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会社を辞めてダンジョン配信者になった俺、ユニークスキル《ハッキング》で成り上がる  作者: 荒火鬼 勝利


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2/12

第2話 ダンジョンへの第一歩


 翌朝。

 バスのドアが開くと、冷たい朝の空気が頬を打った。

 アキラは肩から下げたバッグを直し、街外れの停留所に降り立つ。


 目の前にあるのは、灰色の無機質な建物。


 ダンジョンの入口を覆うように造られたその施設――それが〈ダンジョン公社〉のダンジョン管理センター。通称、“ギルド”だ。


 窓の奥ではすでに多くの探索者が出入りしており、外壁に貼られたポスターが風に揺れている。


 自動ドアをくぐると、金属音と人のざわめきが一気に耳に飛び込んできた。


 装備の手入れをする者、仲間と冗談を交わす者、軽食をかじる者までさまざまだ。


 派手な装備や髪色の者が多く、どこか祭りのような空気すらある。


 (……すごい熱気だな)

 アキラは少し肩をすくめ、自分の地味なジャケット姿が浮いていないか気になった。


 受付カウンターでは、若い女性が事務的な笑顔を浮かべている。


 無駄のない仕草で客をさばきながらも、こちらに気づくとすぐに頭を下げた。


「こんにちは。本日はどういったご用件でしょうか?」


「登録証の更新と……“初回特典”の申請をお願いします」

 アキラは古びたカードを差し出す。


 女性は一瞬、目を瞬かせてカードを手に取った。


「初回特典……ですか? 申し訳ありません、そのようなサービスは、あいにく今はやっておらず――」

 言いかけた彼女の言葉に、アキラは落ち着いた声で口を挟む。


「昔の制度ですが、期限の記載は無かったはずです。確認してもらえませんか?」


 受付嬢は少し戸惑った様子でうなずき、「少々お待ちください」と言って奥へと姿を消した。

 アキラは深呼吸を一つして、静かにカウンターの前で立ち尽くす。


 (……大丈夫。調べた通りなら、まだ有効なはずだ)

 昨日、動画を見たあと自分でも規約を調べ直した。確信はあった。


 ――けれど、心のどこかで“もし間違っていたら”という不安も拭えない。


 時間が過ぎるほどに、胸の鼓動が早まっていく。

 ようやく、スーツ姿の男性が奥から現れた。


「お待たせしました。この登録証の初回特典……確かにまだ有効のようです」


「……本当ですか」

 アキラはほっと息を吐き、緊張でこわばっていた肩の力を抜いた。


(よかった……まだ使えるのか)

 長年持ち歩いていた古いカードを見下ろし、胸の奥で小さくつぶやく。


「特典のスキル結晶を用意させますので、少々お待ちください」

 上司らしき男性は面倒くさそうにため息をつきながら、書類をめくった。


「お願いします」

 アキラは軽く頭を下げた。


 待つ間、胸の中でじわりとした期待が膨らんでいく。


 もう何年も、こういう“未知の期待”に心を動かされた事はなかった。


 やがて、受付嬢が奥から透明なケースを抱えて戻ってくる。


 カウンターに並べられた瞬間、青白い光がガラス越しに反射した。


「今ある在庫は、これだけです」

 ケースの中には、ひし形の小さな結晶が並んでいる。


 貼られたラベルの名前は『夜目』『トーチ』『鷹の目』――。


(……どれを選べばいいんだ?)

 一つひとつを目で追っていくアキラ。


 だが、最後のひとつを見た瞬間、思わず息をのんだ。


『直感』


 昨日の動画の声がよみがえる。


『もし見つけたら、迷わず選んでください。絶対に無駄にならないスキルです』


(まさか、本当にあるとは……)

 結晶の中の青光が、心臓の鼓動と同じリズムで脈打っている気がした。


 アキラは迷わず指を伸ばす。


「これで、お願いします」

 受付嬢は少し驚いた顔を見せたが、すぐに微笑んでうなずいた。


「かしこまりました。ただし、ダンジョンへ入場されなかった場合は返却していただくことになります。よろしいですか?」


「ええ、問題ありません」

 アキラは受け取った結晶を手のひらにのせる。


 青い光が掌を透かして揺れ、その温もりが指先に伝わってくる。


 そのわずかな光だけで、今日という一日が少し違って見えた。


 近くのベンチに腰を下ろし、スマホを取り出して検索をかける。

 “スキル結晶 直感 相場”――。


 画面に並んだ金額を見て、思わず息を止めた。

 三十万から六十万円。下限でも給料ひと月分以上だ。


(……売ったら、生活はかなり楽になるな)

 脳裏をよぎる現実的な計算。


 アキラの貯金は百万円。家賃と食費を差し引けば、半年ももたない。

 けれど、画面を閉じると同時に首を振った。


(いや、違う。俺は変わるためにここに来たんだ)

 胸ポケットの登録証を握りしめる。


 かすかに震える手のひらに、自分の迷いが残っているのがわかった。


(これまで何度も“いつか”って言い訳して、逃げてきた。……だけど、今回は違う!)

 唇をかすかに噛み、息を吸い込む。


(挑戦することに意味がある。結果じゃない、行動なんだ!)

 保護ケースを外したスキル結晶を手のひらにのせる。


 青い光が脈打つように揺れた。

 アキラは一瞬だけ迷い、深く息を吐く。


「……よし、やるぞ!」

 そのまま強く握りしめる。


 パリン、と微(かす)かな破裂音。


 破片が光の粒になって空中に散り、胸元へと吸い込まれていく。

 ほんの一瞬、体の奥が熱くなり――そして静まった。


「…………終わり、か?」

 思わず口からこぼれた声が、やけに響く。


 何も変わらない感覚に首をかしげながら、アキラはスマホを開いた。


 受付で教えられた『D(ダンジョン)-ナビ』アプリをインストールする。


 ダンジョンの地図、ステータス表示、モンスター情報――探索者用の統合ツールだ。


 アプリを起動し、自分のステータスを確認した。


 Lv.0

 筋力:7

 耐久力:8

 敏捷性:8

 持久力:6

 スキル:直感


 ステータス画面に並んだ数字は、どれも平均以下。

 唯一のスキルは“直感”――それだけだった。


「……うん、まあ。ひどいな」

 思わず苦笑が漏れる。


 SE(システムエンジニア)あがりのなまった身体では、こんなものだろう。


 軽く息を整え、再び受付へ向かう。


 レンタル装備の手続きを済ませ、着替えたジャージの上から、古びたアーマーを装着する。


 重量感のあるメイスを握ると、ずしりとした金属の感触が掌に残った。


 さらに小型のドローンを受け取る。

 防犯のため、探索者全員に携行が義務づけられている機材だ。


(これで配信もできる。画質は荒いけど……まあ、十分だろ)

 スマホを開き、Dライブを起動する。


 画面に映る自分のチャンネル名を見て、少しだけ気恥ずかしくなった。


 ユーザー名:元社畜のダン活チャンネル

 初配信タイトル:【初配信】30代元社畜、ダンジョン初挑戦!


 昨日の夜、勢いで作ったチャンネルだ。

 誰かに見られるとは思っていない。ただ、“やってみること”が大事だと思い込む。


(もしかしたら、配信がバズって……なんてな)

 苦笑しつつも、どこかでほんの少しだけ期待している。


 いや、期待というより“逃げ道”を残しておきたかっただけかもしれない。


「……よし、行くか」

 配信ボタンを押すと、ドローンの赤いランプが点いた。


 静かな機械音が背後で響く。


 石造りのゲートが、ゆっくりと開いていく。


 中に足を踏み入れた瞬間、世界がゆがんだ。


 視界が白くぼやけ、体の感覚が一瞬消える。

 気がつくと、アキラは岩肌に囲まれた洞窟の中に立っていた。


「……ここが、ダンジョンの中か」

 薄暗い壁面に生えた苔が、かすかに光を放っている。


 湿った空気と土の匂いが混ざり、息をするたび喉がざらついた。


 アキラはスマホを取り出し、『D(ダンジョン)-ナビ』を起動する。

 まずはマップ確認――そう思って画面を開いた瞬間、眉をひそめた。


 【マップ情報がありません】

 【現在地は未登録エリアです】

 【イレギュラー判定:要警戒】


「……は?」

 思わず声が漏れる。


(ちょっと待て、イレギュラーってどういう意味だよ……)

 指先が汗ばむ。

 まさか、初回から“想定外”の場所に飛ばされたのだろうか。


 胸の奥に冷たいものが走り、足がわずかに止まった。


 けれど――。


(……いや、待てよ。これ、配信的には……悪くないかも)

 視聴者数はゼロ。


 だが“イレギュラーエリア初見攻略”のタイトルがついたら、後で誰かが見に来る可能性はある。


 怖さはあったが、それ以上に――こういう“予測不能”は、長い社畜生活で失っていた刺激だった。


「よし……進むか」

 アキラはスマホをしまい、洞窟の奥へと足を向けた。


 一本道の洞窟は静まり返っていて、靴音だけが反響している。


 やがて、曲がり角の先に“何か”の影が見えた――


(人……じゃない!?)

 胸の奥がざわついた。


 足を止めようとした、その瞬間――。


 肌が粟立(あわだ)つ。

 背筋を氷の刃でなぞられたような感覚が走る。


(――危ない!)

 脳が警鐘を鳴らすと同時に、アキラの体は自然と身を屈めていた。


 頭のすぐ上を、重い何かが強烈な勢いで通り過ぎていく。


 人の形をしたトカゲが、剣を振り抜いた体勢のままアキラを見下ろしている。


(……リザードマン? なんで、こんな階層に……)


 考える余裕はなかった。

 リザードマンは剣を素早く構え直している。


 アキラはレンタルのメイスを握りしめ、全力でリザードマンの頭へ叩きつけた。


 ――だが。


(効いてない!?)

 リザードマンは何でもないように剣をふり抜き――


 次の瞬間、視界が回転する。


 首を斬られたのだと理解したのは、地面に転がってからだった。


 喉に焼けつくような痛みが走る。


 視界が暗くなり、音が急速に遠ざかっていく。


 ――次に目を開けたとき、そこは洞窟の最初の地点だった。


「……生き返ったのか」

 震える手でスマホを開く。


 配信画面には、一つだけコメントが増えている。


名無し:【速攻で死んでてワロタwww】

 同時視聴:1。


 アキラは呆然とそれを見つめ――そして、ふっと笑った。


「……はは。死ぬと同接が増える、って話……あれ、マジだったのか」

 笑いながらも、心臓はまだ速く打っている。


 恐怖と興奮。そのどちらも、久しく感じていなかった感覚だった。


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 メモ

 成人男性のステータスの平均値はすべて10前後。

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