第10話「衣装どうするねん」
バンド名が決まった翌週、五人でスタジオに入ることになった。
初めてのスタジオ練習だった。
ドラムセットもアンプも全部レンタルだ。スタジオ代は一時間二千円。五人で割れば一人四百円。
(思ったより安い。)
これは助かった。
スタジオに入って、それぞれ楽器を手にした。
DEADがドラムの前に座った。JUNEがベースを構えた。凱が慣れた手つきでアンプのツマミを調整し始めた。
俺もフェルナンデスをアンプに繋いだ。
音を出した瞬間、全員の顔が変わった。
(そうや、これや。)
バラバラだった音が、少しずつ重なっていく。
DEADのドラムが土台を作って、JUNEのベースが乗っかって、凱と俺のギターが絡んでいく。
ZEROがマイクを握って声を出した。
まだ曲もない。コードを合わせているだけだ。それでも、何かが生まれつつある感触があった。
一時間があっという間に終わった。
スタジオを出て、五人で近くの公園に座った。夕方の風が気持ちよかった。
「次の課題は曲やな」と俺が言った。
「その前に」とZEROが言った。
「なんや」
「衣装どうする」
(来た。)
ZEROはずっとこれを言いたかったらしい。目が輝いていた。
「衣装か」と凱が言った。
「そうや。ライブに出るなら見た目から作らな。
ロックバンドは音だけやない、視覚も武器や」
(こいつ、正しいことを言っている。)
現代の俺は知っている。ビジュアル系の本質は見た目と音楽が一体になったところにある。ZEROの言っていることは間違いじゃない。
「まあ、そうやな」と俺は言った。
凱が俺を見た。
「お前が同意するんか」
「正しいことは正しい」
凱は少し考えてから頷いた。
「まあ、ええか」
「じゃあどんな衣装にするんですか」とJUNEが聞いた。
ZEROが立ち上がった。また立ち上がる必要はなかった。
「俺のイメージはこうや」
ZEROはポケットからノートを取り出した。広げると、衣装のデザイン画が描いてあった。
(いつ描いたんや。)
全員が覗き込んだ。
描いてあったのは、肩にでかいパッドが入ったジャケット、膝まであるブーツ、首元にレースがついたシャツ、ベルトが五本くらいついたパンツだった。
「どうや」とZEROが言った。
沈黙が三秒続いた。
「着れるか、これ」と凱が言った。
「着れる」
「どこで」
「ステージで」
「ステージ以外では」
「着ない」
「じゃあ普段どこで保管するんや」
「部屋に飾る」
(飾るんかい。)
「俺のイメージはもっとシンプルや」と凱が言った。
「どんな」
「黒のジャケットに黒のパンツ。シンプルにかっこよく」
「地味やろ」とZEROが言った。
「シンプルと地味は違う」
「似てる」
「全然違う」
また睨み合いが始まった。
JUNEが恐る恐る手を挙げた。
「あの、俺はどんな衣装でも合わせますよ」
「それは意見じゃない」と俺が言った。
「すみません」
DEADが静かに口を開いた。
「…俺は黒でいい」
全員がDEADを見た。
「どんな黒や」と俺が聞いた。
「…黒」
「だから、どんな」
「…全部黒」
「上から下まで?」
DEADは小さく頷いた。
(それだけか。)
でも確かにDEADが全身黒を着てドラムを叩いている絵は浮かんだ。似合う気がした。
俺はどうするか考えた。
本当はイメージがある。退廃的で、妖艶で、でも攻撃的な何か。現代で見てきたあのバンドたちの衣装が頭に浮かぶ。D’ERLANZAの耽美な世界観、BACK-TICKの黒を基調としたゴシックなスタイル、Zの圧倒的なビジュアル。
でもそれを言語化できない。
(ビジュアル系って言葉があればな。)
「俺は…黒ベースで、でもどこかに色を入れたい。赤とか」
「おっ」とZEROが言った。「ええやん」
「ZEROのデザインはさすがにやりすぎやけど、方向性は合ってると思う。派手に、でも統一感を持って」
「それや」とZEROが力強く頷いた。「わかってるやんか恋」
「お前が正しいとは言ってない」
「言ってるようなもんや」
(言ってない。)
凱が腕を組んだ。
「まあ黒ベースは賛成や。そこから各自アレンジする感じか」
「それがええ」と俺は言った。
「統一感と個性を両立させる」とZEROが言った。急に語り出した。「バンドってのはそういうもんや。全員が同じじゃつまらない。でもバラバラでもいかん。絶妙なバランスが大事なんや」
全員が静かになった。
(こいつ、たまにええこと言うな。)
「いい事言いますね」とJUNEが言った。
「いつもええこと言うてる」とZEROが言った。
「いつもは言ってない」と凱が言った。
「言うてる」
「言ってない」
また始まった。
DEADが立ち上がった。
「…帰る」
「なんで」と俺が聞いた。
「…腹が減った」
DEADはそれだけ言って歩き出した。
全員が顔を見合わせた。
「待って、衣装の話まだ終わってないで」と俺が言った。
DEADは振り返った。
「…黒でいい」
「それだけか」
「…それだけ」
DEADはまた歩き出した。
JUNEが小声で俺に言った。
「あの人、本当に大丈夫ですか」
「たぶん大丈夫」
「たぶん、ですか」
「うん、たぶん」
夕暮れの公園に、四人が残された。
衣装の話はまだ終わっていなかった。でもなんとなく、方向性は見えた気がした。
黒ベース。個性あり。統一感あり。
(夜叉羅刻か。)
この五人で、この時代を派手にかき乱してやる。




