第十五話 そしてもうひとつの世界へ
「……手短に話すよ。大陽聖堂の長、アスセナは『断罪の牙』、特に『毒花』とつるんでる。兄さん……逃げて。じゃないと殺される……アルヒェ……を……あの女は……」
「フィンス?」
フィンスが意識を失った瞬間、リヒトの背に投げナイフが突き刺さった。
「あ……ぐ……っ……」
「どうかしら?この『精霊喰らい』は。マナを糧とする月の子どもには、致命傷でしょう?」
「ノナ!」
ノナはそう言うと苦しむリヒトと気を失ったフィンスを満足気に見下ろす。
「ええ。ノナ。これで『月の子ども』や人外種族の殲滅が楽になりそうです」
そして物影から姿を現したもうひとりの人物にアルヒェは息を呑んだ。
漆黒の髪に聖女の証である緋色の聖衣を纏ったその人物は――
「アスセナ……さま……」
冷たい笑みを浮かべたアスセナがノナの隣に立っていた――
「驚いたかしら?アルヒェ?」
アスセナは勝ち誇ったように言った。
「まさか思いもしないでしょうね。聖女である私がよもや『断罪の牙』。心喰らいの犯人達と手を組むなんて」
「あ……あああ……」
「しっかりしろ!アルヒェ!」
顔面蒼白で崩れ落ちそうなアルヒェの体をシュネルが必死で支える。
シュリは後方でマトリに守られながら気を失ったフィンスとリヒトにマナを注ぎ続けている。
「気高き聖女。確かにその地位は悪くはないわ。こうして利用もできることだし。だけどね――」
アスセナは精巧な細工の施された鞭でアルヒェの体を思い切り打ち付けた。
「あぐっ!」
「あんたがヒンメルファルトの持ち主である限り!私は所詮『偽物』でしかないのよ!」
「え?」
「あんたさえ……あんたさえいなくなれば!消えてしまえば!ヒンメルファルトは私のもの!そして真の聖女になれるのよ!」
「……何それ。あんたのはただのわがままじゃないの」
クルクがアスセナに向けて冷たく言い放つ。
「大体ヒンメルファルトって精霊界の剣よ?精霊界と縁もゆかりもないあんたが使える訳ないでしょ。ま、仮に縁があっても剣はあんたを選びはしないでしょうね」
「下賤の者の分際で聖女を侮辱するか!」
「ええ、いくらだって言ってやるわよ!罪もない国民を指名手配し、政治や宗教とは中立の立場であるサヴィドゥリーアの大図書館の蔵書を焚書にしろ?そんな自分勝手な行動はわがまま以外の何物でもないわよ!」
「減らず口を……っ!」
アスセナは激昂し、鞭を構える。
「この鞭で――」
「俺もクルクの意見に賛成だぜ!こいつ一発ぶん殴らないと気が済まない!」
それを見たシュネルも頷いて拳を構えた。
「……シュネル、クルク。貴方達は逃げなさい!ここは私が引き受けるわ」
そんなふたりを静かにミストが制する。
「でも……!」
「このままじゃリヒトとフィンスは命が危ない。迷霧を作るわ。それに紛れてイグレシアの『黄悠の門』へ!」
「……わかったよ。ありがとう。ミスト。クルク!」
「……わかったわよ!みんな離れないで!地の扉まで飛ばすから!」
ミストが黒い霧を生み出した瞬間、クルクが栞に封じられていた風の精霊を一気に解き放つ!
「!」
凄まじい風が土ぼこりを巻き上げ、その場にいた者の視界を奪いさる。
風が収まった時、ミストとリヒト達はその場から姿を消していた。
**
「みんな!」
地の扉に着いたリヒト達をイージス、マリア、フェリット、リートの四人が出迎える。
「イージス!リヒトとフィンスが……っ」
「……!」
リートは気を失い、血に濡れたリヒトとフィンスを見て言葉を失った。
「……誰が……誰がこんな……」
「……リート。気持ちはわかるわ。だけどまずは私が応急処置をするから離れて!」
「……わかった」
〈I Epoh……gnilaeh Niar deruc Ow Uoy〉
光り輝く癒しの雨が降り注ぎ、ふたりの傷を癒す。
「これで傷は塞がったわ。だけどふたりともマナの消耗が激しすぎる。意識が戻ってもこのままじゃ……」
マリアはそう悲しそうに言った。
「じゃあこの道しかないかな。シュリ様。精霊界、ソウル・エームへの道を開く許可を!」
イージスの言葉に、
「聞かれなくたって許可するよ!イージス達、お願い!」
シュリの言葉に頷くとイージス達は意識を集中する。黄色、碧色、青色、そして赤色の光が立ち上り、空中に光り輝く門が現れた。
〈開け! Nepo!〉
そして四人の声に応えて、扉が静かに開かれる。
「な……何これ?」
「精霊界――ソウル・エームへの門だよ!みんなついて来て!」
シュリに急かされるようにしてリヒト達は空中に浮き上がり、門の中へと進む。 全員の姿が見えなくなったのを確認してから、イージス達は扉を閉め、門の姿も消えた。
**
「ふう」
イージスは少し疲れた様子でその場に腰を下ろす。
「疲れてるとこ悪いんだけど、みんなにちょっと話があるんだ。ミトラ様からの例の件なんだけど……」
言いにくそうに切り出すイージスに、リートが笑って答える。
「俺たちの答えはもうとっくに出てるよ。イージス、お前と同じ答えがな」
マリアとフェリットも同じように笑って頷いた。
「そっか。じゃあそう伝えてくるよ。……大丈夫。イオンには言わないから」
「でもそのうちきっとわかってしまうんでしょうね……」
マリアはそう言うと寂しげに睫毛を伏せた。
「そういうものよ。秘密というのはね」
「大丈夫。あの子はきっと見た目よりずっと強いから」
「……うん」
そうフェリットに励まされて、マリアは微苦笑した。
「じゃあ伝えてくる!リート、マリア、フェリットはもう帰っても大丈夫だから。ありがとう!」
イージスはそう言い残すとその場から姿を消した。そして三人もそれぞれの扉へと戻って行った。
**
―― 今は昼夜が移り変わる蒼月の島でリートはひとり夜風に吹かれていた。
「……リヒト、フィンス。お前達は離ればなれにはさせたりしないから」
だから、もしもその必要があるのなら俺はきっと――
「……一緒にいれるなら、いた方がいいんだ……俺たちみたいには……ならないでくれ」
蒼い月を見上げながら、祈るようにリートはそう呟いた。
一部終了 二部精霊界編に続く




