第28話「噂の同世代」
東京のレーベルが来るという話を聞いてから、夜叉羅刻の練習はさらに濃くなった。
全員の集中力が違った。皆明らかに張り切ってる、、わかるけどな、、空回りにならないと良いが、、、
「来月のライブ、絶対に良いライブにしよう」とZEROが何度も言った。
そのたびに全員が頷いた。
ある日の練習帰り、俺はレコード屋に寄った。
最近、習慣になっていた。バウハウスの次にザ・キュアーを買って、その次にデヴィッド・ボウイを買って、少しずつルーツを掘っていた。
店長はカウンターで煙草を吸っていた。
「お、来たな」
「こんちは」
「今日は何や」
「次に何聴いたらええか教えてください」
店長はしばらく考えてから、棚に手を伸ばした。シスターズ・オブ・マーシーのアルバムを引っ張り出した。
「これや」
「ありがとうございます」
レコードを受け取ろうとしたとき、店長が言った。
「そういえば、お前らみたいなバンド、もう一つおるらしいで」
俺は手を止めた。
「え」
「関西の若いバンドや。化粧して音楽やる連中らしい」
「どこのバンドですか」
「SILVER CROWっていうらしい。神戸の方で活動しとる」
店長は煙草の煙を吐いた。
「客層が独特でな。女の子がやたら熱狂的らしい。ライブ終わって出待ちが100人超えるって話や」
「100人」
高校生バンドの出待ちで100人は異常だった。夜叉羅刻でも、ライブ後に声をかけてくれる女の子は数人いる程度だ。
「ボーカルが特に凄いらしい。顔もええし、声もええ。ステージでの存在感が抜群や。噂やと、女の子を失神させたこともあるって」
「失神」
(JONNES DARKのヤスかよ。)
俺は心の中でツッコんだ。
「まあ、噂や。でもそれくらい、勢いがあるバンドやってことやな」
店長は煙草を灰皿に押し付けた。
「音楽性は、お前らとはちょっと違うらしい。お前らはダークで重い方向やろ。向こうはもっとキラキラしてる。下世話な言い方だが、売れる曲というか、でもこだわってる部分も持ってる。客を酔わせるタイプや」
「客を酔わせる」
「お前らみたいに『俺たちの音をぶつける』タイプやない。『お客さんを連れていく』タイプや。
わかるか」
なんとなくわかった。
夜叉羅刻は、どちらかというと自分たちの世界を提示するバンドだ。客にそれを浴びてもらう感じ。
SILVER CROWは、客を自分たちの世界に引き込むバンドらしい。違うアプローチだ。
「お前らも、いずれ対バンするんちゃうか。同じシーンにおったら、いつか必ずぶつかる」
「そうですね」
そのとき、ふと思い出したように店長が言った。
「あと、来月名古屋から白夢ってバンド来るで。客は少ないかもしれんけど、見ておく価値はあると思うわ」
その名前を聞いた瞬間、俺の心臓が一瞬跳ねた。
(あのバンドや。)
数年後にメジャーデビューして、その後何枚もアルバムを出すバンドだ。今はまだ無名だけど、後に確実に名前が残る。
俺は知ってる。誰も知らないことを、俺だけが知ってる。
「店長、そのバンド、どう思いますか」
「俺は買ってる。本物や」
「日にち、教えてください」
店長はカレンダーを指差した。
俺はその日付をメモした。
レコードを抱えて、店を出た。
帰り道、俺は考えていた。
(みんなで見に行きたい。)
夜叉羅刻のメンバーで、後に伝説になるバンドのライブを、無名のうちに見ておく。それは絶対に意味のあることだった。
でも、どう誘うか。
「俺の知識ではこのバンド、後でめっちゃ売れる」とは言えない。
「店長が勧めてた」と言うしかなかった。
それでいい。実際、店長が勧めてくれたのは事実だ。
翌日の練習前、俺はその話をみんなにした。
「神戸にSILVER CROWっていうバンドがおるらしい」
ZEROが反応した。
「初めて聞いた」
「化粧して音楽やる連中らしい。俺らと似てる。
でも音楽性はちょっと違って、客を酔わせるタイプらしい。出待ちが100人超えるって」
「100人」とZEROが言った。目が少し光った。
「ボーカルが凄いらしい。女の子を失神させるって噂もあるって」
「失神?」と凱が言った。
「あくまで噂やけどな」
「同世代でそんなバンドがおるんですか」とJUNEが言った。「見てみたいですね」
DEADは無言だった。でもこっちを見ていた。聞いていた。
そのとき、俺はちらっと凱を見た。
凱の表情が、固まっていた。
口を開きかけて、閉じた。
そのまま、何も言わなかった。
全員が気づいた。
ZEROが凱を見た。
「凱、知ってるんか、そのバンド」
凱は少し間を置いてから言った。
「…ボーカルの名前、知ってるかもしれん」
凱はしばらく黙っていた。
それから、ギターケースを開けたまま、手を止めた。
「中学のとき、一緒に音楽やってた奴がおった。
アコギ二本で、好きな曲をコピーしてた。そいつが歌って、俺はギター弾いて」
「うん」
「そいつ、歌もギターも上手かった。俺はギターでずっと追いかけてた。でも、追いつけんかった」
「ある日、そいつが言ったんや。『俺、メジャー目指すから、お前とはやれん』って」
「え」
「『お前のレベルじゃ無理や』って言われた」
全員が黙った。
「それから俺、必死で練習した。あいつを見返したかった。ずっと、その為にギター弾いてきた」
凱は顔を上げた。
「そいつが、神戸出身やった。今、SILVER CROWのボーカルやとしたら、たぶんあいつや」
「マジか」と俺が言った。
「マジや。確証はない。でも噂を聞いた瞬間、あいつやと思った」
ZEROが腕を組んだ。
「ふーん」
それから、何かを考える顔をした。
「凱」
「なんや」
「お前、そいつに負けてると思ってるんか?」
凱はしばらく黙ってから言った。
「そんなことない」
「そうか」
「最近は、夜叉羅刻のために弾いてる気持ちも増えた。でも、根っこにはあいつがおる」
JUNEが小さく息を吐いた。
「だから、いつもそんなに本気だったんですね」
DEADが無言で頷いた。
ZEROは凱をしばらく見てから言った。
「ええやん」
「え」
「ええやん。俺たち、そいつ越えたろ」
凱が顔を上げた。
「俺たち?」
「そうや。お前一人の話やない。夜叉羅刻として越えたろ。お前の見返したい奴を、俺たちが一緒に潰す」
凱はしばらくZEROを見た。
それから、少し笑った。
「お前、たまにええこと言うな」
「たまにとはなんや」
ZEROがふざけた顔をした。空気が少し緩んだ。
俺は凱を見た。
「凱、絶対対バンしような」
「絶対や」
「そして、勝とう」
「ああ」
凱はもう一度、はっきり言った。
「勝つ」
その流れで、俺はもう一つの話を切り出した。
「あと、レコード屋の店長が勧めてくれたんやけど、来月名古屋から白夢ってバンドが来るらしい。見に行かへんか」
「白夢?」と凱が言った。「聞いたことないな」
「俺もない」とZEROが言った。
「店長は『本物や』って言ってた。客は少ないかもしれんけど、見る価値あるって」
「ふーん」とZEROが言った。「店長が言うんやったら、行ってみてもええかもな」
JUNEが頷いた。
「行きましょう」
DEADも無言で頷いた。
凱だけが、少し違う反応をした。
「ふーん、お前なんでわざわざその店長の話、信じるんや」
「店長、音楽詳しいから」
「ふーん」
凱はそれだけ言って、自分のギターを構えた。
でも、目の奥で何かを考えてる感じがした。
俺は凱の視線から、少し顔を背けた。
凱は鋭い男だ。
(気をつけなあかんな。)
その日の練習は、いつも通り進んだ。
帰り道、ZEROと並んで歩きながら、俺は来月のライブのことを考えていた。
東京のレーベル、SILVER CROW、白夢のライブ。
全部、夜叉羅刻にとって意味のあることだった。
でも、白夢の件には、俺の「知識」が関わってる。直接は使ってない。でも、誘導してる。
(これは、チートを使ってることになるんやろか。)
わからなかった。
でも、メンバーにとって悪いことにはなっていない。それだけは確かだった。
夜風が吹いた。
凱の視線が、まだ頭に残っていた。
(あいつ、何か感じ始めてる。)
いつか、ちゃんと話さないといけない日が来るかもしれない。
でも、それは今じゃない。
今はまだ、夜叉羅刻として、五人で前に進むだけだった。




