第十二話 水晶の娘
「もうやめて!やめてよシャレン!このままじゃ……あんたが……っ!」
悲痛な叫びが聞こえる。
私のたったひとりの大切な人。かけがえのない親友。誰からも気味悪がられた『わたし』を受け入れてくれた人。
「ごめんね……クルク」
貴方を悲しませてしまうのはとても辛いけれど、私は後悔などしてはいない。
だって貴方を――守ってあげられる。私は貴方の優しさをいつも貰ってばかりだったから。
視界がぐらりと揺れた。
ああ……私は……
**
時は前日の夕方まで遡る。
「ほら見えて来たわ。水晶の村クルストール」
クルクが指差す先には小さな集落と、
「わあっ……大きな水晶!」
似つかわしくないくらい大きな水晶があった。
水晶の村クルストールはクリスタッロ丘陵の中腹に存在する水晶細工で有名な小さな村だ。村の入り口には村の裏手に聳える水晶の山から採掘されたらしい巨大な水晶が置かれ、清らかな水のように透明な輝きを放っている。言い伝えによれば水晶の山の奥地には水晶の精霊が棲むと言われている。
しかしクルクは村の門を素通りし、水晶の山へ続く登山道に足を踏み入れた。
「あ、あれ?村にいくんじゃ?」
クルクは首を横に振って吐き捨てるように言った。
「クルストールの村には行きたくないの。あたしの友人の陰口叩くような奴らだから。あたしは今からその子に会いに行くの」
とりあえずリヒト達が彼女について行くと水晶の河の畔に小さな小屋のようなものが建っていた。 クルクは玄関のドアを軽くノックする。
「クルクよ。シャレン、いる?」
「あ、はい。いますよ――今開けますね」
ドアが開くと水色の髪の美しい少女が姿を現した。年は十代半ばといったところだろうか。
「すごく……優しいマナを感じるよ。綺麗で透明」
シュリがそう言って嬉しそうに微笑む。
「え?あ、あのクルク、この人達は?」
戸惑うシャレンにクルクが笑って答える。
「あたしの仲間よ。大丈夫。あんたの体のこと知っても差別する様な子達じゃないから。詳しくは中で話すわ」
「あ、はい。……そうですね。精霊様も言ってます。信用して大丈夫、って。中へどうぞ」
「あ、お、お邪魔します……」
リヒト達は少し緊張しながら玄関をくぐった。
**
「えっと、何もないし狭いところですけどくつろいでください。今ハーブティーを淹れますね」
案内された室内は狭いながらも綺麗に片付いていて、とても居心地が良かった。塵ひとつないのはシャレンの性格によるものだろう。
「あの、クルクさん。シャレンさんはどこか体が悪いんですか?」
アルヒェの問いにクルクは首を横に振る。
「別にどこも悪くはないのよ。だけどある意味では……呪いとか不治の病っていった方がいいのかしらね」
「どういうことなんだ?」
「……精霊同化による肉体のクリスタル化と言えばいいかしらね。生まれた時かららしいわ」
クルクはそう言うと溜め息をつく。
「お待たせしました。裏のミントで作ってみたんです。お口に合うといいんですけど」
ちょうどその時、シャレンがミントティーを手に戻って来た。
「……説明するより見せた方が早いわね。シャレン、ちょっと」
「ひゃ?な、何するんですか?」
クルクはシャレンを手招きすると袖を捲り上げる。露わになった腕にはところどころ結晶化している部分があった。見る人が見れば確かに気持ち悪く見えるかも知れない。
「……これがこの子の体の事情、よ」
「……クルクってばもう……でも、貴方達なら見せても大丈夫、そう思ったから抵抗しなかったんですけどね」
シャレンはそう言うと寂しげに睫毛を伏せた。
「私は『水晶に愛された娘』です。村の人はこれは祝福なんだって言ってました。水晶の精霊様に選ばれたのだからって。そして私のために水晶の河の畔に小さな小屋を建ててくれたんです」
「……シャレンさんはどうしてクルクと知り合いに?」
「散歩の途中で水晶の河で倒れているクルクを見つけて介抱したのが始まり、かな。今は地下に実験室まで作られちゃいました」
シャレンはそう言って、微苦笑する。
「い、いいじゃない!召術の研究には人気がなくてマナの力が強いここが一番いいんだもの。それに……あんたのためだし」
「ふふ。そうでした。クルクは私の体を調べることによってマナバランスが崩れる時の条件を調べて、結晶化が遅くなる薬を作ってくれました」
「く、薬なんて大層なものじゃないわ。あれはそういう効果がある薬草をお茶にしただけだもの。それに……進行してるじゃない……」
クルクは悲しそうに俯く。実際数ヶ月前に彼女が訪れた時より、結晶化の範囲は広がっていた。遅くは出来ても治すことはできないのだ。
「……マナバランスが崩れて異形化って……心喰らいに似てる……」
リヒトの言葉にクルクが頷く。
「原理的には全く同じよ。だから力になれるかもって思ったの。わかりやすく説明するとね――
クルクの説明をまとめるとこのようになる。
この世界ジェンティアと精霊界ソウル・エームに存在する全てのものはマナによって構成され、マナを吸収・放出して存在している。
普段はマナの吸収と放出のバランスが一定に保たれているため、そのものはそのものとしての形を保っている。
いわゆる生物の場合は地のマナ【ユウリル】、水のマナ【セレナイカ】風のマナ【セリーシェ】、火のマナ【ファリカ】がバランスよく集まって形成されている。思念を持つ生物はこれに加えて心を形成するマナ【ラリシェ】を持つ。
しかし外部からの過剰なマナの干渉や禁忌系精霊歌、呪文、あるいは毒の一部によって対象のマナバランスを極端に崩すことでそのものでないものへ変える。それこそが「異形化」である、と。
「つまり……いわゆる「人ならざる者」の始祖はそういう理由で生まれていると思われるわ。その子孫は代々血中マナ濃度のバランスが崩れてもっとも多いマナの影響を受けるようになるの。精霊がひとつの属性に特化しているのはその属性のマナが極端に多いからね」
「つまり、『心喰らい』の原因っていうのはマナバランスの人為的な崩壊、ってことでいいのか?」
シュネルの言葉に、
「あんた意外に頭いいのね。その通りよ。付け加えていえば闇のマナ【シェレカス】による過剰干渉と思われるわ。だから対象が限界に達する前に干渉できなくすれば元に戻るのよ」
クルクは嬉しそうに続ける。
「干渉できなくって……どうやって?」
リヒトの問いに、クルクはあくまでも理論上は、と付け加えてこう答えた。
「スペル系にしろヴェール系にしろ、自然界もしくは精霊界にあるマナに干渉して自分とマナの道【パス】を繋げて可能になることよ。これをマナリンクと言うわ。
パスは基本的に絆――つながりによって形成されるの。この世界の生き物は理論上、全ての種類のマナと道を繋げられる。それを悪用してるのが『心喰らい』。だから道を遮断できればいいわけ」
「でもその遮断方法がイマイチ、ね。相手に対して心を閉ざせば干渉は防げるのだけどかなり強い心の持ち主じゃないと無理だし」
クルクはそう言って溜め息をつき、冷めたハーブティーを一気に飲み干した。
「……召喚精霊に守らせると言っても、普通の人には厳しいし。シェレカスに対抗できるマナを放つ鉱石も少ないし……」
クルクが考え込み始めた時だった。
ドオン!
地面が揺れて、村の方角から爆発音がした――
**
「ひ、ひいいいっ!」
「た、助け……ぐ……がアアアアアッ!」
「ふふ。あはははははっ!楽しい♪楽しいわ!」
異形化した村人たちが互いに殺し合う様を見て、黄緑のロリータ服を身に纏った少女は嬉しそうに笑った。
「ノナ……これは……酷すぎるんじゃ……」
対照的にピンク色で一部が紅髪の少女はその凄惨さに眉をひそめた。飛び散る魔物の血断末魔、倒れた魔物から立ちのぼる腐臭……
「だいたい、目的は『水晶の娘』なんだろ?この人達に罪はないじゃんか」
「あら、このくらいしたらすぐに優しい『水晶の娘』は出て来てくれると思って。だいたい貴方――」
ノナはそう言うと手にした鞭で少女の体を叩く。
「ノナさま、とお呼びなさいとどれだけ言ったらわかるの?まあ貴方は綺麗だし生かしてはおいてあげるけど」
その時自我を失った魔物がノナに襲いかかったが、彼女がナイフを一閃しただけで事切れた。
「主人を襲うなんて信じられないわね。あ、来た来た……」
**
「な、何なのこれっ!」
「村人を異形化させて互いに殺し合わせたの……?滅茶苦茶だわ……」
駆けつけたリヒト達はその光景に絶句した。
異形化した元村人達の骸があちこちに転がり、真っ黒い液体は川を作っている。まさに地獄絵図だった。
「こんなことする人はひとりしかいません。出てきなさい!ノナ!」
アルヒェが怒りを露わにして叫ぶと、柱の影からノナが姿を現した。その隣には顔色の悪い少女が付き添っている。
「ふふ。お久しぶり。リヒトちゃん、シュリちゃん、アルヒェちゃん、シュネルちゃん。今日はあの綺麗な黒髪の男の子はいないみたいね?」
――……シュネルだって?
傍らの少女は驚いた様子でリヒト達を見た。その名前は特別な意味を持つものだったから。
「……クノスペ。あなたは下がりなさいな。私ひとりで充分だもの」
ノナはそう言い放つと投げナイフを構える。
「!」
リヒト達もそれぞれ武器を構えた。
「……待って!」
シャレンは何かを決意したかのようにリヒト達の前に進み出る。
「……あら、あなたが『水晶の娘』?探す手間が省けたわ」
「ひとつだけ答えて下さい。この村をこんなにしたのは……貴方なんですか?」
シャレンは強い瞳でノナを見据える。
「ええ。そうよ。だったらどうするの?」
シャレンは小さく頷くとこう言い放った。
「だったら……私は貴方を許さないわ!」
「!」
シャレンの周りを淡い光のヴェールが包み込み、背中に集って水晶の羽根に変わった。
「シャレン……あんたまさか……」
悲しそうに見つめるクルクをとても優しい眼差しで見つめて、シャレンは大きく息を吸う。
< I Epoh……I Ma Gnis "Gnos Fo Ecifircas Rev Sharen">
「これって精霊歌?」
透き通った声で紡がれる優しく切なくそして温かい旋律。
「凄く綺麗で優しい……でも悲しい歌……」
旋律は広場を満たし、水晶のように輝く浄化の雨が降り注ぐ。
「……苦しいっ……ここは退くわ!」
ノナは苦しそうに胸をおさえながらその場から消えた。もうひとりはただその場に立ち尽くしていた。その歌に、魅入られていたから。
シャレンはただ、謳う。歌が紡がれるとともに彼女の足下の地面が結晶化し、彼女を呑み込んで行く。
「もうやめて!やめてよシャレン!このままじゃ……あんたが……っ!」
悲痛な叫びが聞こえる。 私のたったひとりの大切な人。かけがえのない親友。本当は村人達の真意にも気付いていた。誰からも気味悪がられた『わたし』を受け入れてくれた人。
「ごめんね……クルク」
貴方を悲しませてしまうのはとても辛いけれど、だけど私は後悔などしてはいない。
だって貴方を――守ってあげられる。私は貴方の優しさをいつも貰ってばかりだったから。
精霊歌が終わるとともにシャレンの体は、美しい水晶へと姿を変えていた。
「なんでこんなことしたのよ!シャレン……馬鹿よ……大馬鹿よぉっ!」
クルクの悲痛な叫びが広場を満たした。
〈泣かないで……クルク〉
クルクの涙が乾いた頃、彼女の耳元でとても優しい声がした。
「え?」
〈私は人ではなくなったけど……精霊になって……こうして貴方の傍にいるから〉
クルクが顔を上げるとそこには身につけている衣装こそ変わったがまったく変わらない雰囲気のままで彼女が微笑んでいた。
「……シャレンっ!」
〈私はもうシャレンじゃないわ。水晶の精霊クリスタリアになってしまったもの。記憶や自我がいつまで持つのかもわからない。だからね……〉
精霊はそう言うとクルクに透き通った水晶を差し出す。
〈私と契約して欲しいの。例え記憶や自我が消えても……私は貴方の力になりたいから。クルクなら出来るんでしょう?〉
「何言ってんの……できないわけないでしょう?」
クルクは立ち上がると水晶を高く掲げ、詠唱を始める。
〈清廉なる水晶の乙女クリスタリアよ!水晶の絆をもって我クルク、汝との契約を望む……ここに力は結ばれる!〉
詠唱が終わるとともに澄んだ光が水晶の中に宿り、温かい光がクルクを取り囲む。
「成功……したみたい……」
「クルク?」
「おっと」
気を失って崩れ落ちるクルクの体を、近くにいた少女がとっさに受け止めた。
「大丈夫。気を失ってるだけだよ。ゆっくり休ませてあげて」
「あ、う、うん」
少女はクルクの体をリヒトに預けると、
「……シュネル?シュネルなんだよね!」
「わ!」
いきなりシュネルに抱きついた。
「シュネル、大丈夫だった?」
少女は戸惑うシュネルをよそにそのまま言葉を続ける。
「へ?」
「あのロリババアに毒喰らって異形化したって聞いたから……!」
「苦しいって!話が見えないんだよ!お前そもそも誰なんだ?」
シュネルの言葉に少女は何かを思い出したようにその手を離した。
「そっか……わかんなくても仕方ないよね。ボクだってさ、自分がいわゆる男の娘になるなんて思わなかったもの」
「……ボクはシュネルの親友だったあの病弱なコだよ。クノスペって呼ばれてるんだけど」
その言葉にシュネルは何か思い当たったらしくすっとんきょうな叫び声をあげた。
「え……ええええ?そ、そういえば昔から女顔だったな」
「き、君は男の子?それ以前に本当にあの冷酷非道な断罪の牙なの?だってノナは……」
戸惑うリヒトの言葉をクノスペは一蹴する。
「……あんな女と一緒にしないでよ」
「あの女のやり方にはボクは納得出来ない。ま、ボクの場合はシュネルを異形化させたっていう私怨もあるけどね」
声を低くして強い調子でクノスペはこう告げた。
「え、でもだったらなんで……断罪の牙なんかに」
シュネルの問いに、
「それは、乙女の秘密ってやつだね♪」
クノスペはうって変わって明るい様子でそう答える。
「一応目的は果たしたからボクもう行くよ。じゃあね!」
そしてそう言い残すと姿を消してしまった。
「……あいつ……何か……隠してる?」
その去り際の笑顔が何故かシュネルにはとても不自然に映ったのだった。




