スキュラ(3)
( ゜ー゜)テケテケ(更新でございます)
三面六臂のスキュラを構成しているのは南洋の海人国ニュンペーの魔女マースールとその妹マーサレナ、そしてマースールの婚約者でもあった王子マレールの三者である。
ことの始まりは、マースールの妹マーサレナが、マースールの婚約者マレールを誘惑し、奪ったことだった。
ニュンペーの大貴族の家に生まれたマースールとマーサレナは双方とも傲慢、攻撃的な気質の持ち主で、幼少時よりいがみ合っていた。
容姿の美しさでは妹マーサレナが上であったが、長女であったマースールはニュンペーの王子マレールの婚約者として、王室入りを約束されていた。
今は姉妹でも、いずれ自分は王妃となり、妹であるマーサレナはそれに傅くことになる。
小生意気な妹にそう言い聞かせ、服従させようとしたマースールだが、それがマーサレナに、王子マレールを奪えば立場がひっくり返るという考えを起こさせた。
一皮剥けば似たもの同士。それ故にマースールの性格的な問題点をよく理解していたマーサレナは自身の容色を生かして立ち回り、マレール、そしてマレールの母であるニュンペー王妃が持っていたマースールへの不満、不安を突いて、マレールを奪い取った。
激怒、狂乱したマースールは、結果、その身に流れる魔女の血に目覚めた。
ニュンペーの都から姿を消したマースールは、孤島に暮らしていた老魔術師を殺し、その塔を乗っ取った。
マースールの中にあった魔女の血は強力なものであり、マースールは老魔術師が所有しながらも、まともに読み解くことができなかった書物を易々と読みこなし、強大な魔術と邪法を一年とかからず身につけた。
そして、水精アプサラスを捕らえ、その因子を用いて、人をおぞましい化け物に変える『毒』を生み出した。
マースールは妹マーサレナとマレール王子の結婚式に乗り込み、妹に『毒』を振りかけた。
マーサレナは最初のスキュラとなった。
絶叫するマーサレナの姿、パニックになるマレール王子やニュンペー王妃らの姿を爆笑して見届けたマースールは、そのまま王宮を立ち去った。
あとは、マーサレナが殺されて終わり。
そう思っていたのだが、そうはならなかった。
一代限りの怪物のはずだったスキュラは、繁殖をした。
まずはマーサレナを殺そうとした兵士達を苗床に増殖し、そしてニュンペー王宮、王都を蹂躙していった。
そして、マレール王子がマースールの元にやってきた。
王宮を脱出したマレール王子は、マースールにマーサレナを止めてくれ、ニュンペーが滅ぼされてしまうと懇願した。
平身低頭して赦しと助けを請うマレール王子の姿に溜飲を下げたマースールは、自らの手でマーサレナに引導を渡すべく、ニュンペー王宮に乗り込み、そこでマーサレナと相打ちになった。
持ち前の魔力を以て、マーサレナを滅ぼしたと思ったが、マーサレナがばらまいていた見えない毒の刺胞に犯されて倒れ、気付いた時には、マーサレナやマレール王子の体と不気味に混じり、溶け合って、三面六臂のスキュラという奇怪なものに成り果てていた。
そこから先が、真の地獄であった。
憎み合う姉妹が、ひとつの肉体をもつ一つの怪物になった。
お互いに「おまえのせいだ」と相手を責め、凄惨な争いを続けた。
首を絞め合い、目を潰し合う。
最初に壊れたのは、マレール王子だった。
マースール、マーサレナ姉妹の争いから逃げだそうと、何度も舌を噛んだが死に損ね、いつの間にか正気をなくしていた。
そしてマースールはマーサレナとの戦いに勝利した。
マーサレナを殺すことはかなわなかったが、三面六臂のスキュラとしての体の主導権を獲得することに成功した。ぎゃあぎゃあと泣きわめいくマーサレナの口と瞼を縫い合わせて放っておいたら、発狂していた。
その頃には既に、ニュンペーの王都も王宮も、増殖したスキュラによって滅ぼされていた。
生きたまま異形に成り果てたマースールは世界を恨み、呪った。
自身を過酷な運命に追い込んだ世界を。
自分は化け物に成り果ててしまったのに、変わることなく回る世界を。
健やかに生きる他の生き物たちを。
身勝手以外の何物でもない怒りと憎しみに突き動かされたマースールは、スキュラの統率者としてニュンペーの海人達、そして近海の生物たちを殺しつくし、そしていつしか眠りについた。
時は流れ、一匹の竜王族がマースールの前に現れた。
生物の気配によって目覚めたマースールを、竜王族は滑稽な生き物、醜い生き物だと愚弄し、殺そうとした。
激怒したマースールはその竜を捕らえて拷問し、竜王族の棲まう『山』そして、竜王族と契約する海人族の国家ムーアの存在を知った。
自分をあざ笑った竜王族を滅ぼそうと決めたマースールだが、いきなり竜王族の『山』に攻め込むのはリスクが大きい。
マースールが眠っている間に、南海のスキュラも数を減らしてしまっている。
繁殖地を確保しなければならない。
目をつけたのが、西海の海人族の国、ムーアであった。
捕らえていた竜王族を媒介としてスキュラを送り込み、マースールは西海にスキュラを蔓延させることに成功した。
逃げ出した竜王族が『山』に報告をし、竜王族が討伐にやってくることも、それ自体は計算の内だった。
討伐の竜達を返り討ちにすれば、強力な寄生先が手に入る。
竜王族を滅ぼすための戦力になる。
だが、ヴァルナ神の顕現については、完全に計算外だった。
そもそもが計算などしようのない存在だ。
そして実際に動き出したヴァルナ神の力は、マースールやスキュラの力など、全く通用しないものだった。
万単位にまで繁殖したスキュラを、一息に釣り上げて消し去った。
存在としての格が、根本的に違う。
立ち向かうすべなどなにもない。
最後の砦となった大ムーア島も、あの陸人と、その眷属達の出現により、滅ぼされようとしている。
もはや、死にもの狂いで逃げ、隠れることしかできなかった。
ひれ伏し、赦しを請うたほうがまだましな選択であったが、マースールの憎しみとプライドが、それを許さなかった。
マースールの中では、マースールは被害者であり、復讐者であった。
理不尽な運命によって、悪意によって幸福を奪われて、おぞましい怪物と成り果てた。
自分だけが不幸になるのは、不公平だ。
自分には、復讐の資格がある。
この歪んだ世界を破壊する資格がある。
そんな風に思っていた。
そんな風に狂っていた。
水圧に身をきしませ、内臓を吐き出しそうになりながら、マースールは深淵へと向かう。
水の底へ。
闇の底へと。
そして、なにかに触れた。
――着いた。
水底へと至った。
ヴァルナの目を逃れられるかも知れない。
生き延びることができるかも知れない。
そう思ったとき、
「底はまだ、先ですよ」
そんな声がした。
どこかで聞いたような声だった。
闇の中に、光が生じて、人影が現れた。
水神ヴァルナ、ではない。
かつてマースールが捕らえて、スキュラの材料とした水精アプサラス。
マースールが行き着いた場所、それはアプサラスが操っている巨大なクリオネの背中の上だった。
( ゜ー゜)テケテケ(お読み頂き有り難うございました)
今回の話と噛み合わなくなるので「第58部分 水精に出会いました。」を小修正しました。
同化タイミングが「マレール、マースールの順」だったのが、「同時」になりました。
次回更新は明日朝の予定です。
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