6話 そして静かに翳りゆく
シュリ達がアルスキールへの帰路に着いていた頃。
遠く離れたもうひとつの世界人間界ジェンティアではひとりの少女がある光景に言葉を失っていた。
「な、なんなのこれ……」
目の前にあるのはおびただしい数の樹木と村の外れの小屋を突き破った大木。
「一晩でこうなったってこと?常識的にありえないよ……」
温暖な気候で知られる春大陸エアルでもさすがに一晩で小さな林が生まれたりはしない。少女はその細い見た目に似合わない、けれど林檎の飾りのつけられたある意味ではとてもよく似合っている大剣を手にした。この場所は何かがおかしい。そう思ったからだった。
「ま、さすがに……ボクも慎重に行かないとね」
そう呟いた声は低く、彼女の本来の性別を現していた。つまりはこの少女にしか見えない存在は、女ではない。もっと簡単にいうならばいわゆる男の娘、ということになる。大剣を構えたまま樹木に近付いた彼は、すぐに後ずさった。
「な……これ、人間?人間の体を突き破って木が生えてる?それとも人が木に変化しかかってるのか?」
彼の問いに答える者はない。
「……長居は無用そうだ」
彼は踵を返し、さらなる情報を求めて街へと歩きだした。
(シュネル……無事なのかな……)
思えばあの水晶の村の惨劇の際に会ったきりだ。もっとも「断罪の牙」の一員である以上、親しく会話をすることはできないのはわかっている。 しかしそれでも気になってしまうのだから仕方が無い。そもそも彼はノナのやり方には同調できない。なので、基本的に彼女には同行しない。
(大事な幼なじみなんだ……そしてかけがえのない人……ボクを救ってくれた人なんだよ……)
今でも憶えている。生まれつきの童顔で髪を長く伸ばし、華奢で体力もなかった彼――クノスペは村の男の子たちにしょっちゅうからかわれていた。当然一緒に遊んではもらえずに、いつも村の外れでひとりぼっちだった。そんな彼にただひとり声をかけてくれたのがシュネル、と名乗る少年だった。明るく素直で元気。たまに元気がすぎて怒られる様なこともあったけれどいつも笑っていた印象が強かった。
(……本当、なんでシュネルはボクなんかに声をかけてくれたんだろう?)
いつも隅っこで縮こまっていて暗い顔ばかりしていた自分に。今でもわからない。シュネルの気まぐれなのか、何か理由があったのか。
「なあ、お前の名前は?」
「え……クノスペ……だけど」
「クノスペか。おれはシュネル。なあ、お前今ヒマ?」
「え……う」
シュネルはそっか、と満足そうに笑うとクノスペへと手を差し出した。
「来いよ!すっごい景色のいいとこ見つけたんだ!」
クノスペが戸惑いながら手を差し出すと、彼はその手を強く引いて走り出した。
「え、ちょっと待って!?」
彼も慌ててその後を追う。しかし、シュネルはちゃんとクノスペが追いつけるように早さを調節してくれていたようで、置いてけぼりになることはなかった。
今でも憶えている。繋いだ手の温かさと力強さも、その時に丘の上で彼とふたりで見た海に沈む美しい夕日の色も。村を吹き抜けていく乾いた風が、あの日だけは優しく感じられたことも。
「……思えばあの時が一番幸せだったな……」
シュネルが家の事情で村を去って後、彼の運命は暗転した。数年後には人間界ジェンティア最大の黒歴史である「異端狩り」が起こり、その標的となって村は滅びた。クノスペは見た目が美しかったため、そしてもうひとつとある理由の為に命を奪われることはなかった。しかし「異端者狩り」の首謀者達の「人売り」によって遠くの街に売られ、とある組織の主人の所有物にされた。やがてその主人がいなくなると、彼は自らの美貌を武器に女に身をやつして生きることを選んだ。そして大きな街の彼のような者達が集まる場所で働きながら暮らしていた。そんな生活が数年続いた後、とある噂話をきっかけに彼は断罪の牙の一員となった。
「シュネルは今も変わってないみたいだったけど……ボクは……」
身も心も汚れてしまったし、すっかり変わり果ててしまった。クノスペは自嘲めいた笑みを浮かべた。気付くとすでに彼は街の中の大通りを歩いていた。
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「はっくしょんっ!」
その頃アルスキールで作戦会議も兼ねてティーパーティーを楽しんでいたシュネルは盛大にくしゃみをした。
「おやおや、誰かに噂されてるみたいだな」
その様子を見たバルドルは愉快そうに笑った。
「うー……誰かって誰だろ?」
シュネルは手渡されたタオルで綺麗に手を拭いた。
「あ、あの時の女の子!クノスペって言ってたよね?」
シュリの言葉に、シュネルは思わず飲みかけていた紅茶を噴いた。
「あ、あのなあ。あんな格好だけどクノスペは男だぞ?」
「え?ああ、でも好きになるのに性別は関係ないよね?」
シュリの言葉にバルドルも頷く。どうやら精霊は好きになるのに相手の性別は関係ないらしい。
「なるほど……精霊の恋愛事情は複雑怪奇なのね……貴重な情報だわ」
クルクは真剣な表情でシュリとバルドル、シュネルの会話を見守っている。
「これ、貴重な情報か?」
シュネルはそんなクルクに思わずツッコミを入れる。
「まー俺もロキっていう彼氏がいるしなー」
バルドルがこう発言した時、ロキが2回くしゃみをしていたであろうことは間違いない。
「確かに誰かを好きになるのに性別は重要じゃないかもしれないね。シェイルと俺がそうだったしなあ……」
「マトリはどさくさに紛れて凄まじい爆弾発言してるし……!」
「月の子どもの考え方は精霊に近いのかな。シェイルは断罪の牙の『緋月』で月のこどもだったんだよ。だからマナあげてたりもしたんだ。懐かしいなあ」
そう言ってマトリは寂しげに睫毛を伏せた。
「……ええと話が脱線しまくってますね。と、とりあえず皆さんお茶でも飲んで落ち着きましょう!」
見習いシスターには刺激が強すぎたのか、少しだけ頬を紅く染めたままアルヒェが言った。
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再び人間界ジェンティア。聞き込み調査を終えたクノスペは宿屋のベッドにその身を横たえていた。 ツインテールの部分のつけ毛を外し、ぶかぶかのシャツを羽織っている。その下には何も身につけていない。
「聞けば聞くほどわけのわからない話だったな……」
クノスペは酒場の聞き込みを改めて思い出してみた。
「……あの小屋は廃墟なんだけどね、ここ一週間あの小屋にすっごく綺麗な女性がいたって噂があるんだよ」
「どうも街の男どもをたぶらかして小屋に誘い込んでいかがわしいコトをやってたらしいね」
「けど2日前くらいにふっと見かけなくなって、同時に男どもも行方不明になったから見に行ったんだ。そしたらあんな状況になってたんだぜ」
「その女は魔女か闇精霊の類か、とにかく邪悪なもんだって言われてる」
とりあえず酒場で聞いた話をまとめるとこうだ。一週間前から村の外れの小屋に美女が現れ街の男達と小屋でいかがわしいことをしていた。けれど2日前に男達も女も行方不明になり、その場には小さな林が出来ていた。
「……けど、嘘じゃない。夢を見てる訳でもないってことは……」
彼は確かにその目で見た。 目の前にあるおびただしい数の樹木と村の外れの小屋を突き破った大木。そしてその樹木は人の体を突き破ったものか人間が木に変化したもの。
「何かが……動き始めてるってことだよね」
各地で頻発する「心喰らい」。そして今回の怪事件。明らかに人の手だけによるものではない。
「大陽が……世界が翳っていく。ボクにはそれが感じ取れるんだ。だってボクは」
それこそがクノスペが今生き延びている理由だった。しかし彼は全てを語ることなく疲れ果てたようにそのまま眠りについた。
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「……では、そういうことで決まりですね!」
その頃精霊界ソウルエームではシュリ達がひとつの結論を導き出していた。
「リヒト、フィンス復活作戦はこんな感じかな。現在の石素と元々の石素に親和性のある石素を加えること。リートの言ってた『アダマス』という石素の正体を探す。そのためにソウルエームの各地を旅して、魔女や精霊の長達に会うこと」
「あとは……もしもジェンティアに戻れたらエーレさん……ナハトさんかな?を探す。こんな感じですね」
全員異存はない。ここにリヒト、フィンス復活作戦は始まった。
「あ、それなんだけど、さっき話してた俺の彼氏。ロキって言うんだけど闇精霊のハーフなんだよ。シュリ様はスキアーっていう闇精霊に襲われたんだろ? なら、ニブルヘイムの白氷牢塔にいる俺の彼氏を助け出して仲間にしたらいいかなと思って」
バルドルの言葉にシュネルは顔をしかめた。
「牢塔にいるならそいつ悪者なんだろ?そんな奴仲間にして大丈夫なのかよ?」
「ああ、それは大丈夫。ニブルへイムの白氷牢塔には巨人の血を引く者がとある事情で軟禁されてるんだけど……別にそいつらは何もしてはいないんだよ。簡単に言えばオトナの事情ってやつなんだけど、シュリ様に従うという名目があればそこから出してやれる」
「オトナの事情……ね。ロキって人にはいい迷惑だろうけど」
クルクはそう言って溜め息をつく。明らかにやり方が気に入らなかったようだ。
「じゃあロキさんも助けるっていうことで。出発は明日だし今日はみんなのんびりしてね」
シュリの言葉に全員が頷いた。
そしてティーパーティー兼作戦会議はお開きになった。




