表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
13/31

第13話「デモテープ、落ちた」

衣装が完成した翌週、ZEROが昼休みに俺の席に来た。


「そろそろライブ出たいな」


「そうやな」と俺は言った。「でもどうやって出るんや」


「もう調べてきた」


(え。)


「CLUB NOVAはデモテープ審査や。テープ持って行って、店長に聴いてもらって、OKなら出演できる」


「いつ調べたんや」


「先週。先輩に聞いた」


(こいつ、ちゃんと動いてたんや。)


俺はZEROを見直した。ナルシストで自分勝手で思い込みが激しい。でもバンドのために動く時は誰より早い。


そして、内心思った。


(審査か。)


現代なら、ノルマさえ払えば誰でも出られた。金を払って、箱のイベントに出る、それだけだった。


でもこの時代は違うらしい。バンドブームの時代やから、ステージに立つに値するか箱側としても確認しておきたいみたいや。とにかく審査がある。


(自分のバンドを評価なんかされた事ない、、SNSですら話題にされた事ない、、)


なんとなく、嫌な感じがした。


その週末、五人でスタジオに入った。


DEADがポケットからカセットテープを取り出した。


「…買っておいた」


「いつ」と俺が聞いた。


「…昨日」


(こいつも動いてたんや。)


無口で無表情で何考えてるかわからない男だけど、ちゃんとバンドのことを考えていた。


「ありがとうございます」とJUNEが言った。


DEADは小さく頷いた。


さっそく録音に挑んだ。


一回目、DEADがフィルを入れるタイミングで凱がリズムを外した。


「もう一回」


二回目、ZEROがマイクに近づきすぎて音が割れた。


「もう一回」


三回目、JUNEのベースの弦が切れた。


「もう一回」


四回目、全員が揃った。でも俺のギターソロがグダグダだった。


「もう一回」


その間、俺はずっと心の中でぼやいていた。


(一発録り、しんどい。)


現代ならパソコンに録り放題だ。失敗しても、データを消してもう一回。何回でもやり直せる。気に入らない部分だけ録り直すこともできる。


でもこの時代は、カセットテープに一発録り。失敗するたびに、テープが上書きされていく。スタジオ代もどんどん消えていく。


時間と金が、ミスをするたびに溶けていく。


(このプレッシャーの中、生き残ってるバンドはやはり貫禄が違う)


妙に感心した。


不便さが、人を鍛える。


便利さは、たぶん人をどこかで鈍らせる。


(わからんが)


五回目、ようやくまともに録れた。


全員でカセットテープを持って再生した。スタジオのモニタースピーカーから自分たちの音が流れてきた。


(…悪くない。)


粗削りだった。でも夜叉羅刻の音だった。


ふと、俺は思った。


このギターソロのフレーズ、後年のあるバンドが似たようなのを弾いて、伝説になったやつに少し近い。俺が現代で死ぬほど好きだったやつ。


(あのフレーズ、好きやったんよな。)


ぼんやりと懐かしくなった。


そして、ふと思いついた。


(俺、この時代で先駆者になれるんちゃうか。)


未来のフレーズを、今この時代で出す。「これ、俺が最初に弾いたやつや」って言える歴史を作る。


転生してきたからこそできる、ちょっとしたずるい話。


少し、楽しみになってきた。


そう思いながら、テープを巻き戻した。


「これでええんちゃうか」とZEROが言った。自信満々だった。


「まあ、最初はこんなもんやろ」と凱が言った。


翌日、五人でCLUB NOVAに行った。


店長がカウンターにいた。腕にタトゥーが入っていて、声が低い。ZEROが「先日はありがとうございました」と頭を下げた。店長は小さく頷いた。顔見知りらしかった。


「デモテープ持ってきました」


「置いといて。一週間後に来い」


一週間が異様に長かった。


学校でも、バイト中でも、頭の片隅にずっとデモテープのことがあった。


「受かると思うか」と俺がJUNEに聞いた。


「わかりません」とJUNEが言った。「でも、やれることはやりましたし」


ZEROは「受かる」と断言していた。根拠は「俺たちやから」だった。


凱は「実力はある」と言っていた。でも目が少し不安そうだった。


DEADは何も言わなかった。


俺だけ、別のことも考えていた。


(落ちたら、結構くるかもな。)


現代では、否定されることが少なかった。ハラスメントがどうとかで、誰も真っ向からダメ出ししなくなっていた。優しい時代だった。


でもこの時代は違う。


バッサリ斬られる。容赦なく。それが普通だ。


(俺、耐性ないかも。)


少し不安になった。


一週間後、五人でCLUB NOVAに向かった。


店長がカウンターにいた。


「聴いたで」


「どうでしたか」とZEROが前に出た。


店長は五人を眺めた。


「まだ早い」


それだけだった。


(え。)


「まともな音出せる様になってから来い」


店長はそれだけ言って奥に引っ込んだ。


五人で外に出た。


誰も何も言わなかった。


夕方の風が吹いていた。商店街の人波が流れていく。どこかから夕飯の匂いがした。


しばらくして、JUNEが口を開いた。


「…そうですか」


それだけだった。


凱が地面を蹴った。強くはなかった。でも悔しさが滲んでいた。


DEADは無言で空を見上げていた。


俺は、少しだけ呼吸が浅くなっていた。


(まだ早い。)


たった三文字だった。


現代のSNSなら、フォロワーが「いいね」してくれる感じの優しい否定もある。「次頑張ろう」とか、励ましの言葉が必ずついてくる。


でも店長は、ただ「まだ早い」と言って奥に引っ込んだ。


理由も、励ましも、何もなかった。


(思ってたよりくるな、これ。)


胸の奥がじんじんしていた。


でも、それを顔には出さなかった。他の四人は、もっとちゃんと受け止めていた。


ZEROを見た。


ZEROは珍しく黙っていた。いつもならすぐに何か言う男が、唇を結んで地面を見ていた。


「ZERO」と俺は言った。


「…わかってる」


「何が」


「俺たちがまだ足りんってこと」


ZEROがそれを認めた。それだけで、少し胸が痛かった。


「まあ、そうやな」と凱が言った。いつもより声が静かだった。


「練習するしかないですね」とJUNEが言った。


DEADが振り返った。全員を見た。


「…次は通る」


たったそれだけだった。でも全員が少し顔を上げた。


俺は商店街を見渡した。昭和の夕暮れが広がっていた。


(スムーズにいかんな、人生って。)


現代でも散々思い知らされてきた。でもここは昭和だ。もっと泥臭い。もっと不便だ。もっとしんどい。


そして、傷つき方も、ストレートだった。


(これが、この時代を生きるってことか。)


少しだけ、覚悟が決まった気がした。


便利な時代では、たぶん俺はここまで本気にならなかった。優しい時代では、たぶん俺はここまで悔しくならなかった。


不便で、容赦ない時代だからこそ。


(やったるか。)


諦める理由はなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ