下っていくにつれて量も減り、最後にはいくつかの光の粒がちらほらと見えるだけになった。


「やっぱりマナの総量が減ってる。これじゃ地上まで届くのはわずかね」


 その様子を見てプロミネは顔をしかめる。マナは全ての生命の要。その量が減るということは精霊界にとって大変な事態だと。柱を包むように作られた歯車は規則正しくないリズムで軋んだ音を響かせる。やがて最深部に着いたシュリ達は焦げ臭い匂いが漂っていることに気付いた。


「え……界軸石が焦げて……る?」


 見ると部屋の中央に置かれている巨大な石のようなものの表面が黒く焼けこげている。


「これは、琥珀ね。緑のマナの界軸石としてはおあつらえ向きだわ。琥珀というのは樹脂からできたものだから。そして琥珀にしたのはもうひとつ理由がありそうよ」


 クルクが冷静に分析を始める。


「琥珀にはエレクトロンって呼び名もあるの。擦ると静電気を発することがその由来。つまりは雷のマナとも親和性を持つ。雷のマナはこの時計樹の主電力として使われているから緑のマナの供給源としての琥珀、そして動力源としての琥珀がこんな風にダメージを受ければ当然時計樹の機能は低下する訳ね」


「えーと、よくわかんないけど、誰がこんなことを?」


 シュネルの問いに、プロミネは考え込む。


「それは、こっちが聞きたいわよ。犯人に伝わる手がかりといえば焦げてるってことくらい。だから多分犯人は炎使いってこと」


「そうですね。それだけは間違いないと思います。」


 プロミネの答えに全員が同意するが、それ以外に特に手がかりは残されていなかった。


「とりあえずあたしは界軸石にマナを注ぐ儀式をしてみるわ。クルクが古文書を解読して教えてくれたから」


 プロミネはそう言うと琥珀の首飾りを取り出す。効果がどのくらいあるのかはわからないが、界軸石もまたマナによる再生能力を持つという。


(完全に回復することは無理かも知れないけど、少しぐらいは!)


<界軸石よ。我らはドライアード、汝の力を受けるもの。我、プロミネの名において汝に恵みのマナを捧げん!>


 プロミネの持つ首飾りが宙に浮かび、そこから淡い緑の光が界軸石に降り注いでいく。少しずつだが、琥珀は元の輝きを取り戻していく。やがて、光が消えるとそこには美しい光を放つ琥珀があった。表面にはまだ少し焦げ跡が残ってはいるが、いずれは自己修復機能によって癒えるはずだ。しかし、時計樹の機能の方はまだ回復しておらず、歯車は不協和音を響かせ、立ち昇る光はひどく淡い。


「これだけじゃダメなの?けど、もうこれ以上は古文書に記述はなかった……」


 変わらない状況に肩を落とすシュリ達の背後から、急に優しい声が響いた。


「もう大丈夫です。シュリ様。プロミネさん。そしてみなさん。あとは時の精霊である僕に任せてください」


「え?」


 振り向くとそこにはひとりの少年が立っていた。赤い髪に同じ色の瞳。くすんだ緑色のシルクハットを被り、同じ色のコートを纏っている。そのコートには歯車を模した装飾が施されている。年齢は13、4才といったところか。


 彼はそう告げると界軸石の前に立ち、大きな鎌を構える。


<我はオリフィス。歪んだ時の旋律の調律者。されば歪みを断ち切らん!>


 彼が詠唱を終え大鎌で一閃すると、不思議なことに今まで不協和音を奏でていた歯車が整ったリズムで動き始める。同時に滞っていたマナの流れが正常化され、強い緑色の輝きを放つ光が力強く螺旋を描いて立ち昇っていく。


「同時に時属性の結界も張りましたから、もう誰も界軸石を害することはできないでしょう。それでは僕はこれで」


 少年はその様子を見て満足げに言うと、そのまま煙のようにかき消えてしまった。


「あ、行っちゃった。お礼、言いたかったんだけど」


 プロミネは少し不満そうに顔をしかめる。


「忙しい人なのかな?とりあえず、ここを出ようか」


「そうね。まずはイーグレーンへ戻りましょ。あと、明日の話になるけど、あなた達をドライアードの里に案内しようと思うの」


「わかった。よろしくね、プロミネ」


 こうしてシュリ達はイーグレーンへ戻ることになり、ドライアードの里が目的地に加わった。



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