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第14話「もう一回だけ」

翌日から、練習の空気が変わった。


同じスタジオ、同じ時間、同じメンバー。でも明らかに違った。


誰も無駄口を叩かなかった。ZEROでさえ、余計なことを言わなかった。全員が音と向き合っていた。


俺は、内心で気合いを入れていた。


(俺の出番や。)


落ちた悔しさは、もちろんある。でもそれと同じくらい、俺には焦りもあった。


未来の知識を持っているのに、デモテープに落ちた。これは俺の責任でもある気がした。


(次は、ちゃんと使う。)


俺の頭の中には、これから何十年もかけて発展していくビジュアル系の歴史がある。後年のバンドが当たり前にやっている技法、構成、アレンジ。


それを今、夜叉羅刻に持ち込めば、確実に他のバンドと差をつけられる。


そう思っていた。


練習二日目、俺は最初の提案をした。


「曲のテンポ、もっと上げてみいひん?」


「テンポ?」とZEROが言った。


「もっと疾走感出したい。今の倍くらいのスピードで」


「倍て」


凱が呆れた顔をした。


「お前、これダンスミュージックちゃうぞ」


「いや、後で必ず流行るって、こういう疾走感のあるアレンジが」


「後で?」


凱が眉をひそめた。


「あ、いや、なんとなくそう思っただけや」


俺は慌てて誤魔化した。


ZEROが言った。


「テンポ上げると、俺の歌の世界観出せへん。今のテンポがちょうどええ」


JUNEも頷いた。


「リズム隊の立場からも、今のテンポがしっくりきます」


DEADは無言だった。でも明らかに反対の空気だった。


(あかんか。)


俺は提案を引っ込めた。


練習三日目、俺は別の提案をした。


「サビの後で、転調してみない?」


「転調?」


「キーを上げる。それだけで曲の勢いが変わる」

凱がギターを置いた。


「転調入れたら、客がついてこれんやろ」


「いや、慣れたら」


「慣れたらの話やない。一回聴いただけで響かんと意味ない」


ZEROも腕を組んだ。


「転調は俺も嫌いやないけど、今の俺たちの曲には合わんと思う」


JUNEがフォローするように言った。


「複雑にすればいいってもんじゃないですよね、音楽って」


DEADは無言で頷いた。


(また弾かれた。)


俺は内心、少し焦ってきた。


俺が知っている未来の音楽の常識が、この時代では全然通用しない。


練習四日目、俺はもう一つ提案した。


「コーラス、もっと厚くしよう。三声でハモる感じで」


「コーラス?」


「サビでメンバー全員が歌う。それで音圧と一体感が出る」


ZEROが少し考えた。


「コーラスは入れてもええけど、俺以外がそんなに歌えるか?」


「練習すれば」


「練習する時間があるなら、自分のパートに使った方がええ」


凱が頷いた。


「俺はコーラスより、自分のギターを磨く方がええ」


JUNEも頷いた。


DEADはドラムだから関係なかったけど、たぶん歌わない側だった。


(なんでや。)


俺の中で、何かが揺らぎ始めていた。


俺は、未来の知識を持って転生してきた。それを使えば、他のバンドより一歩先に行ける。そう思っていた。


でも、提案するたびに弾かれる。


しかも、メンバーが言っている理由は、どれも納得できる。


転調すれば客がついてこれない。コーラスを練習する時間で自分のパートを磨いた方がいい。テンポを上げれば世界観が変わる。


全部、その通りだった。


(俺、ズレてるんかな。)


そんな疑問が、初めて頭をよぎった。


そんな俺をよそに、メンバーは自分たちで動き始めていた。


凱が突然言った。


「リフ、変えたい」


「どこを」と俺が聞いた。


「Aメロの入り。もっと暗くしたい。もっと重くしたい」


「弾いてみて」


凱が弾いた。前より低い音域のリフだった。重くて、粘っこくて、でも疾走感がある。


(ええやん。)


俺の提案より、よっぽど夜叉羅刻に合っていた。

「それや」とZEROが言った。


JUNEもベースラインを変えた。シンプルにして、骨格だけ残した。最初は物足りない気がしたけど、全体に乗せると逆に曲が太くなった。


DEADは何も言わなかった。でも叩き方が変わった。前より一発一発が重くなった。スティックの振り方が違う。全身で叩いている感じがした。


ZEROが変わったのは一番最後だった。


練習五日目、ZEROがマイクを置いた。


「俺、歌い方変える」


「どう変えるんや」と俺が聞いた。


「今まで綺麗に歌おうとしてた。でもそれじゃあかん。もっと汚くていい。もっと生々しくていい」


「やってみて」


ZEROが歌い始めた。


最初の一フレーズで、全員が動きを止めた。


(なんやこれ。)


綺麗じゃなかった。荒削りだった。でも、何かが違った。声に熱が宿っていた。路地裏で初めて聴いたときの衝撃が、また戻ってきた。


いや、あのときより凄かった。


「それや」と俺は言った。


ZEROは歌い終わって、静かに言った。


「これが俺の声や」


誰も何も言わなかった。


でも全員が頷いた。


俺は、その輪の中で、一人だけ取り残されている気がした。


メンバーは自分の力で、自分の音を見つけていた。


俺の知識じゃない。誰かの真似でもない。自分の中から出てきた音だった。


(俺だけ、知識に頼ってる。)


スタジオの帰り道、俺は一人で歩いた。


頭の中で、ずっと同じ問いが回っていた。


(俺、何をしてたんや。)


未来の音楽を持ち込めば、夜叉羅刻が良くなる。


そう思っていた。でも、俺の提案は全部弾かれた。


そして、メンバーは俺の提案なしで、自分たちの力で変わっていった。


俺の知識は、何の役にも立たなかった。


(じゃあ、俺は何のためにここにおるんや。)


その問いが、夜の道を歩く俺の頭に残った。


家に帰って、ギターを手に取った。


弾いた。


いつもの俺のソロを弾いた。


技術的には悪くなかった。現代で身につけた手癖が、ちゃんと出ていた。


でも、何か違った。


メンバーが見つけた「自分の音」みたいなものが、俺のソロにはなかった。


(俺の音、何やろ。)


しばらくギターを弾きながら、考えた。


未来の知識じゃない。誰かの真似でもない。俺の中から出てくる音。


それは、なんやろ。


工場で死んだ霧島蓮として弾く音か。1982年に生きる山田蓮として弾く音か。


たぶん、両方だ。


両方が混ざった、俺だけの音。


それを、出さなあかん。


(やってみよう。)


翌日、俺はスタジオで言った。


「俺もソロ変える」


「どこを」と凱が言った。


「全部」


凱が呆れた顔をした。


「全部って」


「全部や。前のソロは俺じゃなかった。もっと俺の音で弾く」


凱はしばらく俺を見てから、小さく頷いた。


「やってみろ」


俺は弾いた。


未来のフレーズを使わなかった。技術的に派手な手癖も使わなかった。


ただ、自分の中にある音を、そのまま出した。


霧島蓮の二十年分の音楽への愛と、山田蓮としてここで生きてる時間が、混ざった音。


弾き終わって、メンバーを見た。


ZEROが頷いた。


「それや」


凱も頷いた。


JUNEも頷いた。


DEADは無言で、でもいつもより少し目が大きくなっていた。


それから一週間、五人は毎日スタジオに入った。


バイトの前も後も、学校が終わったらすぐに集まった。スタジオ代がかさんだ。バイト代がどんどん消えた。


でも誰も文句を言わなかった。


二週間後、もう一度録音した。


今度は一回目でまともに録れた。


全員でモニタースピーカーから流れる自分たちの音を聴いた。


誰も何も言わなかった。


しばらくして、JUNEが言った。


「…前と全然違いますね」


「そうやな」と俺が言った。


「これが夜叉羅刻や」とZEROが言った。


凱は何も言わなかった。でも口元が少し緩んでいた。


DEADはカセットテープをじっと眺めていた。


翌日、五人でCLUB NOVAに向かった。


店長がカウンターにいた。


ZEROがカセットテープを差し出した。


「もう一度、聴いてもらえますか」


店長はZEROを見た。テープを見た。それから受け取った。


「一週間後に来い」


また一週間が始まった。


今回は前と違った。不安がなかったわけじゃない。でも、やれることはやったという感覚があった。


一週間後、五人でCLUB NOVAに向かった。


店長がカウンターにいた。


「聴いたで」


ZEROが前に出た。


店長は五人を眺めた。


沈黙が三秒続いた。


「来月の末、出てみるか。対バン三組の一番手や。持ち時間は二十分」


全員が静止した。


俺は一瞬、耳を疑った。


(通った。)


ZEROが口を開く前に、俺は頭を下げた。


「ありがとうございます」


「ありがとうございます」とJUNEが続けた。


「ありがとうございます」と凱が続けた。


DEADが深々と頭を下げた。


ZEROは少し遅れてから、頭を下げた。


「…ありがとうございます」


珍しく、素直だった。


店長は小さく頷いた。


「前より全然ええなった。何があったんや」


ZEROが答えた。


「落ちたからです」


店長は少し目を細めた。それだけだった。また奥に引っ込んだ。


五人で外に出た。


夕方の風が吹いていた。


誰も何も言わなかった。


しばらくして、JUNEが言った。


「出られますね」


「出られるな」と俺が言った。


「当たり前や」とZEROが言った。


「今回は当たり前やなかったやろ」と凱が言った。


ZEROは少し黙った。


「…まあ、そうやな」


それだけ言って、少し顔を背けた。


DEADは無言で空を見上げていた。


俺も空を見上げた。


来月末。二十分。一番手。


(やったるか。)


でも今回は、前と少し違う気がした。


前は気合いだけだった。今回は、根拠がある。


あの二週間の練習が、確かに俺たちを変えた。


俺の未来の知識じゃなくて、五人それぞれが自分の音を見つけたから、変わった。


(知識じゃ、変えられんかったな。)


少し悔しかった。でも、納得もしていた。


昭和は泥臭い。スムーズにいかない。でも、泥臭いからこそ、通ったときの重みが違う。


(ここで生きてるんやな、俺。)


夕暮れの商店街を、五人で並んで歩いた。


誰も何も言わなかった。


でも全員の歩幅が、少しだけ大きくなっていた。

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