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第12話「お母さん、頼んます」

衣装問題は保留のままだった。


金がない。センスが合わない。どこで買うかもわからない。


「作るしかないな」とZEROが言った。


「誰が作るねん」と凱が言った。


「俺のお母さんに頼む」


全員が静止した。


「お母さん?」と俺が聞いた。


「そうや。昔から裁縫が得意で、俺の服とかもよく作ってくれてた」


「それ、頼めるんか」


「頼む」


ZEROは断言した。全く迷いがなかった。


翌日の日曜日、五人でZEROの家に向かった。


木下家は駅から少し離れた住宅街にあった。普通の一軒家だった。ZEROがこんな普通の家に住んでいることが少し意外だった。


玄関のチャイムを押した。


出てきたのは、小柄な女性だった。エプロンをつけていて、目元がZEROに似ている。


「あら、お友達?」


「バンドのメンバーや」とZEROが言った。


「まあ」とお母さんは言った。「上がって上がって」


リビングに通された。お母さんがお茶を出してくれた。五人がソファと床に座った。


「それで、何の用?」とお母さんが聞いた。


ZEROが前に出た。


「衣装を作って欲しい」


お母さんの顔が曇った。


「衣装って、どんな」


「ロックバンドの衣装や」


「ロックバンド」


お母さんはZEROを見た。ZEROを上から下まで眺めた。


「…どんな衣装」


ZEROはノートを取り出した。あのデザイン画のノートだった。開いてお母さんに見せた。


お母さんはしばらく眺めた。


「…肩のパッドがすごいね」


「迫力が大事やから」


「ベルトが五本あるね」


「アクセントや」


「首元のレースは」


「雰囲気を出したくて」


お母さんはノートをZEROに返した。


「肩パッドはさすがに無理やわ」


「頼んます」


「あれは作れへん」


「頼んます」


「だから」


「頼んます」


ZEROは三回同じことを言った。全く引かなかった。


お母さんはため息をついた。


「…肩パッド以外なら、考えてあげる」


「肩パッドだけは譲れん」


「勇!」


お母さんが低い声で言った。ZEROが黙った。


(お母さんだけやな、ZEROを黙らせられるの。)


「黒ベースで、レースとかチェーンとかベルトなら作れる。肩パッドは今度ね」


「今度て」


「今度」


ZEROは不満そうだったけど、これ以上はいけないと判断したらしかった。


「…わかった」


全員が静かに驚いた。ZEROが折れた瞬間だった。


凱が俺の耳元で囁いた。「お母さんだけやな、あいつに勝てるの」


「そうやな」と俺は囁き返した。


それからお母さんは五人のサイズを測り始めた。


メジャーを持って、一人ずつ丁寧に採寸した。


DEADの番になった。


「どんな衣装がいい?」とお母さんが聞いた。


「…黒」


「どんな黒?」


「…全部黒」


お母さんはしばらくDEADを見た。


「わかった。全部黒にしてあげる」


DEADは小さく頷いた。


「何か他にある?」


DEADはしばらく考えた。


「…できれば、鎖を」


「鎖?」


「…肩に」


お母さんはメモに書いた。


「鎖ね。わかった」


DEADはまた小さく頷いた。


(鎖て。)


採寸が終わって、お茶をもう一杯飲んだ。お母さんが和菓子を出してくれた。


「完成まで二週間くれる?」とお母さんが言った。


「ありがとうございます」と俺は言った。


「本当に助かります」とJUNEが言った。


お母さんは照れたように笑った。


「勇がこんなにお友達連れてくるの初めてやから」


ZEROが「お母さん」と低い声で言った。


「ええやないの」


「ええくない」


「かわいいやないの」


「かわいくない」


俺たちは笑った。ZEROだけ真剣な顔をしていた。


帰り道、五人で並んで歩いた。


「良いお母さんですね」とJUNEが言った。


「普通や」とZEROが言った。


「普通じゃないで」と俺が言った。「五人分の衣装、無償で作ってくれるんやぞ」


「当たり前や」


「当たり前じゃない」


ZEROは少し黙った。


「…まあ、感謝はしてる」


それだけ言って、少し顔を背けた。


(素直やないな。)


でもその横顔が、いつもより少しだけ柔らかかった。


二週間後、木下家から電話がかかってきた。

「できたわよ」


五人で受け取りに行った。


リビングのテーブルに、五着の衣装が並んでいた。


全員が無言になった。


(すごい。)


ZEROのデザインを忠実に再現しながら、着られるレベルに落とし込んでいた。黒をベースに、それぞれの個性が出ている。


俺の分には赤いラインが入っていた。凱の分はシンプルだけど、細部の縫製が丁寧だった。JUNEの分は全員の中で一番普通に見えたけど、よく見るとボタンが凝っていた。DEADの分は全身黒で、肩に細い鎖がついていた。


そしてZEROの分は、肩パッドなし、ベルト二本、首元にレース。


ZEROはそれを見て、少し黙った。


「肩パッドないやん」


「言うたやろ」とお母さんが言った。


「…まあ、ええか」


ZEROは衣装を手に取った。着てみた。鏡の前に立った。


(似合ってる)


肩パッドがなくても、ZEROには十分すぎる存在感があった。


「どう?」とお母さんが聞いた。


ZEROはしばらく鏡を見ていた。


「…かっこいい」


お母さんが笑った。


俺も衣装を手に取った。着てみた。


鏡の前に立った。


(なんかバンドマンっぽい。)


隣にZEROが立った。凱が立った。JUNEが立った。DEADが立った。


五人が鏡の前に並んだ。


誰も何も言わなかった。


でも全員の顔に、同じものが浮かんでいた。


(やったるか。)


「お母さん」とZEROが言った。


「なに?」


「…ありがとう」


お母さんは嬉しそうに笑った。


「頑張りや」


ZEROは頷いた。珍しく、素直に頷いた。


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