2部1話 新たなる旅立ち
「ま……シュリ様!」
声が聞こえる。私を呼ぶ声。
「起きて下さいシュリ様!」
「ふえ!?」
シュリは耳元で思い切り大声を出されて飛び起きた。
「……全く寝起きが悪いままなんですね、シュリ様は」
「あはは……ご、ごめん……スヴァン……」
スヴァンことスヴァンフフィードは「全くもう」と言いながらも少し安心したように微笑んだ。
「シュリ様とご友人の方々が満身創痍のような状態でソウルエームに現れた時は驚きました。事前にイージス様から連絡は受けていましたが……」
「あ、うん……心配かけてごめんね……みんなの様子は?」
シュリの問いにスヴァンフフィードは少し考えてから言葉を返した。
「アルヒェ様、シュネル様、クルク様、マトリ様はすっかり回復されています。この時間は庭園におられるかと。しかし……」
「……リヒトとフィンス……そんなに悪いの?」
シュリと同じようにスヴァンフフィードも顔をしかめた。
「……ええ。ディアン様、グロア様が治療を続けた結果体の傷は癒えました……しかしマナの消費が酷すぎて昏睡状態のままです。 今はおふたりに合った石—―自然素を溶かした溶液に浸けることで何とか命を繋ぎ止めている状態です……」
「……」
シュリはしばらく言葉を失っていた。今でもはっきりと思い出せる。満身創痍で現れたフィンス。リヒトの背中に投げつけられ突き刺さった短剣。気を失い崩れ落ちたふたり。
「しかしぎりぎりの状態でも彼らが生きているのはシュリ様が応急処置でマナを注がれていたからでしょうね」
「……ねえ、スヴァン。ふたりを助ける方法ってないの?私は……リヒトもフィンスも死なせたくない。彼らは私を助けてくれたし……仲間だもの!」
シュリはそう言って拳を握りしめる。彼女は自分にも責任があると感じていた。もしもリヒトがシュリと出会わなければ彼はずっとソアと平和にいられたはずなのだ。
「シュリ様なら必ずそう言われると思いました」
スヴァンフフィードはそう言うと空色の瞳を安心したように細めた。
「そのことでシュリ様をバルドル様がお呼びなんですよ。だから起こしたのです。庭園におられるはずですから」
「え、バルドル様が?わかった、行ってくる!」
シュリはそういうと足早に庭園へと向かった。
「シュリ様は何も変わられていなかった。いや、むしろ強くなられたのかしら?」
スヴァンフフィードは嬉しそうに独り言を呟くと、銀色の髪をなびかせてシュリの居室を出て行った。
**
「やあ、遅かったね、シュリ」
「バルドル様。それに……みんなも?」
庭園に備え付けられた円卓を囲むようにバルドル、アルヒェ、シュネル、クルク、マトリの5人が座っていた。円卓の上にはちょっとしたお菓子と飲み物が置かれている。
「君たちはリヒトとフィンスの友人だから全員に話しておいた方がいいと思ってね。さ、シュリも座って」
そういうとバルドルは薄い水色の瞳を細めて笑った。
「あ、はい」
シュリが席に着くとバルドルは手早く全員にケーキを配った。彼は甘党なのかもしれない。
「えーと……まずは爆弾発言からいこうか。リヒトとフィンスは俺の子供なんだよ」
バルドルはそう言うときまり悪そうに金色の頭を掻いた。
「え?」
「えええええええええ!?」
「どう見たって年が合わないだろ?!」
その場にいたバルドル以外が全員絶叫する。
「じゃ、じゃあリヒトさんもフィンスさんもソウルエームと関わりがあって、というより精霊と人とのハーフなんですか?」
アルヒェの問いにバルドルは頷く。
「そうだね。俺、昔ジェンティアにいた時に一目惚れしちゃって。残念ながらルシアは体が弱くてふたりを産んですぐ……ね」
「……」
「やだな、暗い顔しないで。ルシアは覚悟の上だったんだから……ただ、残念だったのは俺がふたりを残してソウルエームに帰らなければいけなかったこと……」
バルドルは少し寂しげに呟く。
「精霊はジェンティアにはそれほど長く留まれないんだよ。マナの濃度が異なるからね。リヒトとゾンネ……これがフィンスの本当の名前なんだけど、はジェンティアでも生きて行けたから」
「バルドル様……」
「けれどこんなことになるなら無理矢理にでも連れて帰っておけばよかった……リヒトもゾンネも……元の身体じゃなくなってる!」
バルドルは語気を荒げ、悔しそうに言った。
「待って。元の身体じゃないってどういうことよ?」
クルクの問いに、
「ああ、ここからが重要なんだった。取り乱してごめん。リヒトとゾンネ……彼らは俺と人間の妻ルシアの間に生まれた。だからふたりは光の精霊のハーフということになる」
バルドルは落ち着きを取り戻し、語り始める。
「だよな。けどリヒトの使う力は月、フィンスは闇。おまけにふたりとも『月のこども』……性質が反転してないか?月は夜空を照らす光だからまだわかるとしても……」
シュネルの言葉にシュネルは大きく頷く。
「その通りだ。俺はジェンティアで成人と見なされる15才まで残る『エオルの保護』……えーと、マナルーンの一種をかけておいた。だからそれまではふたりの身体に干渉することや傷をつけることはできなかったはずなんだ。何かが起こったとすれば15才以降ということになる」
「確かにそうですね。しかし、その頃はまだ俺たちはリヒトにもフィンスにも会ってはいません」
「そして俺もソウルエームにいたからもちろん何も知らない。そこで、だ」
バルドルはそう言うと紹介状を取り出した。宛先はムネモシュネという人物。
「ここから東にアールタラという街がある。そこには『時紡ぎの書庫』があって、ジェンティアの人間の過去の記憶が本の形で所蔵されている。そこの司書にして館長がムネモシュネだ。シュリ達にはそこでリヒトとフィンスの記憶を見て来て欲しい。体質変化の原因がわかれば、きっとあのふたりを助けることが出来ると思う」
「わかった。みんなもいいよね?」
シュリは即答した後で仲間達を見回す。全員が頷いた。
「ありがとう。今はこのソウルエームでもモンスターや心喰らいの出現報告がある。充分に気をつけて」
「はい!」
シュリ達はそれぞれの部屋で支度を済ませ、午前のうちにアールタラへと旅立った。
(必ず、必ず助けるから……リヒト、フィンス……待ってて……!)
**
その頃、ソウルエームのどこか。
深い暗闇の中で長い黒髪を持つ女性がその緋色の瞳をゆっくりと開いた。
「女王様……スカアハ様。ようやくお目覚めになりましたね」
「ふむ……タナトスか。長かったのう……わらわが目覚めたからには闇の眷属も安泰じゃろうて……」
スカアハと呼ばれたその女性は満足そうに呟き、ゆっくりと体を起こした。
「少々お待ちを。今メリュジーヌがお召し物を持って来るはずですので」
「別に服などあってもなくても構わんがな……しかし、裸では男子が目のやり場に困るか」
スカアハはそう言うと愉快そうに笑った。ほどなく服が届けられ、彼女はそれを身につけた。どこか東洋の装束を思わせる衣服。恐らくはスカアハの好みによるものだろう。
「さてと。これで準備は整ったようじゃな。数分後に会議を開く。議題はもちろん、この世界の支配についてじゃ」
スカアハはそういうと愉快そうに邪悪な笑みを浮かべる。
――そして、ソウルエーム、そしてジェンティアをも巻き込んだ争いの時へと歯車は速度を速めて回り出す。




