第十三話 放浪者
青年は瞳を開いたままで、意識を集中する。イメージするのは舞い踊る炎。この地ジャーマ火山島に満ちる炎のマナを剣に集める。集ったマナが紅い光となって刀身に絡み付く。
今だ。
「緋炎華!」
炎を纏った斬撃はマグマの冷えて固まってできた岩を粉々に打ち砕いた。
「やるわねえ」
青年の後ろにいた女がパチパチと手を叩いた。
「フェリット様。そんな。俺なんてまだまだですよ」
「謙遜しないの」
フェリットと呼ばれた真紅の髪の女はそう言って青年の傍へと歩いて行く。
「だってマトリ、その年でほぼ全ての聖剣術を扱えるって言うじゃない。リート達も驚いてたのよ?」
マトリと呼ばれた青年はその言葉を肯定も否定もせずに困ったような笑みを浮かべた。
「リート様もイージス様もマリア様もお世辞が上手いんですから……って……いてっ!」
フェリットに思いっきりデコピンされてマトリは少し涙目になっている。
「あたしもリート達もお世辞とか言わないからね?褒められたら素直に受け取っとくべきよ。あと様づけで呼ぶのやめなさいよ」
「はあ……」
マトリは抵抗しても無駄だと悟ったように剣をしまうとその場に腰を下ろした。紺色の髪に青色と紫色のオッドアイ。バンダナのようなものを巻き、腹部の露出した軽装。年は二十三才だが年よりは幼く見える。特に笑顔の時にその傾向が強いようだった。言うなれば、子どもの心のまま大人になった、そんな雰囲気だ。
「ところでマトリはこれからどうするの?まさかいつまでも炎の扉にいるわけにもいかないでしょ」
「そのことなんですけど……フェリットさ……フェリットが数日前に話してた事件がありましたよね?」
フェリットは小さく頷く。
「『心喰らい』のことね」
「俺もその事件を追おうと思っているんです。どうも……闇〈シェレカス〉や最悪は真闇〈イーシェ〉が関わっていそうな感じがするんですよ」
「……わかったわ。けど理由は、それだけじゃないでしょ?」
フェリットの言葉にマトリは寂しげに微笑む。
「はは。フェリットには隠し事は出来なそうですね。まあ……イージス達にも言われたんですけど。俺は修行ももちろんですが、ある人物を追っているんです」
**
一方その頃、廃墟と化したクルストールの村には澄んだ声が響いていた。
「偉大なる大陽の姫君よ……さまよえる迷い子達を輪廻の輪へと乗せたまえ。願わくば彼らが次の世界で笑っているように」
アルヒェによる弔いの儀式。見習いシスターだった彼女はこれで二回ほどこの儀式を行ったことになる。その回数を多いと取るか少ないととるかは人によるだろう。ただひとつだけ言えることは、短期間に続けて儀式を行うことは今のジェンティアでは非常に稀だということだ。
「……終わりました」
儀式を終えたアルヒェが村の入り口へと戻ってきた。顔色は悪く、元気もない様子だった。
「アルヒェ、大丈夫か?すっごく辛そうだけど」
その様子を見て心配そうな表情でシュネルが尋ねる。
「大丈夫です……と言いたいところなんですけど、正直ちょっと辛いです。体も心も」
アルヒェはそう答えて俯く。
「どうするの?僕らは指名手配されてるしサヴィドゥリーアに戻るのは無理だよね……」
ふらついているアルヒェを支えているシュネルを見ながら、不安そうにリヒトが言った。一刻も早くアルヒェを休ませてあげたい。しかし街に戻るのは無謀すぎる。
「……とは言ってもね。他の大陸に渡るにもサヴィドゥリーアかイグレシアからしか船は出てないし……とりあえずアルヒェをシャレンの家で休ませるのが先ね」
クルクの言葉に全員の意見が一致し、リヒト達はひとまずシャレンの家へ戻ることにした。
**
「サヴィドゥリーアが封鎖だって?」
ジャーマ火山島からサヴィドゥリーアに向かう途中に立ち寄った酒場でマトリは旅人からその事実を知った。
「あんた、サヴィドゥリーアに行くつもりだったのかい?」
「いえ、そういうわけでもないんですが……どうしてですか?」
酒場の主人はマトリに新聞を差し出す。
――サヴィドゥリーア封鎖令
アスセナ様の命により行われた。指名手配された「リヒト」「シュリ」「アルヒェ」「クルク」「フィンス」の四人がサヴィドゥリーアに潜伏している可能性があるから、という理由。
しかし『心喰らい』が未解決のままであること、数日前の焚書令などをきっかけに国民の聖女アスセナへの不安や不満はますます高まっている様子。
突然のサヴィドゥリーア封鎖に関しては隣国からの旅人や商人などから抗議の声が上がっている。
銀月の騎士にはきな臭い噂話も多く、隣国もこのベラーノ大陸も聖堂を警戒する動きを見せている。
スクープ!聖女密会!?
聖職者のみ入ることが出来るイグレシアの大陽聖堂。その最上階から夜になると声が聞こえてくるとの噂がある。
あくまで噂の域を出ないが、翌日聖女の部屋を掃除したメイドはむせかえるようなバラの匂いを嗅ぎ、部屋中に脱ぎ捨てられた衣服を目にした……という。
聖女も女。恋をしたい気持ちもあるのだろうか……?
――心喰らいと黒髪の青年
先日ベラーノ大陸にて心喰らい事件が発生した。村は異形化した村人によりパニックに。
そんな中、黒髪に緋色の瞳をもつ青年が現れ、一刺しで異形化した村人を倒し、村人の怪我人はほとんど出なかったという。
お礼を言うと、彼は何も言わずに立ち去ったらしい。
指名手配中のフィンスと風貌が似ているらしいが、関係は不明。
ある村人は「村にとっての恩人。例え指名手配されていようと感謝の意を示したい。ありがとう。」と語っている。
「……なるほど。ありがとうございました」
マトリは新聞を主人に返すと、冷めた紅茶をすすった。
「けどサヴィドゥリーアが通れないなら西にあるカルストラ台地を進んでラーファガ山脈を越えるしかないぜ?あそこは突風で落石が多い危険な場所なんだ」
主人の言葉に、
「それでも俺は行かないと。情報ありがとうございました。お代、置いておきます」
マトリはそう言うと足早に酒場を立ち去った。
その様子を物陰から見つめる少女がいた。真っ黒なウェーブのかかった髪に紫のワンピースを纏い、黒いタイツを穿いている。気配を全く感じさせない動きは、どう考えても普通の少女のものではない。例えるなら暗殺者や忍者、そんな雰囲気だった。
「マトリ、見つけた……私の愛するシェイルさまを殺した男……逃がさない……許さない……」
少女はそう呟くと夜の闇に紛れるようにしてマトリの後をついて移動を始めた。
**
「アルヒェは?」
「眠ったよ。ここにあったラベンダーのハーブティーがよく効いたみたい」
シュリの言葉にリヒト達はほっと息をついた。
「……多分……無理してたんだと思う。異形化したとはいえ自らの友人をその手にかけて、信じていた大陽聖堂からも指名手配されて、それに今回のあの虐殺だ……俺なら」
とても耐えられない、とシュネルは思う。
それだけの重いものを背負いきれる覚悟も、強さも今の自分にはない。
――俺も強くなりたい。じゃないと彼女にはとても……釣り合わない……。
「……あんたも別に弱くはないわよ。シュネル」
「え」
「……異形化までして道〈パス〉を断ち切れる人間なんて聞いたことないわ。たとえ謎の炎の助けがあったとしてもあんたが弱ければ呑まれてた。そこは自信持ちなさい」
クルクの言葉に、
「ありがとな。クルク。お前って何だかんだで優しいよな」
シュネルは笑ってこう返す。クルクは耳まで真っ赤になった。
「だ、誰が優しいのよ!あくまで強いのはあんたの心だからね!せ、戦力としてはそうでもないし!」
「大丈夫だって。……そこはこれから強くなるから」
そしていつかアルヒェを守りたい。支えてあげたい。彼女が望む道を進めるように――
「あ、シュネル。このスープをアルヒェに運んであげて」
何となく把握したのか、シュリがアルヒェの分のスープをシュネルに差し出す。
「え、ええ?」
シュネルは助けてくれ、というように横目でリヒトを見るが、
「よくわかんないけど……頑張れ」
笑顔で返されて、そのままスープを運んで行った。
**
「アルヒェ?寝てるのか?」
数回部屋のドアをノックするが返事はない。スープを持ったまま突っ立っているわけにもいかず、シュネルはドアノブを回した。
「入るぞ――って……!」
「ひゃあっ!」
シュネルの目の前には純白の薄いワンピース姿のアルヒェがいた。普段は隠れている腕も首筋も、胸元までも露になっている。
「ごごごごごめん!ノックしても返事がなかったから!」
「あ、ごめんなさい!気付かなかったあたしの方が悪いですから!」
シュネルは部屋のテーブルにスープを置くと、足早に立ち去ろうとする。
「あ、あのっ!待ってくださいっ!」
その背中をアルヒェの声が引き止めた。
「……あの……見ました?シュネルさん?」
「え?み、見てない見てないから!後ろ姿だけだから!ほら、部屋も薄暗いし!」
シュネルは慌てた様子で必死に弁解する。
「……その様子だと見ちゃったんですね!」
アルヒェが悲しそうに呟いた。
「ふ、不可抗力だ!ちょっぴりだけど、その……胸元とか」
「……あの傷」
「え?」
「へ?」
シュネルとアルヒェはお互いの顔を見合わせた。
「……傷?」
「……胸元って……ばっちり傷見られてるじゃないですか!」
アルヒェは観念したようにシュネルの前に立った。月明かりがアルヒェを青白く照らし出す。
「……この傷……生まれたときからあるんです」
「……傷っていうよりは刻印みたいな感じだけど……俺のと似てるな」
傷のある場所が胸元なのでとても直視はできず横目でちらちらとシュネルはその傷を見た。形としては翼。傷というよりは刻印のような印象を受ける。
「……あの、内緒にしてくださいね?」
「ああ。……ついでに言っておくと、俺にも炎みたいな刻印があるんだよ。背中にな」
シュネルはそう答えると椅子から立ち上がった。
「とりあえずスープ飲んだら早く寝ろよ……あと、何でもかんでもひとりで背負おうとしなくてもいいんだ……おやすみ」
「あ……おやすみ……なさい」
シュネルが部屋を後にしてひとり残されたアルヒェは温かいスープを口に運んだ。
「……この味……!」
覚えている。イェルバ村で食べたのと同じ温かい味。だとしたらこのスープを作ったのは――
「……ありがとう……シュネルさん……」
誰に言うでもなく、月明かりに照らされた部屋でアルヒェはひとり呟いた。




