二話 記憶の中へ
「ここがアールタラ……」
精霊界ソウル・エームの東部。古き精霊の言葉で「時測り」の名を持つ街、アールタラ。『時紡ぎの書庫』があることで知られる石畳の街。ジェンティアで言えばサヴィドゥリーアの様な学問の街だ。ここの街だけでも大学や研究施設が10以上ある、とバルドルはシュリ達に話していた。
「まさか精霊界に大学や研究施設があるなんて思わなかったわ。けど、この空気いいわね。懐かしい」
そう言って嬉しそうに町並みを見回すクルクとは対照的に、
「俺……何だか頭痛くなって来たんだけど……」
シュネルは顔をしかめた。彼は基本的に勉強というものはあまり好きではない。
「シュネルさんったら……シュリさん、時紡ぎの書庫はどこに?」
「えっと街の外れの古びた神殿みたいな建物……あ、あれかな?」
街の北側に古びた神殿のような建物が建っているのを見つけて、シュリが指差す。
「じゃあ、あそこに行ってみようか」
シュリ達はその建物へ向かって歩き出した。
彼らが立ち去った少し後ー物陰で不自然に影が形を変え、そして人のような形をとった。影と同じ漆黒の瞳と髪。纏っている服も影と同化しそうなほど暗い漆黒。その瞳はどこか虚ろだった。
<とりあえずは……様子見……出て来たら……しかける……>
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「話はバルドル様から聞いてるわ。ようこそ、時紡ぎの書庫へ。私がここの司書にして館長、ムネモシュネよ」
時紡ぎの書庫についたシュリ達は応接間に通され、そこで館長のムネモシュネと会うことになった。
「ムネモシュネさん、初めまして。私はシュリです。そしてアルヒェ、シュネル、クルク、マトリ。私の仲間達です」
ムネモシュネはその言葉に微苦笑する。
「あらあら。シュリ様はこの世界では知らない人はいないわよ?いずれは精霊の女王になられるお方ですもの」
「……せ、精霊の女王の跡継ぎ?シュリって凄い存在だったんだな……」
改めてシュリを見てシュネルが呟く。
「そうよぉ?本来気軽に呼び捨てで呼んだり出来る方じゃないのよ。とはいえ、シュリ様はそういうの苦手そうね。かたっくるしくて」
その言葉にシュリは頷く。
「うん。それに、ジェンティアではただのシュリだもん。みんなは私のこと呼び捨てでいいよ。様とかかたっくるしいし、ね」
「シュリがそれでいいなら現状維持だね」
「それはそうと」
クルクが脱線している話を元に戻す為に切り出す。
「ムネモシュネさんはあたし達の目的を知ってるのよね?」
ムネモシュネは小さく頷く。
「リヒトとゾンネ……バルドル様の子供達を助ける為に彼らの過去を知りたいってことよね」
「はい」
「本来はね、過去ー記憶の書は本人の許可の元で本人しか見ることは出来ないのよ。だけど今回は場合が場合ね。ふたりともギリギリで命を繋ぎ止めてる状態。彼らが見るのも許可を出すのも無理、と」
ムネモシュネはそう呟くとふたつの鍵をシュリに差し出した。
「ひとつはリヒトの記憶の書の鍵、もうひとつはゾンネ――フィンスの記憶の書の鍵よ」
記憶の書の鍵は月と薔薇が象られたもので、リヒトのものは金、フィンスのものは銀だった。
「もしかしたら見たくないものを見せられるかもしれないわ。だけど、ここまで来たシュリ様達ならきっと大丈夫。さあ、書庫へ入って」
ムネモシュネに促され、シュリ達は記憶書庫へと足を踏み入れた。
**
「……これは、鏡ですか?本棚がずらーっと並んでるのを想像していたんですが」
書庫の中には本棚らしきものは一切なく、鏡張りの床と、ゆらゆらと揺らめく景色だけがそこにあった。
「……この鏡は再生装置ってとこかしら。周囲の景色はカモフラージュなのか、マナが不安定で渦巻いているのか……」
クルクがそう呟いた時だった。
「あ、鍵が!」
シュリの持っていた鍵が浮かび上がり、金色と銀色の光を放つ。同時に床が光り出し、鏡張りの床に本のページが浮かび上がる。
<リヒト、ゾンネ……このふたりにまつわる記憶を解放。この空間にいる者たちを記憶の書の中へ転送します……>
「本のページが光り出したぞ?」
<転送待機中……50%完了……100%。準備完了。実行します!>
次の瞬間、白い光が部屋を満たし、そして何も見えなくなった。
**
シュリ達が記憶の書を解放し、その中へ転送された頃、ソウルエームのどこか。
「揃ったか。タナトス。セイレーン。メリュジーヌ」
「皆揃いました。スカアハ様」
「スキアーは今シュリ王女の追跡に出しておる。大体の状況は把握した。王女は今アールタラにいるようじゃな。何でも人間界――ジェンティアで出会った仲間たちと一緒じゃとか」
スカアハの言葉に、
「私はその仲間のひとりを見たことがあります。名はリヒト。 深手を負いながらも私と対峙し、退けた者です。光精霊バルドルにゆかりのある者だとか」
タナトスは答える。
「ほう。タナトスを退けるとは。面白そうじゃのう。一度手合わせ願いたいものよ」
スカアハはそれを聞いて心底面白そうに笑った。
「それは無理ですよう。スカアハ様。だってリヒトちゃんとフィンスちゃんは現在瀕死なんですもの。今はミトラ様の聖域で裸で治療中なんですって。んーきっと綺麗なんだろうなあ。元気になったらあたしが壊してあげたいなあ♪」
メリュジーヌがそう言ってけらけらと笑う。
「瀕死じゃと?光精霊にゆかりのある者が?人間界には精霊を瀕死にまで追い込む力や存在がおるのか?」
スカアハはその言葉を聞くと目の色を変えた。
「あたしも詳しくはー。けど、実際いるのかも知れませんよ?だったら優秀な手駒に出来るんじゃないんですか?」
「ふむ……」
スカアハは少し考え込んでいたが、
「調べてみる必要はありそうじゃの。ブロダイウェズ!」
「……お呼びでしょうか。スカアハ様」
ブロダイウェズと呼ばれた存在は美しい金色の瞳と髪を持ち、淡い桃色の衣装を身に纏った清楚な乙女だった。しかしマナに敏感な者ならばその金色の瞳に宿る悪意に気がついただろう。
「人間界ジェンティアへ行くのじゃ。そして情報を集めて参れ」
「貴方のお心のままに。スカアハ様」
頷いたブロダイウェズにスカアハは口づけをする。
「では行って参ります。戻ってきたら……またお願いしますね?」
「ふふ。そのくらいお安い御用じゃ。頼んだぞブロダイウェズ」
彼女はもう一度微笑んで、人間界へ旅立って行った。
「いつ見てもブロダイウェズって変態ー。スカアハ様とあんなことやこんなことしてるんでしょー?やだー!」
「これこれ。メリュジーヌ。あやつは本当に綺麗で心がねじ曲がっていて素晴らしいのじゃぞ?」
「あたしにはわかんないなー。どうせならリヒトちゃんとか、綺麗な男の子がいいなあ」
「メリュジーヌ。言葉を慎め。仮にも仲間なのだから。そもそも精霊には厳密な性別はない。精霊は魂に惹かれるものだからな」
メリュジーヌはぷーっっと頬を膨らませると、
「もー、タナトスちゃんは冗談もわかんないのかなあ?ブロダイウェズは確かに変態だけど強さと狡猾さと美しさはあたしも認めてるもん」
拗ねた様子で子供のようにそう言った。
「さて、ゆっくりおやつでも頂こうかの。スキアーとブロダイウェズの報告を待つまでは動けぬしのう」
「わーい!私ケーキが食べたいでーす!」
「ではおやつをお持ちしましょう」
こうしてソウルエームのどこかではスカアハ主催の優雅なお茶会が開かれることとなった。
そしてその頃ブロダイウェズは人間界ジェンティアに単身降り立ったのだった。




