第9話「バンド名会議、紛糾」
五人が揃った翌週の日曜日、バンド名を決めるための会議を開いた。
場所はJUNEの家だった。JUNEが「うちでよければ」と言ってくれた。両親が共働きで昼間は誰もいないらしい。
JUNEの部屋は綺麗だった。本棚に教科書がきちんと並んでいて、机の上に何も置いていない。こいつが一番まともだという確信がまた深まった。
五人が円になって座った。
ZEROが仕切り始めた。
「じゃあバンド名決めよう。各自案を出してくれ」
「会議っぽいな」とJUNEが言った。
「バンド名は重要やろ。一生もんやぞ」
(一生もんか。)
俺はノートを開いた。現代の感覚で考えると、バンド名はシンプルで覚えやすいのがいい。英語でも日本語でもいいけど、発音しやすくて、検索しやすくて、ロゴにしやすいもの。
(検索しやすくて、か。)
この時代に検索は存在しない。
(まあいいか。)
「じゃあZEROから」と俺は言った。
ZEROは待ってましたとばかりに立ち上がった。
立ち上がる必要はなかった。
「我々のバンド名は、」
(我々て。)
「『魔界降臨』」
沈黙が落ちた。
「…読めるな」とJUNEが言った。フォローのつもりらしかった。
「魔界降臨て」と凱が言った。「バンド名か、それ」
「何が悪い。インパクトがあるやろ」
「インパクトはあるけど」
「でしょ」
「方向性がおかしい」
ZEROと凱が睨み合った。俺はため息をこらえた。
(早速揉めてる。)
「次、凱」
凱は腕を組んで言った。
「『斬鉄閃』」
「読めるな」とJUNEがまた言った。
「斬鉄閃て」とZEROが言った。「バンド名か、それ」
「何が悪い」
「魔界降臨と同じ方向性やろ」
「全然違う」
「どう違うねん」
また睨み合った。
(どっちもどっちやな。)
「次、JUNE」
JUNEは少し申し訳なさそうな顔をしながら言った。
「俺は…『ムーンライト』とか」
全員が静かになった。
「急にポップになったな」と凱が言った。
「ですよね、すみません」
「謝らんでええ」と俺は言った。「でもちょっと方向性が違うかな」
「ですよね、すみません」
JUNEは二回謝った。律儀だった。
「次、DEAD」
全員がDEADを見た。
DEADは無言で、胸ポケットから折り畳んだ紙を取り出した。丁寧に開いた。全員に見えるように差し出した。
そこにはびっしりと、バンド名の候補が書いてあった。
『夜叉羅刻』
『滅魔降臨』
『黒焔葬』
『死霊幻夜』
『暗黒転生』
『魔滅刹那』
『幽冥夜叉』
…
二十個以上あった。
(書いてきたんか。)
しかも全部漢字だった。全部読めるかどうか怪しかった。
「DEAD、これ全部お前が考えたんか」とZEROが聞いた。
DEADは小さく頷いた。
「いつ考えたん」
「…昨夜」
「一晩で?」
また小さく頷いた。
全員が紙を覗き込んだ。
「夜叉羅刻って読めるか」とJUNEが言った。
「やしゃらこく」とDEADが言った。
「やしゃらこく」とJUNEが繰り返した。「意味は?」
DEADはしばらく考えた。
「…かっこいい」
(意味ないんかい。)
でも全員が紙を見つめていた。
「夜叉羅刻か」とZEROが言った。
「響きはええな」と凱が言った。
「読めないけど」とJUNEが言った。
俺も声に出してみた。「夜叉羅刻」。
(読めない。でもなんかいい。)
「これにしよう」とZEROが言った。
「え、決めるの早くない?」と俺が言った。
「直感や」
「魔界降臨はどうしたんや」
「夜叉羅刻の方がかっこいい」
「さっきまで押してたやろ」
「直感や」
(直感て。)
凱が腕を組んだ。
「俺は斬鉄閃推しやけど」
「夜叉羅刻の方がかっこいい」
「…まあ、ええか」
凱が折れた。ZEROに珍しく折れた。それだけ夜叉羅刻という響きに何かがあったのかもしれない。
「JUNEは?」
「夜叉羅刻、いいと思います。読めないけど」
「DEAD は?」
DEADは紙を見つめてから、小さく頷いた。自分の案が採用されたのに、表情は全く変わらなかった。
全員がDEADを見た。
「嬉しくないんか」と俺は聞いた。
DEADはしばらく考えた。
「…嬉しい」
(全然顔に出てないけどな。)
こうして夜叉羅刻が誕生した。
帰り道、俺は一人で夜叉羅刻という文字を頭の中で何度も繰り返した。
読めない。意味もよくわからない。でも、なんか悪くない。
(夜叉羅刻か。)
この名前で、俺たちはこの時代を駆け抜けていく。
読めなくていい。意味なんてなくていい。
ただ、この五人でやっていく。それだけだった。




