第11話「曲ができない、でもなんか楽しい」
「曲、作ろう」
ZEROがスタジオの壁にもたれながら言った。
「そうやな」と俺は言った。「でもどうやって」
「どうやってって、作るやろ」
「作り方の話をしてんねん」
現代なら話は早い。DAWを立ち上げて、打ち込んで、各パートに送って、各自が家で練習してくる。顔を合わせなくても曲が作れる。
でもここは1982年だ。
パソコンがない。DAWがない。打ち込みができない。
(どうやってイメージを共有するんや。)
「鼻歌で伝える」とZEROが言った。
「鼻歌で?」
「そうや」
ZEROはその場で歌い始めた。メロディだけの、歌詞のない歌だった。サビらしき部分が特に印象的だった。
「こんな感じや」
俺は聴きながら必死にイメージを掴もうとした。
(悪くない。でもこれをどうやって形にするんや。)
「凱、このメロディに合うリフ弾いてみて」
凱は少し考えてから、ギターを鳴らし始めた。
ZEROの鼻歌とは全然違う方向のリフだった。
「それじゃない」とZEROが言った。
「じゃあどれや」
「もっと…こう、暗い感じ」
「暗い感じってどんな感じや」
「暗い感じや」
(説明になってない。)
凱が別のリフを弾いた。また違った。
「それでもない」
「じゃあお前が弾け」
「俺はボーカルや」
「じゃあ説明しろ」
「暗い感じって言うてるやろ」
「暗い感じにもいろいろある」
二人が睨み合った。
俺は間に入った。
「ちょっと待って。ZERO、もう一回歌って」
ZEROがもう一度鼻歌を歌った。俺はそれを聴きながらギターを手探りで鳴らした。いくつかコードを試した。
「これどうや」
ZEROが首を傾けた。
「…惜しい」
「どこが」
「全体的に」
(全体的にて。)
JUNEが手を挙げた。
「あの、ベースラインから作ってみるのはどうですか。ベースが決まったら上が乗せやすいと思うんですけど」
全員がJUNEを見た。
「ええこと言うやん」と俺が言った。
「ありがとうございます」
JUNEはZEROの鼻歌を聴いてから、ゆっくりとベースを弾き始めた。シンプルなラインだったけど、なんか曲の骨格みたいなものが見えてきた。
「おっ」とZEROが言った。
「これに合わせてみよう」と俺は言った。
凱がギターを鳴らした。俺も鳴らした。DEADが静かにドラムを叩き始めた。
バラバラだったものが、少しずつ形になっていく。
完璧じゃない。むしろぐちゃぐちゃだ。でも何かが生まれつつある感触があった。
一時間後、なんとなくAメロっぽいものができた。
「できたな」とZEROが言った。
「Aメロだけやけどな」と凱が言った。
「第一歩や」
「まあそうやな」
五人でその粗削りなAメロを何度も繰り返した。繰り返すたびに少しずつ良くなっていく。DEADがフィルを入れた。凱がオブリを加えた。JUNEがベースラインを少し変えた。
気づいたら三時間が経っていた。
スタジオを出て、近くの定食屋に入った。五人でテーブルを囲んで、飯を食った。
話題は自然とさっきの曲のことになった。
「Bメロはどうする」とZEROが言った。
「サビに向けて盛り上げたい」と俺が言った。
「転調するか」と凱が言った。
「半音上げるといいかもですね」とJUNEが言った。
DEADは黙って飯を食っていたけど、時々頷いていた。
俺はそのとき、ふと気づいた。
(これ、楽しいな。)
現代で曲を作るとき、俺は一人でパソコンに向かっていた。DAWで打ち込んで、データをメンバーに送って、各自が家で練習してきて、スタジオで合わせる。効率的だった。でも何かが足りなかった。
今は違う。全員が同じ部屋にいて、同じ空気を吸いながら、顔を突き合わせて曲を作っている。非効率だ。伝わらないことだらけだ。でも、その非効率さの中に何かがある。
(昔のおっさんたちが飲み会をやたらやりたがってた理由、なんかわかる気がする。)
仕事の話を家でできるのに、わざわざ集まって飲みながら話したがる。現代の俺には意味がわからなかった。でも今ならわかる。
集まること自体に意味があるんだ。
顔を見て、声を聞いて、その場の空気を共有することで、言葉じゃ伝わらない何かが伝わる。
ZEROの「暗い感じ」も、顔を突き合わせて試行錯誤したから形になった。データで送っても絶対に伝わらなかった。
(昭和って、非効率やけど豊かやな。)
「なあ」と俺は言った。
「なんや」とZEROが言った。
「今日、楽しかったな」
ZEROは少し驚いた顔をしてから、当然のように言った。
「当たり前やろ」
凱が小さく鼻を鳴らした。でも否定はしなかった。
JUNEが微笑んだ。
DEADは黙って飯を食っていた。でもなんとなく、いつもより口角が上がっている気がした。
(気のせいかな。)
気のせいじゃない気がした。
帰り道、俺は一人で夜道を歩きながら考えた。
現代に戻りたいかと聞かれたら、正直わからない。でも今この瞬間は、この時代にいてよかったと思っている。
それだけは確かだった。




