表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
11/31

第11話「曲ができない、でもなんか楽しい」

「曲、作ろう」


ZEROがスタジオの壁にもたれながら言った。


「そうやな」と俺は言った。「でもどうやって」


「どうやってって、作るやろ」


「作り方の話をしてんねん」


現代なら話は早い。DAWを立ち上げて、打ち込んで、各パートに送って、各自が家で練習してくる。顔を合わせなくても曲が作れる。


でもここは1982年だ。


パソコンがない。DAWがない。打ち込みができない。


(どうやってイメージを共有するんや。)


「鼻歌で伝える」とZEROが言った。


「鼻歌で?」


「そうや」


ZEROはその場で歌い始めた。メロディだけの、歌詞のない歌だった。サビらしき部分が特に印象的だった。


「こんな感じや」


俺は聴きながら必死にイメージを掴もうとした。


(悪くない。でもこれをどうやって形にするんや。)


「凱、このメロディに合うリフ弾いてみて」


凱は少し考えてから、ギターを鳴らし始めた。


ZEROの鼻歌とは全然違う方向のリフだった。


「それじゃない」とZEROが言った。


「じゃあどれや」


「もっと…こう、暗い感じ」


「暗い感じってどんな感じや」


「暗い感じや」


(説明になってない。)


凱が別のリフを弾いた。また違った。


「それでもない」


「じゃあお前が弾け」


「俺はボーカルや」


「じゃあ説明しろ」


「暗い感じって言うてるやろ」


「暗い感じにもいろいろある」


二人が睨み合った。


俺は間に入った。


「ちょっと待って。ZERO、もう一回歌って」


ZEROがもう一度鼻歌を歌った。俺はそれを聴きながらギターを手探りで鳴らした。いくつかコードを試した。


「これどうや」


ZEROが首を傾けた。


「…惜しい」


「どこが」


「全体的に」


(全体的にて。)


JUNEが手を挙げた。


「あの、ベースラインから作ってみるのはどうですか。ベースが決まったら上が乗せやすいと思うんですけど」


全員がJUNEを見た。


「ええこと言うやん」と俺が言った。


「ありがとうございます」


JUNEはZEROの鼻歌を聴いてから、ゆっくりとベースを弾き始めた。シンプルなラインだったけど、なんか曲の骨格みたいなものが見えてきた。


「おっ」とZEROが言った。


「これに合わせてみよう」と俺は言った。


凱がギターを鳴らした。俺も鳴らした。DEADが静かにドラムを叩き始めた。


バラバラだったものが、少しずつ形になっていく。


完璧じゃない。むしろぐちゃぐちゃだ。でも何かが生まれつつある感触があった。


一時間後、なんとなくAメロっぽいものができた。


「できたな」とZEROが言った。


「Aメロだけやけどな」と凱が言った。


「第一歩や」


「まあそうやな」


五人でその粗削りなAメロを何度も繰り返した。繰り返すたびに少しずつ良くなっていく。DEADがフィルを入れた。凱がオブリを加えた。JUNEがベースラインを少し変えた。


気づいたら三時間が経っていた。


スタジオを出て、近くの定食屋に入った。五人でテーブルを囲んで、飯を食った。


話題は自然とさっきの曲のことになった。


「Bメロはどうする」とZEROが言った。


「サビに向けて盛り上げたい」と俺が言った。


「転調するか」と凱が言った。


「半音上げるといいかもですね」とJUNEが言った。

DEADは黙って飯を食っていたけど、時々頷いていた。


俺はそのとき、ふと気づいた。


(これ、楽しいな。)


現代で曲を作るとき、俺は一人でパソコンに向かっていた。DAWで打ち込んで、データをメンバーに送って、各自が家で練習してきて、スタジオで合わせる。効率的だった。でも何かが足りなかった。


今は違う。全員が同じ部屋にいて、同じ空気を吸いながら、顔を突き合わせて曲を作っている。非効率だ。伝わらないことだらけだ。でも、その非効率さの中に何かがある。


(昔のおっさんたちが飲み会をやたらやりたがってた理由、なんかわかる気がする。)


仕事の話を家でできるのに、わざわざ集まって飲みながら話したがる。現代の俺には意味がわからなかった。でも今ならわかる。


集まること自体に意味があるんだ。


顔を見て、声を聞いて、その場の空気を共有することで、言葉じゃ伝わらない何かが伝わる。


ZEROの「暗い感じ」も、顔を突き合わせて試行錯誤したから形になった。データで送っても絶対に伝わらなかった。


(昭和って、非効率やけど豊かやな。)


「なあ」と俺は言った。


「なんや」とZEROが言った。


「今日、楽しかったな」


ZEROは少し驚いた顔をしてから、当然のように言った。


「当たり前やろ」


凱が小さく鼻を鳴らした。でも否定はしなかった。


JUNEが微笑んだ。


DEADは黙って飯を食っていた。でもなんとなく、いつもより口角が上がっている気がした。


(気のせいかな。)


気のせいじゃない気がした。


帰り道、俺は一人で夜道を歩きながら考えた。


現代に戻りたいかと聞かれたら、正直わからない。でも今この瞬間は、この時代にいてよかったと思っている。


それだけは確かだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ