第13話「デモテープ、落ちた」
衣装が完成した翌週、ZEROが昼休みに俺の席に来た。
「そろそろライブ出たいな」
「そうやな」と俺は言った。「でもどうやって出るんや」
「もう調べてきた」
(え。)
「CLUB NOVAはデモテープ審査や。テープ持って行って、店長に聴いてもらって、OKなら出演できる」
「いつ調べたんや」
「先週。先輩に聞いた」
(こいつ、ちゃんと動いてたんや。)
俺はZEROを見直した。ナルシストで自分勝手で思い込みが激しい。でもバンドのために動く時は誰より早い。
そして、内心思った。
(審査か。)
現代なら、ノルマさえ払えば誰でも出られた。金を払って、箱のイベントに出る、それだけだった。
でもこの時代は違うらしい。バンドブームの時代やから、ステージに立つに値するか箱側としても確認しておきたいみたいや。とにかく審査がある。
(自分のバンドを評価なんかされた事ない、、SNSですら話題にされた事ない、、)
なんとなく、嫌な感じがした。
その週末、五人でスタジオに入った。
DEADがポケットからカセットテープを取り出した。
「…買っておいた」
「いつ」と俺が聞いた。
「…昨日」
(こいつも動いてたんや。)
無口で無表情で何考えてるかわからない男だけど、ちゃんとバンドのことを考えていた。
「ありがとうございます」とJUNEが言った。
DEADは小さく頷いた。
さっそく録音に挑んだ。
一回目、DEADがフィルを入れるタイミングで凱がリズムを外した。
「もう一回」
二回目、ZEROがマイクに近づきすぎて音が割れた。
「もう一回」
三回目、JUNEのベースの弦が切れた。
「もう一回」
四回目、全員が揃った。でも俺のギターソロがグダグダだった。
「もう一回」
その間、俺はずっと心の中でぼやいていた。
(一発録り、しんどい。)
現代ならパソコンに録り放題だ。失敗しても、データを消してもう一回。何回でもやり直せる。気に入らない部分だけ録り直すこともできる。
でもこの時代は、カセットテープに一発録り。失敗するたびに、テープが上書きされていく。スタジオ代もどんどん消えていく。
時間と金が、ミスをするたびに溶けていく。
(このプレッシャーの中、生き残ってるバンドはやはり貫禄が違う)
妙に感心した。
不便さが、人を鍛える。
便利さは、たぶん人をどこかで鈍らせる。
(わからんが)
五回目、ようやくまともに録れた。
全員でカセットテープを持って再生した。スタジオのモニタースピーカーから自分たちの音が流れてきた。
(…悪くない。)
粗削りだった。でも夜叉羅刻の音だった。
ふと、俺は思った。
このギターソロのフレーズ、後年のあるバンドが似たようなのを弾いて、伝説になったやつに少し近い。俺が現代で死ぬほど好きだったやつ。
(あのフレーズ、好きやったんよな。)
ぼんやりと懐かしくなった。
そして、ふと思いついた。
(俺、この時代で先駆者になれるんちゃうか。)
未来のフレーズを、今この時代で出す。「これ、俺が最初に弾いたやつや」って言える歴史を作る。
転生してきたからこそできる、ちょっとしたずるい話。
少し、楽しみになってきた。
そう思いながら、テープを巻き戻した。
「これでええんちゃうか」とZEROが言った。自信満々だった。
「まあ、最初はこんなもんやろ」と凱が言った。
翌日、五人でCLUB NOVAに行った。
店長がカウンターにいた。腕にタトゥーが入っていて、声が低い。ZEROが「先日はありがとうございました」と頭を下げた。店長は小さく頷いた。顔見知りらしかった。
「デモテープ持ってきました」
「置いといて。一週間後に来い」
一週間が異様に長かった。
学校でも、バイト中でも、頭の片隅にずっとデモテープのことがあった。
「受かると思うか」と俺がJUNEに聞いた。
「わかりません」とJUNEが言った。「でも、やれることはやりましたし」
ZEROは「受かる」と断言していた。根拠は「俺たちやから」だった。
凱は「実力はある」と言っていた。でも目が少し不安そうだった。
DEADは何も言わなかった。
俺だけ、別のことも考えていた。
(落ちたら、結構くるかもな。)
現代では、否定されることが少なかった。ハラスメントがどうとかで、誰も真っ向からダメ出ししなくなっていた。優しい時代だった。
でもこの時代は違う。
バッサリ斬られる。容赦なく。それが普通だ。
(俺、耐性ないかも。)
少し不安になった。
一週間後、五人でCLUB NOVAに向かった。
店長がカウンターにいた。
「聴いたで」
「どうでしたか」とZEROが前に出た。
店長は五人を眺めた。
「まだ早い」
それだけだった。
(え。)
「まともな音出せる様になってから来い」
店長はそれだけ言って奥に引っ込んだ。
五人で外に出た。
誰も何も言わなかった。
夕方の風が吹いていた。商店街の人波が流れていく。どこかから夕飯の匂いがした。
しばらくして、JUNEが口を開いた。
「…そうですか」
それだけだった。
凱が地面を蹴った。強くはなかった。でも悔しさが滲んでいた。
DEADは無言で空を見上げていた。
俺は、少しだけ呼吸が浅くなっていた。
(まだ早い。)
たった三文字だった。
現代のSNSなら、フォロワーが「いいね」してくれる感じの優しい否定もある。「次頑張ろう」とか、励ましの言葉が必ずついてくる。
でも店長は、ただ「まだ早い」と言って奥に引っ込んだ。
理由も、励ましも、何もなかった。
(思ってたよりくるな、これ。)
胸の奥がじんじんしていた。
でも、それを顔には出さなかった。他の四人は、もっとちゃんと受け止めていた。
ZEROを見た。
ZEROは珍しく黙っていた。いつもならすぐに何か言う男が、唇を結んで地面を見ていた。
「ZERO」と俺は言った。
「…わかってる」
「何が」
「俺たちがまだ足りんってこと」
ZEROがそれを認めた。それだけで、少し胸が痛かった。
「まあ、そうやな」と凱が言った。いつもより声が静かだった。
「練習するしかないですね」とJUNEが言った。
DEADが振り返った。全員を見た。
「…次は通る」
たったそれだけだった。でも全員が少し顔を上げた。
俺は商店街を見渡した。昭和の夕暮れが広がっていた。
(スムーズにいかんな、人生って。)
現代でも散々思い知らされてきた。でもここは昭和だ。もっと泥臭い。もっと不便だ。もっとしんどい。
そして、傷つき方も、ストレートだった。
(これが、この時代を生きるってことか。)
少しだけ、覚悟が決まった気がした。
便利な時代では、たぶん俺はここまで本気にならなかった。優しい時代では、たぶん俺はここまで悔しくならなかった。
不便で、容赦ない時代だからこそ。
(やったるか。)
諦める理由はなかった。




