衝撃、走る
「とりあえず着替えなきゃいけないね」
カナは小林の土にまみれた服を見ながら言った。
「とりあえず俺は家に帰るよ、すぐ近くなんだ」
陽太は背中に付いた土をはらっている。
「良かったら来る?」
住宅街の方を指差している。
「一人暮らしなのか?」
歩きながら宇佐美が聞くと小林は軽く笑いながら答えた。
「親いないんだよね、俺」
小林の口からはこの時代にはそう珍しくない事実が語られた。
2222年は各区で程度の差はあれど貧富の差があった。差の小さな区でも三倍、大きな区では十倍以上の収入の差が住人達にある。もちろんその中で生活に苦しみ我が子を手放す親というのも少なくなく、小林のように親を知らず施設が実家になる子供の数は年々増加していた。
宇佐美が小林に謝ろうとした時だった。
「じゃあ、私と一緒だね!」
小林に声をかけたカナは心なしか嬉しそうだった。
「まじで!?なんだ一緒かよ~」
小林も思いがけないカナとの共通点が嬉しいようだ。
だがそんな二人を見ている宇佐美の気分は重かった。
(親がいない子供が普通にいる……か)
宇佐美が少し暗い気分になりながら歩いていると前から小林と同じくらいの年齢の少年が歩いてきていた。小林の着ている制服と同じ物を着ている。
「野田!奇遇だなこんなところで会うなんて!」
小林が明るく直哉と呼ばれる少年に声をかけた。
「その恰好……またあいつらにやられたんだろ?」
野田と呼ばれる少年は呆れたように小林を見ている。
その目には軽蔑の色すら浮かんでいるように宇佐美とカナには見えた。
「ほんと懲りないよな、いい加減諦めろって言ったろ」
嘲るように野田は言った。
「何言ってんだ、俺は諦めないからな……お前との約束を」
小林は野田に向かって強く自分の意志を伝えたが野田には届かなかった。
「いつまでそんな事言ってんだよ……もういいだろ」
そう言って野田は足を少しだけ引きずるように去っていった。
「友達なんですか?それにしてはちょっと……」
カナは野田のやたらと小林を見下したような態度が気になった。
「あいつは野田直哉っていってさ、あいつの家と俺の施設が近かったからな、小さい時からのダチなんだよ」
少し悲しそうに小林は笑った。
「でも、あいつも俺とおんなじでやりたいことが出来なくなって……そっからかな、俺はそれが嫌で反抗したけどあいつは諦めたんだ、元々怪我しちまってたしな」
「なぁ、お前のやりたい事って何なんだ?」
宇佐美が聞くと小林は待ってましたと言わんばかりに熱弁した。
「走ることだよ!野田と一緒にリレーに出て二人でバトンを繋いでトップでゴールするってのが俺たちの約束なんだ、でもあいつは練習中に怪我した事に加えて『通知』が来ちまったから……前は誰よりも必死に練習して、もっと笑う奴だったんだけどな……」
小林の落ち込みようは野田と呼ばれる少年が以前と比べて大きく変わってしまった事を宇佐美とカナに伝えるには十分だった。
「っと、悪い悪い着いたぜ」
そこには少し古めかしいアパートがあった。お世辞にも綺麗とは言い難い外観で、小林の部屋は二階にあったが階段は一段上がるごとにギシギシと鳴き、廊下の隅には蜘蛛が我が物顔で住み心地の良さそうな巣を作っていた。
「狭いとこで悪いけど上がってくれ」
小林の部屋はおよそ八畳ほどの広さで最低限生活に必要なものは揃っていた。
「綺麗にしてるんだね!」
部屋に入ったカナは小林のベットに座ろうとしたがそれを宇佐美がやんわりと止める。
すかさず小林はクッションを用意し宇佐美はカナをそれに誘導した、
この時カナの着ていた服は昨日の晩に綺麗にしたばかりだったため例えるなら太陽のような匂いがしていた。
宇佐美はカナがもしベットに座ったら直に横になってくつろぎだすことが今までの経験から予想が付いた。そして小林は高校生、多感な時期である。
小林は宇佐美の気遣いを半分ありがたく、半分残念な気持ちで受け入れた。
今夜の穏やかな眠りのために。
「ま、まあくつろいでくれよできればベット以外のとこでな……」
小林は飲み物を用意するために冷蔵庫に向かった。
「ありがとう」
宇佐美がそう言って床に腰を下ろしてから少しして麦茶を持った小林が戻ってきた。
「じゃあ飲んでて待っててくれ、俺は着替えるよ」
小林はカナの視界の外に消えて行った。
「なんであんな遠くできがえるんですかね?」
カナは首を傾げるが宇佐美は答えずに麦茶をすすった。
「で?どうやってこの区を変えるんだよ」
着替え終わった小林が戻ってきた。
黒のシャツに下はジャージというラフな格好だ。
「まずは統括官の圧場について教えてくれないか?色んな奴の話を聞いてみたいんだ」
宇佐美がそう言うと小林は少し表情を暗くしながら圧場について宇佐美たちに話し始めた。
「あいつはの事を悪く言う奴は俺の周りには誰もいない、税金はそう高くは無いし兵士たちの暴走も止めてるからな……でも俺は嫌いだね、遺伝子で進路を勝手に決められちゃあ夢も見れねえからな」
そう言う小林の顔には怒りの色が浮かんでいる。
「あとは……圧場のいる場所なんて分かるか?」
宇佐美の問いにカナは驚いた。
「そんなの分かるはずなーー」
「統括官ならあそこに見える役所にいるぜ?他の区もそうだろ?」
小林がそう言って窓から指さしたのは一キロと先にない大きな建物だった。
「えええええええええ!?」
宇佐美とカナは声を合わせて驚きの声を上げた。




