第4話 死に戻り10回チャレンジ
ダンジョンの通路は、ぬるい湿気で満ちていた。
足を踏み出すたび、水分を吸った岩肌がぬめり、靴底がわずかに滑る。
アキラは金属製のメイスを握り直した。
(……大丈夫だ。データは取れた。それに、命がなくなるわけじゃない)
アキラは足を止めなかった。
五百万円をどうしても諦められなかったからだ。
「『直感』はきちんと反応していた。前回の失敗はアイツの硬さを見誤っていたことだ」
(大丈夫。相手の攻撃を避けつつこちらの攻撃を当てていけば、計算上は勝てるはずだ)
――彼は、SR武器が宝箱から出現した事実が、この敵との間に想像を絶するレベル差があることの証明だという現実から、目をそらしていた。
通路の奥で、金属が擦れる音がする。
アキラは岩壁の陰に身を寄せ、そっと覗き込んだ。
そこには、光苔に照らされた広間の中央に、リザードマンが背を向けて立っていた。
湿った鱗が緑の光を反射し、握る剣の刃先がわずかに震えている。
「……いたな」
喉が乾く。声が掠れて、自分のものじゃないような錯覚を覚える。
アキラは両手でメイスを握った。
息を吐いて、わずかに腰を落とす。
「行くぞ……っ!」
アキラはリザードマン目掛けて、メイスを構えたまま走り出した。
リザードマンもまた、剣を構えてアキラ目掛けて走り寄ってくる。
距離は一気に縮まっていく。
(来る……!)
リザードマンの足が地面を蹴った瞬間、アキラの脳が警鐘を鳴らした。
(後ろだ! 避けろっ!)
――だが。
(動けないっ!?)
まるで金縛りにあったかのように、足が地面に縫い付けられて動かない。
頭で逃げろと命じても、体はまったく言うことを聞かなかった。
ゆっくりと剣が振り抜かれる。
(や、やめろ! 止まれっ! 止まれっ!!)
視界の端で光が閃く。
そして――目の奥に焼けるような痛みが走った。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!」
あまりの痛みに絶叫するアキラ。彼の両目は、リザードマンの持つ剣によって、えぐり取られるように斬り裂かれていた。
「…………ッ、ぁ…………!」
痛みで思考が乱れ、喉から意味をなさない声が垂れ流される。
リザードマンはその様子を呆れたように見下ろし、ゆっくりと剣を振りかぶった。
アキラの首が断ち切られ、頭部を失った肉体がぐらりと倒れる。
やがてアキラの意識も失われていき……
――気がついた時。
アキラは、洞窟のスタート地点で立ち尽くしていた。
「いき……てる……?」
何度もまぶたの上から眼球に触れて、両目があることを確かめる。
やがてホッと息を吐くと、糸の切れた人形のように、ガックリと膝をついた。
「……はぁ、はぁ、はぁ……」
洞窟の湿気がひどく重い。手が震え、メイスを落としかけてしまう。
スマホの画面に目をやった。
視聴者数:5
名無し:【今一瞬、棒立ちになってたぞ】
ベテラン:【PTSDだな】
アキラは息を整えてから額の汗を拭い、その意味を検索する。
ベテラン:【新人がよく発症するんだ。もうリタイアしたほうが良いんじゃないか?】
胸の奥が軋む。
(くそっ! どうしろってんだ!)
体は動く、攻撃も避けられる(と思う)。ただ、自分の意志とは関係無く剣が迫ると体が動かなくなってしまう。それだけが、問題だった。
(500万を諦めろってのか? 500万だぞ!?)
社会人になってから金の価値を思い知った。
500万はアキラにとって、《《命をかけてもいいくらいの金額だ》》。
(トラウマで動けなくなるなら、動けるようになるしかない!)
顔を上げ、ドローンカメラに目を向けた。
「なあ、死に戻りのデメリットって、なんだったか?」
名無し:【レベルが下がることだな。けど、1以下にはならん】
「……そうか」
アキラがぼそりと呟く。
「なら、実質ノーリスクだな」
彼の目に光が刺し、口の端がかすかに上がった。
「なあ、人間は何にでも慣れる生き物だ」
「だったら……《《何度も死に戻れば、死ぬこと自体にも慣れるんじゃないのか?》》」
アキラは静かに笑う。
コメント欄が一瞬止まった。
名無し:【は?】
ベテラン:【何に慣れるって?】
――ざわめき。
画面に次々とコメントが流れ出す。
名無し:【正気かよ!?】
名無し:【そんな事したら頭がおかしくなるぞ!】
名無し:【狂ってる……】
アキラはコメントを一瞥すると、ゆっくりとスマホをポケットにしまった。
「とりあえず試しに10回ほど死んでみるか……」
アキラは何でもない風に立ち上がり、リザードマンのいる方向へ向かう。
名無し:【おい、待てって!】
名無し:【早まるな!】
コメントが口々に止めるが、もはやアキラに届くことは無い。
洞窟の奥へ進むアキラの背中は、どこか悟りきったように軽かった。
――そしてアキラは勢い任せでリザードマンに突撃し、あっさり首を斬られてリスポーンする事となった。
死に戻り一回目
名無し:【おいおい、何だよアレ】
名無し:【とうとう気が狂ったか……】
「……やっぱり、対面すると恐怖で体が動かなくなるな……。今度は目をつぶって突撃してみるか?」
ぶつぶつと呟きながら再び歩き出す。
名無し:【おい! どこ行くんだよ!】
名無し:【マジかよ……】
目をつぶったまま、リザードマンへと突っ込んでいくアキラ。
死に戻り二回目。
「目をつぶるのはダメだな。途中でこけて、よけいに痛い思いをしただけだったわ……」
やれやれといった表情で苦笑する。
名無し:【まあ、そうだろうな……】
名無し:【バカかな?】
コメントにも、だんだん呆れが混じってくる。
「次は歌でも歌いながら行くか!」
名無し:【待て! それは絵面がヤバい!】
名無し:【下手すりゃBANされるぞ!】
死に戻り三回目。
アキラも慣れたもので、あっさりと斬られて戻ってきた。
名無し:【どうだった?】
「……案外効果があったわ」
神妙な顔つきでコメントに答えるアキラ。
名無し:【マジか……】
名無し:【何でもやってみるもんだな】
「でも、歌いながらは戦えないから、やっぱりダメだな……」
名無し:【じゃあ、なんでやったんだよ!】
名無し:【嘘つけ! 結構戦えてたぞ!】
死に戻り四回目。
「なんとなくアイツの気持ちが分かるような気がしてきたわ」
手早く装備を点検し、ストレッチを始めるアキラ。
名無し:【……どう思ってるんだ?】
「めっちゃ気味悪がってる」
名無し:【それはそうだろ】
死に戻り五回目。
「だんだん、戦えるようになってきた」
アキラは大きく伸びをしながらコメントに答える。
名無し:【本当に結構戦えてるのが気持ち悪いんだけど……】
名無し:【もう当初の目的とか関係なくなってるだろ!】
死に戻り六回目。
「おかしいな……さっき付けた傷が無くなってたんだが……」
珍しく困った表情でアキラが悩み始めた。
ベテラン:【探索者の死体は魔力の塊だからな。モンスターが食えば回復するんだ】
コメントが親切に教えてくれる。
「マジか……じゃあゾンビアタック作戦は出来そうにも無いな……」
頭をかきながら、大きくため息を吐くアキラ。
名無し:【そんなこと考えてたのかよ……】
名無し:【リアルでゾンビアタックはヤバいだろ……】
すでに、コメントでアキラを心配するものは一つも無くなっていた。
死に戻り七回目。
「なんとか攻撃は当てられるようになってきたんだけどさ、何度当ててもアイツに効いてる気がしないんだよな……」
アキラがドローンのカメラに向かって相談する。
名無し:【今頃気づいたのか……】
名無し:【まあ、レベル1だしな】
ものすごい勢いでコメントが流れる中、赤く 強調表示されたコメントが、アキラの目に留まった。
ベテラン:【ステータスを変更してみたらどうだ?】
「ステータス……変更?」
アキラはそのコメントに不思議そうに首をかしげた。
名無し:【あのさあ(呆れ)】
名無し:【D-ナビでステータスを変更できる】
コメントの指示に従い、アキラは早速アプリを開く。
「そういえば、ダンジョンに入ってからステータスを見ていなかったな……」
そうつぶやきながらステータスを表示する。
Lv.1
HP:20
MP:0
筋力:13
耐久力:14
敏捷性:14
持久力:12
スキル:直感
「ちょっと待て、前見た時よりだいぶステータスが上がってないか!?」
アキラは驚いた表情で叫んだ。
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メモ
PTSD(心的外傷後ストレス障害)は、命の危険を感じるようなトラウマ体験(心的外傷)にさらされた後に発症する精神疾患。
その出来事が自分の意志とは関係なくフラッシュバックしたり、体験を思い出させるものを避けたり、常に緊張状態が続いたりし、日常生活に大きな支障をきたす。
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